第4話 Daydream

 瞼を透過して光が差し込んでくる。

 それを自覚して目を開けた。視線の先ではカーテンから漏れ出た光が降り注ぐ。


「あ、あ、あ」

 透き通った甘い声が響いた。

 少女の姿になってから四日目。この行動はもはや習慣だった。

 隣に振り返ると、やはり咲が置物みたいに眠っている。規則的な寝息を静寂の室内に溢していた。良い匂いがして落ち着かない。


 ベットを抜け出てカーテンを少し開いた。朝、というには太陽が高い。

「昼かぁ」

 学生はとうに黒板へ死んだ目を向けている時間だろう。……瞼が重い。欠伸が溢れた。


 潤んだ目を擦りながらベットに上がる。

「咲。もう昼」

「……ぅん…」

 綺麗な寝顔を僅かに顰めて、薄く目を開いた。

 視線が少し彷徨って俺を捉えた。


「……おはよ」

 緩慢に身体を起こして背筋を伸ばした。

 洋風な寝巻きのざっくり開いた胸が強調されて深い谷間に目が吸い寄せられてしまう。

 この三日間で分かった。咲は俺を恥ずかしがらせようとしていると。そして、今日もまんまと引っかかって目を逸らした。

 顔は多分赤い。


「もう昼だよ」

「ふぁ……。そう、朝は辛いわ」

「もう昼──」

「朝食はどうする?」

 昼です……。

「私はなんでもいいよ」

「『なんでもいい』が一番困るのよ」

 確かに、ベタな事を言わせてしまった。

 何かあるかなぁ。


 咲はスッと立ち上がってクローゼットに向かった。そのまま服に手をかける。

「ちょ、っと──」

 とっとと寝室を出て扉の脇に腰を下ろした。

「着替えの時は部屋出るって……」

「煩わしいわね。好きに目に焼き付けておけば良いでしょう」

 

 衣擦れの音が妙に聞こえる。フローリングの床が少し冷たい。

「それは相当、気持ち悪いだろ」

「美しいものに目を奪われるのは当然の事なのよ」

 忌憚ない自画自賛、学校での冷淡な態度は欠片もなかった。

「心理じゃなくて絵面の話」

「とても微笑ましい光景だと思うけれど」

 確かに、今の俺みたいな可愛い容姿なら微笑ましい……か?

 見慣れない自分の姿はイメージしづらい。

 

 服が落ちる音が聞こえた。

「そうだ、お昼はファミレスにしましょ」

「分かった」

「分かったじゃなくて、貴方も着替えなさい」

 咲が廊下に顔を出してきた。下着を身につけただけで。

 脚の付け根から引き締まったウエスト。それによって胸がより強調──


「……顔も少しは見なさい」

 吐息混じりの呆れた声。

「ゴメンナサイ」

 俺"も"悪い。スッと視線を落として床の木目でも眺めた。人の顔にも見えるなぁ。

「顔も見てほしいと言っているのよ」

「分かってるよ。男子高校生の名残が──」

「いえ、そういう意味じゃなくて……」

「……どういう意味?」


 少しの間。

「つまり、はやく貴方も着替えなさいという意味よ」

 そんな意味?

「この服じゃだめか」

 大きめのTシャツにショートパンツ、縮んだせいか妙にしっくりくる。


 ちなみに、服は全て咲が用意してくれていた。脛齧り、ニート、ヒモ。ダメ人間を形容するあらゆる言葉に当て嵌まっているな。

「そんな姿で外出させないわよ」

 冷ややかな声。聞いてみただけなのに。

 視界の端で咲が寝室に戻っていった。

「私が選ぶから着替え終わるまで待っていて」

「わかった」



「そういえば咲はなんで高校に?」

「暇つぶし」

 端的すぎる。けど、まぁ俺だって義務感程度だったな。

「吸血鬼って暇なんだ」

「とても暇よ。かと言って別に高校も楽しくなかったけれど」

「楽しくないんかい。私も転校するのに」

「貴方と一緒なら楽しいんじゃないの?」


「……うん」

 揶揄ってる?なんか顔があっつい。

「でも、転校の手続きって面倒よね」

「うん」

 こんな単純だった?絶対、赤い。

「白の転校にも少し掛かりそうだし」

「うん」

 俺、クールな感じで通ってたんだけど。

「他の国は、もう少し楽だったわ──ちゃんと聞いてる?」


「き、聞いてる、もちろん」

 いつの間に隣に。格好もラフでシンプルな物に変わっている。

「顔赤いわよ……怒ってるの?」

「え?」

「ん?」

 首を傾げた。咲も傾けてる。

 変な空気になった。


「着替える」

「そうね」

 部屋に入って控えめに振り向く。後ろから咲がついてきてる。

「……もう一人で出来ると思う」

「私がやりたいの。早く脱ぎなさい」

「そんな強引な」

「それに、その方が手っ取り早いでしょう。私を待たせる気?」

「……お手柔らかにお願いします」


「考えておくわ」

 と、考えずに即答された。

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