第45話 わたしのせいで

「これはこれはリリア様、その節は大変お世話になりました」

「……え? な、なにがですか」


 リリアはホフマンの言葉の意味を理解できないらしく、眉をひそめた。


「あなたのとっても丁寧な報告書のお陰で、炎龍様へ捧げる最適な生贄が見つかったんですよ」

「え……」


 再びホフマンが指を鳴らすと、彼の足元に縄で縛られた女性が現れた。

 ノマは息を詰める。


「──ソラッ!」

「お兄ちゃんっ!?」

「喚くな、小娘が」


 ホフマンはソラを雑に足蹴りした。


「おま、え──」


 ソラに何を。怒りで頭が沸騰する。必死に体を動かそうとするが、ビクともしない。ノマは叫んだ。


「早くソラを放せっ! 僕が代わりに生贄にでもなんでもなるっ!」

「わかってないですねぇ。炎龍様はお前みたいな男には興味がない。より純粋で、より清純な女の肉が好みなんですよ!」

「わ、わたしのせいで……ソラが」


 リリアは呆然としている。人助けのためにと行っていた修行が結果的に利用され、今回のことに関わってしまった。

 国に裏切られたようなものだ。誰より修行にひたむきだったリリアだからこそ、そのショックは計り知れないに違いない。


「いいですかリリア様。空も飛べず、魔法も碌に使えないあなたのような落ちこぼれ魔法使いは、国に利用されるしか価値がないのですよ」

「黙れ、クソ野郎がッ!」


 ライアンが激昂すると、ホフマンは彼の頭を殴った。

 何度も何度も、繰り返し殴りつけている。


「あなたには散々困らせられましたからね。城に居座るため、付き人という役を長年演じていましたが、毎日毎日、本当に手間が掛かりました。せっかくですし、じわじわなぶり殺してやりましょう」


 言いながらホフマンは、ライアンの腹にも拳を入れた。


「ぐ、うっ」


 ライアンは苦悶の声を漏らすばかりだ。

 見ていられず目を逸らすと、悲痛の表情をしたソラと目が合った。彼女は瞳に涙を浮かべている。


 ──どうしたら。どうすればこの状況を変えられる?


 すると、ぴた、と火山灰が降り止んだ。


 ホフマンはライアンを殴るのを止め、上を見上げた。高揚したように目を見開く。


「おぉ……おぉ! ついにこの時が」


 噴煙が消えた上空には星が瞬いている。新月で月の光がないせいか、星の輝きを強く感じた。風のない火口湖の水面に星が映り込み、まるで星に囲まれているような錯覚に陥る。


「さぁ小娘、こっちですよ」


 ホフマンはうずくまるライアンから離れると、ソラを縛る縄を引っ張った。

 無理矢理祭壇につれていかれたソラは、もはや抵抗する気力も残っていないようだ。彼女は力なく項垂れている。

 そして、両手を広げたホフマンが声高らかに叫んだ。


「炎龍様! 今宵は素晴らしい生贄をご用意致しました! どうぞ召し上がってくださいっ!」


 しん、と辺りが静まり返る。

 ノマはその場の異様な雰囲気に息を詰めた。

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