第4章 伝説の龍と魔法使い

第44話 裏切り者の名は

 エッダから貰った方位磁石のお陰で、山越えはさほど大変ではなかった。道には迷わなかったし、天候にも恵まれた。

 途中何体かヤマザルと遭遇したが、あのケルベロスを相手にした後だからか、誰一人怪我をせず倒せることが出来た。

 山を下りてゆくにつれ、だんだんと気温が高くなってゆく。


「あれが……バグマ火山」


 ノマは立ち止まって空を見上げた。

 巨大な火山の山頂付近は黒い雲で覆われていた。時たま火山の斜面に赤い噴出物が落ちてきているのが見える。あれに当たれば軽い火傷では済まないだろう。


「で、こっからはどう進むんだ?」


 ライアンの問いにリリアが答えた。


「炎龍ヴァルノーヴァを祀る祭壇は、バグマ火山の火口湖にあると本で読んだことがあります。火山の麓に行けば、火口湖へと続く洞窟があるはずです」


 ソラがどういう形で生贄にされるのかはわからないが、魔法使いたちも炎龍の祭壇に向かっているだろう。

 新月は今夜だ。タイムリミットが近い。


「ん? おい、これ」


 ライアンが地面を指さす。見れば、数人の足跡が前方へ続いていた。


「きっとソラをさらったヤツらのだ」

「んじゃあ、とっとと行くか! クソ農民」


 気付けばノマは、ライアンにそう呼ばれることにあまり苛立たなくなっていた。

 きっと呼ばれ過ぎて慣れてしまったのだろうが、こんなことに慣れたくはなかった。複雑な気分になりながら先を急ぐ。


 地面には黒い石があちこちに転がっていた。溶岩が固まったものだろうか。

 火山の麓に近付くにつれ、白い灰が降り始める。降り積もる火山灰のせいで、道の途中から足跡は見えなくなっていた。


「あちぃ」


 ライアンが汗を拭う。ノマもさっきから暑くて仕方がなかった。リリアもしんどそうに息を上げている。へとへとになりながら歩を進め、ようやく火口湖へ続く洞窟へ辿り着いた。

 洞窟内の気温は外よりマシかと期待したが、ますます温度が上昇していた。


「リリア大丈夫?」


 頭に積もった火山灰を振り払いながら、ノマはそっとリリアに声を掛ける。彼女は短く、はい、と返事をしただけだった。

 顔面が汗だくになっているライアンに視線を送ると、彼は無言で頷いた。自分も大丈夫だ、ということだろう。


 洞窟を四十分ほど進んでゆくと、直径三百メートルはある湖が見え始めた。湖の上は天井がなく、大きな円状に開けている。本来は空が見えるであろうそこは灰色の噴煙で覆われており、火山灰が雪のように地上へ降っていた。


 おそらくここが火口湖だろう。

 既に魔法使いが潜んでいるかもしれない。ノマは慎重に辺りを見回しながら、火口湖へ足を踏み入れた。

 入口の反対側に石造りの祭壇のようなものが見える。しかし火口湖の周辺には人の気配はなかった。


「ソラはここにはいないのでしょうか」


 リリアが不安げな声を上げた。


「わからない。祭壇に近付いてみよう。敵が隠れてるかもしれないから、周りをよく見ておいて」

「はい」


 ざり、と三人分の足音が聞こえる。やけに静かだ。

 ノマは額の汗を拭い、祭壇の前で立ち止まった。

 火山灰の積もった祭壇には、うっすら文字が書かれているのが確認出来る。ノマは手の平で灰を拭った。


「炎龍ヴァルノーヴァへ祈りを」


 リリアが字を読み上げた。


「未だにわかんねぇんだけどよ。炎龍は本当に人を食ったりすんのか?」

「生贄を捧げたら願いを叶えてくれるなんて、僕も信じられないよ」


 ライアンは冗談っぽく軽く笑った。


「噂の一人歩きってヤツだったりしてな」


「──ライアン様はどこまでも愚かな人ですね」


 背後から突然低い声が聞こえ、ノマは勢いよく振り返った。


 おかしい。さっきまで人はいなかったはずなのに。そこには黒い外套を被った男が立っていた。男がフードを外すと、白髪頭が露わになる。

 男は見下すような目つきでライアンを見据え、口元を歪めた。


「炎龍様の前では、そのうるさい口を閉じるんですね。無礼極まりない」


 ライアンの知り合いなのだろうか。ライアンは恐ろしい化け物でも見てしまったかのように、目を見開いて硬直している。リリアもだった。


「……まぁ、そんなこと今更どうでもいいのですが」


 男は指をパチンと鳴らした。

 その瞬間、ライアンとリリアの背後に黒い外套を被った人間が現れた。

 ノマがクワを構えようとすれば、背中に人の気配を感じた。そいつに後ろからクワを弾き飛ばされる。

 呪文のようなものが聞こえたかと思うと、ノマの体は身動き一つ出来なくなった。糊で固められたみたいだ。

 ライアンとリリアも同じように動きを抑えられている。


「クッソがぁっ! なんでお前がここにいるんだよ、ホッフ!」

「なんで、ですって? そんなの決まってるじゃないですか」


 ホッフと呼ばれた男は顔を歪めた。


 ノマはようやく理解した。目の前にいるのは、ライアンの付き人であるホフマンだ。

 ソラをさらったのは、城の人間だったということか。


「力が欲しいからですよ。もうすぐ馬鹿みたいなカルバート家の時代は終わりを迎えます。これからは私が国を治めるのです!」

「ホ、ホフマンさんが……どうして、こんな」


 リリアが絞り出したような声で呟くと、ホフマンは彼女に向かって上品に微笑んだ。

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