第43話 ライアンの正体

 核心を問うと、ライアンは苦笑した。そして、躊躇うことなく答えた。


「いいや。国が言う魔法使いとはちょっと違ぇ。なんせオレは、魔法免許ソーサリーライセンスを持ってねぇからな」

「僕は魔法使いのことは全く知らないけれど、リリアから聞いた話だと、魔法は生まれ持った能力さえあれば使うことが出来るんだよね。魔法免許ソーサリーライセンスは国の制度として存在しているだけで」

「そうだ」

「ライアンが魔法を使ってる時、リリアの杖が光ってたけど……」

「オレは、生まれつき魔法力マナエナジーを体内に貯められねぇ体質なんだ。他人が持つ魔法力マナエナジーを借りなきゃ、魔法が使えねぇ」


 ライアンは目を伏せた。


「だから魔法免許ソーサリーライセンスは取らなかったのか」

「取らなかったというより、取れなかった。ま、親父の管理する国の集団なんかに入らなくてマジでよかったって今は思ってるけどな」


 つまり、あの時ライアンが発動した魔法は、リリアの錫杖の宝石に貯められていた魔法力マナエナジーを使用して行われたということだ。


「ちなみに確認なんだけど、リリアが言ってた小さい時に城で会った人っていうのは」


 ライアンは微かに頬を染めた。言い難そうに口ごもる。


「……まさかな。あいつとは思わなかった。城歩いてたらなんか泣いてるヤツがいてよ。面倒くさかったからあいつの魔法力マナエナジーを少しだけ借りて、炎を見せてやったんだ。自慢じゃねぇけど、オレの炎は他と違って綺麗だからな。でも多分、自分から出たエネルギーが元になった炎だったから、あいつも親しみを感じたんだろうぜ」

「……照れてる」

「はぁっ!? 照れてねぇーし!?」


 大きく舌打ちをしたライアンは、ノマを睨んだ。


「この話はあいつにはするなよ」

「なんで?」

「バカかッ! 魔法力マナエナジーがオレのせいで減ったって知ったら、あいつは落ち込むだろうが。あんなに真面目に……なんだ、その、頑張って、たんだから。……それにこっちも、悪いと思ってるわけだし」


 言葉尻が弱々しくなっていくライアンがおかしくて、ノマは思わず噴き出してしまった。


「クソ農民! オレをバカにしてるだろッ!? クソ農民の分際で!」

「いいや。ただ、ライアンも案外人のことを考えてるんだなって」

「うるせぇ」


 リリアのことだから、というのも大きいとは思う。けれど、ライアンの人間味溢れる部分が垣間見えたことがなんだか嬉しく感じた。


「黙っとくよ。そもそも違法で魔法を使ったことになるんだから、バレたらまずいでしょ」

「それもそうだ。まぁ、オレにとっちゃ違法なんて痛くも痒くもねぇけどな」

「だろうね」


 軽く笑い合い、ノマとライアンはアジトの中へ戻った。



◆◆◆



「本当にすみません!」


 次の日、起床したリリアはノマたちに謝りっぱなしだった。さっきからリリアの後頭部ばかり見ている気がする。

 リリアが言うには、ケルベロスの攻撃から身を守るために水を纏ったところまでの記憶はあるそうだが、それ以降の出来事を全く覚えていないらしい。


「何も出来ず、迷惑ばかりかけてしまって。……わたしはどうお詫びすればいいのか」


 その後あったことはノマから全て説明してある。もちろんライアンの魔法のことは伏せておいた。


 アジトを出る頃になってもリリアは落ち込んだままだった。

 見送りに来てくれたエッダが、リリアの肩をぽんと叩く。


「いいかいリリアちゃん、何事も経験だよ。酒には次から気を付ければいい。あんたはまだ若いし、これから色んなことを経験して、もっともっと強くなるんだ。いつかアタシみたいな最高の女になれるよ」

「そうでしょうか……」

「大丈夫、このアタシが言うんだから間違いない」


 あとね、とエッダは小声で続けた。


「男には気を付けなよ。特に、子猿ちゃんみたいな男にはね」

「ライアンですか?」


 突如名前を呼ばれたライアンが、狼狽えた様子を見せた。


「な、なんだよ!? オレがなんだっつーんだ!」


 エッダはニィ、と悪そうな笑みを浮かべる。


「アタシは一般的なアドバイスをしただけだよ。あんたみたいなガサツな男はロクなことがないからねぇ。あれ? もしかして、実はすでに何かやましいことがあるとか?」

「ね、ねーよ! 昨日はわざわざ運んでやったんだ! 言っとくが、めちゃクソ重かったんだからな!」


 いくらなんでも言い方というものがあるだろう。

 リリアの表情が一瞬で曇った。恐ろしく冷たい声で彼女は言い放つ。


「……最低です」

「なんで!? オレ、助けてやったのになんでこんな扱いされなきゃならねぇーんだ!? なぁ、クソ農民!」

「自分の胸に聞いてみたら?」

「あはは! 全くデリカシーのない男だねぇっ!」


 エッダはひとしきり笑った後、ノマの方を見た。


「ロロレア山を越えるには平均二日、でも、あんたたちの足なら一日半あれば山は越えられるだろうね。ケルベロスはいなくなったけど、魔物や野生動物には気を付けな。あと、これをやるよ」


 エッダは左手をノマに差し出した。


「方位磁石だ。赤い矢印が指す方向に進めば、迷わず山を越えられるよ」


 年季が入った方位磁石には、名前が掘られていた。エッダの名前ではない。もしかして、彼女にとって、とても大切なものなのでは。


「いいんですか、これ」

「あんたたちには、世話になったからね」


 すると、エッダはノマの背中をどん、と力強く叩いた。ノマは痛みに思わず背をのけ反らせる。


「あんたたちはこれからもずっと、アタシたちの仲間だ。遠慮せず、いつでも帰ってきていいからね」

「あ、ありがとうございます。エッダさん、どうかお元気で」

「元気に決まってるだろ! 最後みたいな言い方するんじゃないよっ!」


 エッダが左手でくしゃくしゃとノマの髪を撫でた。続いてリリアとライアンの頭も乱暴に撫でつける。

 いつしかノマも、エッダに釣られて笑顔になっていた。


 アジトからの去り際、エッダと仲間の山賊たちが、大声でノマたちにエールを送ってくれた。


「ほんと、騒がしいヤツらだったなぁ」

「うん」

「ですが、わたし嬉しいです」


 ノマの隣を歩くリリアが微笑んでいる。


「何がだよ」


 ライアンが不思議そうにリリアを横目で見た。


「誰かの助けになれたことが嬉しいんです。今回わたしは何も出来ませんでしたが、わたしたちのお陰で人が笑顔になると、胸がとても温かくなるんです」

「わかる気がするよ」


 シシカ村を出てから、ノマは村の中だけでは到底経験出来ないことを次々と体験している。全てはソラを救うためではあるけれど、普段の日常を送っていたら出会えなかったであろう人たちが沢山いる。

 そんな人たちの助けになれたことが、ノマも純粋に嬉しかった。


 だからこそ、早くソラを助けに行かなければならない。やっとここまで来れたのだから。


「新月まであと二日です。急がないといけません」

「いよいよバグマ火山だな。さっさと終わらせようぜ。城もオレのことを心配し始める頃だろうしな」

「心配してくれる人、いたんだ」

「ったりめぇだろ! オレ様は王子だからな! 今頃ホッフの野郎が慌てふためいてるぜ。見れねぇのが残念だ」


 楽し気に笑うライアンにため息をついたノマは、ロロレア山に向かって歩き出した。

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