第42話 アタシが嫌いなもの

 アジトに戻ったノマたちは、再び宴の中にいた。

 エッダの右腕には包帯が巻かれている。かなり痛いはずなのに、彼女は辛そうな素振りを微塵も見せない。

 リリアは別の部屋で休ませている。今日の疲労と昨晩の酒せいか、すっかり眠り込んでいる。


「いやぁ。あんたたちのお陰で、ケルベロスを倒せたよ。本当にありがとうね」


 この人はどうしてここまで強くいられるのだろう。サムも死んだし、夫も死んだ。腕だってなくなった。なのになぜ笑っていられるのか。


「エッダさん……その、大丈夫ですか」


 ノマが問うと、エッダは不思議そうに首を傾げた。


「何がだい?」

「あ、いえ……あの、色々と」

「若いモンに心配されるなんて、アタシも落ちたもんだねぇ」


 エッダは盃を煽り、豪快に笑って見せる。


「どうせ、アタシの夫のことも、サムから聞いたんだろ」

「はい」


 彼女はため息交じりに、空になった盃に酒を注いだ。


「最後まで……余計なことを言うヤツだよ、ほんと」


 ノマが口を閉ざしていると、エッダがニィッと笑った。


「大事な人だったよ。夫もサムもね。本来、アタシたちは不要な殺生はしない主義なんだ。だからあの日も、夫はケルベロスをなんとか落ち着かせようとした。根っから優しいヤツだったんだよ」


 そのせいで食われちまったけどね、とエッダは小声で呟いた。


「サムだってそうだ。アイツは、アタシが言う前にあんたたちについて行くって言い出してね」

「ですが、僕たちについていかなければサムさんは」

「アイツも覚悟はあったはずだ。だからサムのことは気にするな。でないと、アイツの死が無駄になっちまう」


 エッダは温かみを含んだ目で、ノマを見据えた。


「いいかい。アタシがこの世で一番嫌いなものは「同情」だ。それに、サムも夫も、ずーっとアタシのココにいる。アタシは一人じゃないんだ」


 自身の胸を左手で強く叩いたエッダは、誇らしげにそう告げた。ノマはこれまで、エッダのように強い人間を間近で見たことがなかった。技術面での強さもそうだが、彼女の心の強さには脱帽する。

 すると、珍しく静かにしていたライアンが、真剣な表情で口を開いた。


「元はと言えば、クソ農民の妹をさらったやつらのせいだろ。今思えば、誰も山を越えさせねぇよう、ケルベロスに錯乱魔法でもかけたんじゃねぇか」

「そうかもしれない」


 ノマもライアンの意見に同意した。


「あんたたち、明日にはバグマ火山に向かうんだろ?」

「そのつもりです」

「なら、今日はとにかくゆっくり休みな。酒ならいくらでもあるからね!」


 酒は丁重に断っておいた。


 賑やかな宴が終わり、そろそろ部屋で休もうかとなったところで、ノマはライアンを呼び止めた。

 初めは不服そうな顔をしていたライアンだったが、ノマが何を話したいのか察したらしい。


 どうしてもハッキリさせておきたいことがある。


「リリアがいないところにしよう」

「チッ……わかったよ」


 アジトの外に出る。辺りには暗く、虫の鳴き声が響いていた。

 ノマは落ち着いた口調でライアンに尋ねる。


「雨の中で狼煙に火をつけた時……ライアンは「魔法」を使ったんだよね」


 ライアンは岩壁にもたれかかって腕を組んだ。


「あん時は、それしか方法がなかったからな」

「ライアンは魔法使いなの?」

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