第40話 ライアンの作戦
ケルベロスに気付いたリリアが何かの魔法を唱えた。ヤツは構わずにリリアがいる木をへし折る。
木が折れる衝撃と一緒にリリアが吹っ飛ばされた。そのまま地面に叩きつけられたらひとたまりもない。だが、リリアの体の周りには水の膜のようなものが張られていた。
雨の水を纏ってクッションのようにし、衝撃を吸収したのだ。お陰でリリアは致命傷を負わずに済んだようだ。それでもダメージは大きかったようで、リリアはその場で蹲っている。
ケルベロスは今にもリリアへ噛り付きそうになっていた。ノマがリリアを助けようと走りだそうとした瞬間、
「こっちだ! 犬っコロめッ!」
ライアンが別の木の裏から飛び出し、大声を上げた。
ケルベロスは目立つライアンの方へ駆けてゆく。ライアンはノマに向かって叫んだ。
「ノマッ! 早く火ぃつけろ!」
「筒が濡れててつかないんだ!」
「クッソがぁー!」
ライアンはやけくそのように喚くと、剣を構えた。ケルベロスの真ん中にある頭が大口を開けた。ライアンは剣を右へ一閃する。
ケルベロスは一旦頭を引いたが、続いて右頭が噛み付こうとする。左頭もライアンを狙っている。
「こんなの、三対一じゃねぇかッ!?」
ライアンはぎこちないバックステップで後ろに下がった。どう見てもライアンだけでは勝算はない。ノマも応戦しようと木から出ようとすれば、再びライアンが叫んだ。
「オレが狼煙を上げてやるッ! お前が時間を稼げ!」
彼は走ってケルベロスから距離を空けようとしている。当然ケルベロスは目の前のライアンを追いかけ始めた。
ライアンの着火剤もノマの物と同じように湿気のせいでつかないだろう。雨を凌ぐ場所を見つけるつもりなのか。それまでケルベロスを引き付けることなど可能だろうか。
ライアンの言う通りやってみるしかない。ノマはクワを握り締めた。
「おい! こっちだ!」
ノマが大声を出すと、ケルベロスの右頭がこっちを向いた。体も停止する。三つの頭がノマを見ている。
一瞬横目でライアンを確認すると、彼はリリアの側に駆け寄っていた。何をするつもりなのか。
ケルベロスがノマに向かってくる。ノマとヤツの距離は一瞬で縮まってゆく。
ノマはさっきと同じように、クワで近くに生えている木を倒した。だが、ケルベロスは怯むことなくノマが切った木をなぎ倒す。
ヤツにとってはただの簡易な障害物でしかない。ケルベロスは血だらけの牙をノマに見せ、低く唸った。
ノマは肺の中の空気がなくなるまで走った。直線であればすでに追い付かれていただろうが、木が沢山生えているお陰で助かった。ノマは転びそうになりながらも複雑に木の間を曲がり、ケルベロスの気を引きつけた。
もう限界だ。ライアンはまだか。
ライアンがいる方向を見ると、周囲が微かに赤く光っていた。
さっきまであんな光はなかったはずだ。あれは一体。
するとたちまち、ライアンの手元付近から橙色の狼煙がシュウゥゥと勢いよく上がった。リリアは気絶しているのか地面に横たわっている。
ライアンは立ち上がると、右手をケルベロスの方向へかざした。
「炎よ、轟け──ロゥリエラ・フレイヤ!」
彼が紡いだ言葉は、リリアの呪文とよく似ていた。
ライアンの手の平から青色と緑色が混ざった火の玉が現れる。火の玉はケルベロスの体に当たると大きく燃え上がった。
「ギャウッ」
ケルベロスは鳴き声を上げたが、体表が少し焦げただけだった。
ノマはライアンの側に駆け寄る。彼はもう一度呪文を唱えると、再び火の玉を右手から出現させた。赤い光がライアンの足元を照らす。それは、リリアの錫杖に嵌め込まれている赤色の宝石から放たれた光だった。
どういうことなのか。
「話は後だ。エッダ姉さんが来るまで、オレらでなんとかするぞ」
「う、うん」
ケルベロスが咆哮し、ノマとライアンに駆けてくる。
ノマはケルベロスの突進を右に避ける。避けると同時にクワでヤツの足を切り裂いた。だが、固い毛で覆われているため大したダメージは与えられなかった。
ケルベロスはノマとライアンのどちらを狙うか、一瞬悩む素振りを見せた。
結果的により厄介だと判断したのか、ライアンの方へ向かおうとする。
チャンスだ。
ノマは思い切ってケルベロスの尻尾に飛び移った。固い毛が肌に刺さる。上半身は服を着ていないから余計に痛い。構わずノマはケルベロスの背によじ登った。
ケルベロスはノマを振り落とそうと身を震わせた。絶対落ちてやるものかと、ノマはクワをヤツの背に突き刺した。
更に激しく体を振るケルベロスに耐える。刺さったクワを必死に握り締めた。
「いいぞ! ノマッ!」
ライアンが剣で斬りつけたのか、ケルベロスが大きく鳴く。
上体を持ち上げたケルベロスは地面に向かって、ダァンッと一気に前足を踏みしめた。
大きな衝撃でノマはクワごと振り落とされてしまう。
落ちた痛みで蹲っていると、ノマの上に影が落ちた。ケルベロスの中央の頭がノマに噛り付こうと大口を開けていた。
食われる。
覚悟を決めて目を閉じた瞬間、ドゴッ、と鈍い音が響いた。
見れば、ケルベロスが地面に横倒しになっている。ライアンか? と思ったが、彼は剣を下ろして呆然としている。
状況を呑み込めないまま体を起こすと、ノマの目の前にはエッダが立っていた。
「遅れてすまなかったね。みんな生きてるかい?」
エッダはニィ、と妖艶な笑みで笑って見せた。
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