第38話 ケルベロス退治へ

 早朝、ロロレア山の麓に山賊エッダの集団とノマたちが集まった。辺りには朝靄が立ち込めている。

 ケルベロス退治の概要はこうだ。


 まず四人のチームに分かれてケルベロスの捜索を行う。ケルベロスの姿を見つけ次第、山賊特製の狼煙を上げる。狼煙には遠くからでも発見しやすいよう色がついているらしい。狼煙を見つければ急いでその場所へ駆けつけ、ケルベロスに一斉攻撃を仕掛ける。

 ノマたちが行うのはケルベロスの捜索までだ。ケルベロスを見つけて狼煙を上げたらそこで任務完了だし、他の場所で狼煙が上がれば何もする必要はない。サラマンダーの巣に入るのに比べれば全然マシな気分だ。だからと言って油断をしてはならない。

 ノマたちのチームは、ノマ、リリア、ライアンにサムを入れた四人のチームだ。


「エッダさんと同じチームでなくていいんですか」


 ノマがこそっと尋ねると、サムは得意げな笑顔で答えた。


「姉御は一人でも大丈夫だ。おれたちのボスは最強だからな。それに、山慣れしてるヤツが一緒にいねぇと、お前らケルベロスを見つけるどころか道に迷ってくたばっちまうだろ?」


 それもそうだ。ノマとしてはサムが同じチームということが心強くもある。


「うぅ……頭が痛いです」


 頭を抑えたリリアが呻く。昨日の酒が抜けきっていないらしい。


「馬鹿か、落ちこぼれチャンが。明らかに飲み過ぎだろ。自分の許容範囲くらいわかってろよ」

「すみません……初めてだったので。何も覚えていないんですが、わたしなにか変なことしていなかったでしょうか」

「べ……別に」


 そっぽを向いたライアンを、リリアは不思議そうに見つめた。

 ノマは敢えて何も言わないようにした。ライアンが絡んでめんどくさいことになりそうだし。それにしてもリリアの体調が少々心配だ。


「無理しないようにね」

「ありがとうございます」


 するとエッダがノマたちの元へやって来た。彼女は三十センチほどの長い筒をノマたちに手渡す。


「いいか、ケルベロスを見つけたらこれに火をつけろ。狼煙が上がるからね」


 狼煙を受け取ったサムが眉を下げた。


「姉御、どうか気を付けてくださいね」

「サムもな。どんな時でもまずは自分の命を優先しろ」

「わかってますって」


 サムとエッダは軽く拳同士を合わせた。

 エッダたちはノマたちとは反対の入口から山に入る予定だ。


「んじゃあ、出発だ野郎ども! ケルベロスに一泡食わせてやるぞっ!」


 エッダが叫ぶと仲間たちが、うおおおぉ! と太い歓声を上げた。

 それを合図に、サムが先頭を切って歩き始める。ノマもその後に続く。


 ロロレア山の入口に入ると、緩やかな斜面がどこまでも続いていた。どうやらここを登ってゆくらしい。

 足元はごつごつしていて歩きにくい。朝靄も晴れる様子がなく、視界が悪い。


「今日は天気があんまよくねぇな」


 歩きながら、サムがぼそっと呟いたのをノマは聞き逃さなかった。

 ケルベロスはどこにいるかわからない。なるべく音を立てないように歩き進める。

 三十分ほど歩いたところで、ノマは肌に水滴が当たるのを感じた。


「雨かよ」


 最後尾を歩くライアンがぼやいた。

 小雨なので進行に支障はない。サムは歩く速度を緩めることなく進んでゆく。

 いつしか山道には人幅くらいの木が何本も生えていた。林のようだ。


 一時間休みなく歩き続けると、流石に息が上がってくる。ノマの後ろにいるリリアもしんどそうだった。万全な体調ではないから余計だろう。


 背後に送った視線を前に戻す。そのさなか、ノマの視界に黒い影が入った気がした。


 なんだ。なにかいる?


 ノマは足を止めて目を凝らした。嫌な予感に心臓が激しく脈打つ。


「ノマ?」


 リリアに声を掛けられたが、ノマは返事をせずに手で静かにするよう合図した。

 立ち止まったノマに気付いたサムが一緒に目を細める。それからサムは安堵したように息を吐いた。


「ああ……あれはヤマザルだな。こっちから攻撃をしなければ害はない」

「あ、なんだ」


 ホッと胸を撫で下ろしていたノマに向かって、ライアンが鼻で笑う。


「ったくよぉ、ビビらせんなよな」


 サムはノマを見てニッと歯を見せた。


「だがいい観察力だ。その調子で頼──」

「ギャアアァァーーーーッ!」


 突如聞こえた叫び声にも似た鳴き声に、ノマの体がビクッと跳ねる。甲高い声が山の中に響き渡った。

 さっきのヤマザルだ。見れば、猛スピードでこちらに走ってきている。

 サムは驚いた様子を微塵も見せず、走ってきたヤマザルを冷静に斧で斬った。ヤマザルは一発でその場に倒れる。


「おかしいな。やけに気が立ったサルだ」


 ヤマザルの様子を見ようとサムがしゃがんだ瞬間、ヤマザルが走って来た方向から、巨大な黒い物体が飛んできた。

 黒い物体は真っ直ぐノマがいる方へ向かっている──と気付いた時にはもう遅かった。


「ノマッ! あぶな」


 サムの叫び声を聞いたかと思うと、ノマは彼に思い切り突き飛ばされた。尻餅をついた衝撃に目を閉じる。


 次にノマが瞼を開いた時には、目の前に惨劇が起こっていた。


 黒い物体はサムをヤマザルごと押し潰している。いや、押し潰しているように見えるが、実際は違う。


 サムは黒い物体に頭から齧られていた。ヤマザルもだ。

 同時に齧られている。なぜそんなことが可能なのか。


 ソレには、頭が三つもあったからだ。


「あ……ああぁ」


 リリアは残酷な光景を目の当たりにして絶句している。

 ノマも呆然とすることしか出来なかった。食われるサムとヤマザルから目を背けると、ヤツの三つ目の頭と目が合った。


 全身が竦んで動けない。このまま自分も食べられてしまうのか。

 サムのように、頭から。

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