第35話 ようこそアジトへ

 女山賊エッダに捕まったノマたちは、縄で縛られてロロレア山の奥へ連れていかれた。


 サムの他にも数人の男たちがエッダの周りにいたので、隙を見て逃げ出すことは不可能だった。

 一時間ほど歩いて辿り着いたのは岩の絶壁だった。まさかここを登るなんてことは。


 ノマが息を呑んでいると、エッダが数回岩壁を叩いた。するとどういう仕掛けになっているのか、岩壁が横にずれて人が一人潜れるくらいの穴が出現した。

 エッダは無言でその先へ進んでゆく。ノマたちも静かについて行った。


 石を掘って作られた穴を歩き進むと、開けた大広間のような場所に出た。中央には火が焚かれている。壁にはぼこぼこと穴が開いており、そこに蝋燭が置かれている。蝋燭の光は大広間を明るく照らしていた。あちこちに食料も置いてあり、湯を沸かすやかんもある。生活感が溢れる場所だった。

 そして大広間を囲うように、木製の扉がいくつも並んでいた。


「ようこそアタシたちのアジトへ。ちなみに、ここを知ったやつはアタシたちの仲間になるか死ぬか、どっちかの選択肢しかないから覚えておきな」

「そ、そんな」


 リリアの顔が青ざめる。


「いい加減目的を教えやがれ! このオレがわざわざここまでついてきてやったんだぞ!」


 どうしてライアンはこんなに相手に強く出られるのだろう。何も考えていないからなのか。ただの馬鹿なのかもしれない。


「おやぁ? お仕置きして欲しいのかい、子猿ちゃん?」

「な、内容によっては要相談だ」


 多分、いや絶対にライアンが思っているような嬉しいお仕置きは期待出来ないだろう。けれど、エッダから「お仕置き」という言葉を聞いてノマも不思議な高揚感に包まれたのは内緒だ。

 エッダは腰に手を当ててやれやれと首を横に振った。


「全くせっかちな男だねぇ。我慢が出来ない早漏野郎は女に嫌われるよ」

「だ、だだ、誰が早漏だぁッ!? オレはそれなりに持久力はあるぞ多分!」

「多分って……」

「う、うるせぇクソ農民! お前こそ早漏っぽい顔してんじゃねぇか!」

「どんな顔だよっ!」

「あ、あの……」


 ノマとライアンが言い合っていると、リリアが間に入ってきた。


「ソーローって、なんですか? 特殊な能力とかですか?」


 おずおずと尋ねてくるものだから、ノマもライアンも口を噤んでしまった。それを見ていたエッダが噴き出す。


「あっははは! そうかお嬢ちゃんは純粋初心なんだねぇ! 見た目通りでアタシは安心したよ」


 リリアは訳がわからないと言った風に慌て始める。


「えっ、な、何がですか!? どうして目を逸らすんですかノマ! ライアンも何か言ってください!」


 エッダは優しい顔つきでリリアに告げた。


「いいかいお嬢ちゃん。あんたも男を知ったらわかる日がくるよ。けど、どうしても今すぐ教えて欲しいんならアタシが詳細を事細かに……」

「やめろ!」「いいですからっ!」


 珍しくノマとライアンの声が被った。

 リリアはそんな二人に目を丸くしている。


「あはは! からかい甲斐のあるやつらだねぇ」


 エッダの側にサムがやって来る。サムはエッダに盃を渡していた。入っているのは水ではなさそうだ。

 そしてエッダは一気に盃を煽った。


「さぁて、本題だ。最初に言っとくが、アタシたちはあんたらを殺そうと思って連れてきたわけじゃない。無意味な殺しの趣味はアタシにはないからね。昔からこの山で山賊をやってるが、奪うのは金持ちの意地汚い金ばかりさ。そこは知っておいて欲しい」

「じゃあ、僕たちはどうして」

「おいクソ農民、話を聞いてなかったのか? オレらが金持ちに見えたからに決まってんだろ。これから身ぐるみ剝がされるっつーことだ」


 お前こそ話を聞いてないんじゃないか、とノマは言ってやりたかったが、すんでのところで飲み込んだ。


「どう見たらあんたらが金持ちに見えるのか逆に教えて欲しいねぇ……」

「んだと!? 言っとくがオレはこれでも国の王子なんだからな!?」


 エッダは関心したようにライアンを観察した。


「あぁー。もしかして噂の問題王子かい? そうかそうか、話に聞いた通りだなぁ」


 暴言を放ちそうになったライアンを遮ってノマは尋ねた。


「それで、僕たちはどうしてここへ連れてこられたんですか」

「ケルベロスって魔物を知ってるかい」


 エッダの問いに、リリアが静かに答えた。


「ロロレア山に昔から棲みつく犬型の魔物ですよね。頭が三つある獰猛な魔物だったはずです」

「そうだ。アタシたちはこれまでケルベロスを刺激しないように生きてきた。ヤツは普段人間を襲うことはない。頭がいい魔物だからな。上手く共存出来ていたんだが、先日黒い外套を纏った数人が変な魔法をケルベロスにぶつけやがったんだ。以来、人間を敵と見なしたケルベロスが、人間の姿を見るや否や襲い掛かってくるようになった。アタシの仲間も何人か殺られたよ」

「黒い外套って──」


 ノマが息を呑むと、エッダが小さく頷いた。


「多分だが、あんたの妹を連れ去ったやつらなんじゃないか。仲間の情報では、黒い外套の人間の他に、女が一人いたと言っていたね」

「ソラ……!」


 リリアが今にも泣き出しそうな顔をした。


「アタシたちはケルベロスを倒そうと思ってる。このままだと山には住めないからね。だが、さっきも言ったように仲間が数人殺されて人数不足だ。そこであんたたちを連れてきたってわけだ」


 つまりケルベロスを倒す手助けをして欲しいということか。


「若そうな人間なら誰でもよかったんだが、話を聞けば丁度いいじゃないか。どうせこのままじゃケルベロスのせいで山を越えるのも難しいだろう。アタシたちはケルベロスがいなくなって万々歳。あんたたちも安全に山を越えられて万々歳。どうだ? 悪い条件じゃないだろう?」

「ですが、僕たちは戦い慣れしていません。エッダさんの力になれるとはとても」


 ノマの質問にエッダはニヤリと笑ってみせる。


「アタシだって馬鹿じゃない。三人とも非力なのは見りゃわかる。あんたたちにしてもらうのはケルベロスを見つけることだ。ヤツは巣を作らない。山の中を点々と移動しているんだ。ケルベロスを見つけてアタシたちに合図を送って貰えればそれでいい。始末はアタシたちに任せな」


 それなら、ノマたちにも出来るかもしれない。


「見つけるだけでいいんですね」

「そうだ。広くはない山だが、さっさと終わらすには人数がいた方がいい。もちろん危険が迫ったら逃げてくれていいからね。そこは自分の命を優先してくれ」


 エッダの話が本当ならば、ケルベロスがいる状態で山を越えるのはかなり危険だ。だったら彼女に力を貸した方がいいのではないか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る