第3章 女盗賊と仲間たち
第34話 リリアの夢
フローガを出て半日ほど歩いたところで、ロロレア山の麓に着いた。
薄暗い中での入山は危険だろうということで、明日の早朝に山へ入ることになった。今夜は麓で野営を行う。かつて野営を嫌がっていたライアンは、今回何も文句を言わなかった。多少は成長したのかもしれない。
洞穴を見つけたので、ここで一晩を過ごすことにした。洞穴の中を確認したところ動物も魔物も見当たらない。
「焚火をしても大丈夫かな」
ノマが荷物を置いて辺りの様子をうかがっていると、ライアンが胡坐をかいてふんぞり返った。なんでいつもそんなに偉そうなのか。
「まだ夕方だし大丈夫だろ。夜になったら消せばいいしな」
「ロロレア山にはヤマザルやジャバゴリラがいます。麓にはいないとは思いますが、気を付けましょう」
フローガで購入した保存食の干し肉を咀嚼する。ライアンは固いだとか獣臭いだとか散々文句を言いながらも食べ進めていた。
煮沸した水をコップに移す作業は、リリアが魔法を使って率先して行ってくれた。前よりも魔法の精度が上がっている気がする。ライアンの足元に熱湯が少々零れたくらいだ。
「リリアありがとう」
「いえ。大したことでは」
リリアは嬉しそうに顔を綻ばせた。それを見ていたライアンが鼻をふん、と鳴らした。
「危うくオレは火傷するところだったけどな」
「ちょっと靴が濡れたくらいじゃないか」
「前の落ちこぼれチャンならオレの大事なところが大変なことになってたぞ!?」
「それって、わたしの魔法が成長したってことですよね!」
リリアがにこにことするものだから、ライアンはそれ以上言い返せず口籠ってしまった。
彼女は人助けに繋がることが心底嬉しいようだ。
そういえば、と思い、ノマはコップを足元に置いて尋ねた。
「リリアは、どうして魔法で人助けをしたいと思ったの」
リリアはシシカ村に来てからも何度も「魔法で人助けをするのが夢」と語っていた。
ノマの問いにリリアは目を輝かせた。
「聞いてくれますか! ノマ!」
「あ、うん」
前のめりになった彼女の迫力にノマは思わず身を引いてしまう。
「一番の影響は祖母の存在です。祖母も魔法使いなんですが、いつも街の人たちのために魔法を使っていました。どんな些細な困りごとでも祖母は嫌な顔一つせず、無償で助けていました。祖母の家にはよく人が来ていましたが、みんな笑顔で帰っていくんです。その姿を側で見ていて、わたしもいつか祖母のような魔法使いになりたいと思ったんです」
「とんだお人好しだな」
ライアンは薄笑いを浮かべながら言った。
「わたしはそうは思いません。祖母のことを心から尊敬しています」
そう言うリリアの表情はとても真剣だった。
心から尊敬出来る人がいたことで、リリアは生涯抱える夢を持つことが出来た。ノマにはリリアがとても羨ましく思える。
「……あと、ですね」
リリアは照れ臭そうに続けた。
「昔、祖母と初めてお城に行った時のことです。幼いわたしは祖母とはぐれてしまい、お城の中をさ迷っていました。そうしたら外套を被った同い年くらいの方と会いまして。泣いていたわたしを慰めようとしてくれたのか、その方は手の中で炎を見せてくれたんです。普段見る炎とは違って青色、緑色に変化する炎はとても綺麗で、そして……とても温かくて。魔法で胸を打たれたのは初めてのことでした。わたしもあの人みたいな魔法を使って、人を温かい気持ちにさせたい、と思ったんです」
「リリアと同い年くらい、ってことはもしかしたら魔法団体にいるんじゃないの」
「はい。ですが会ったことはないんです。特徴的な魔法だったので見ればわかると思うんですが……」
珍しく静かなライアンをちらと見ると、彼は口元に手を当てて何かを考えているようだった。
「ライアン?」
「……あ? なんだよ」
やけにとげとげしい。いつものことではあるけれど。
「いや、その人のこと知ってるのかなって。お城の中で会ったみたいだし」
「ねぇよ。そいつもとんだお人好しだなって思っただけだ」
もしかしたら幼き日のリリアの心を動かした人物に嫉妬しているのかもしれない。それはとても面倒くさい。ノマはそれ以上ライアンには追及せず、焚火に手を当てた。
日が暮れて暗くなったので、焚火の始末をして地面に寝転がる。洞穴内はひんやりしているせいか地面も冷たい。
あまりよく眠れそうにはないな、と思いながらノマは目を閉じた。
突然腹の辺りに衝撃があり、ノマの意識が覚醒した。遅れて鈍い痛みがやってくる。
「──な、に」
わけがわからない。何が起きて。
「こいつ生きてやがるぜ、姉御ぉ!」
寝起きで朦朧としているノマが顔を上げると、髭を生やし放題にして汚い風貌の男がこちらを見下ろしていた。
「なにしやがるクソがッ!」
ライアンの声だ。視線を動かすと、彼は別の男に取り押さえられている。その近くでリリアは怯えた表情で蹲っていた。
「へぇ。若いのが三人か。生きもよさそうだし、なかなか期待できそうだねぇ」
すると洞穴の中へ長身の女が入ってきた。獣の皮を着こなした女は、見た目は美しかったがノマを見下ろすと意地悪そうに口角を上げた。しかしそれさえも魅惑的に映ってしまうのが不思議だ。いずれにせよ、危険な香りがする女であることは確かだった。
「そのままアタシたちの『アジト』に連れていきな。殺すんじゃないよ」
「あ、あの、あなたたちは一体」
リリアが震えた声で尋ねると、女はリリアの顎に触れた。リリアは無理矢理上を向かされる。
「あぁ? アタシのことを知らないのかい? それでこの山で寝泊まりするなんざ、いい度胸だねぇ?」
「知るわけねぇだろ! オレらは先を急いでんだ。早く解放しやがれアバズレ女がッ!」
ライアンが叫ぶと、すぐに汚い髭面の男が喚いた。
「おい姉御に謝れ! 俺らの姉御に汚い口を使うんじゃねぇぞ坊主!」
「サム、お黙り」
サムと呼ばれた男は彼女の言う通り口を閉ざした。
女はぞくりとする妖艶な笑みをライアンに向けたかと思うと、一瞬でその場から消えた。気付いた時には、ライアンの首元に刃物を当てていた。
「一人くらい、いなくなっても構わないんだけどねぇ。そんなに早死にしたいのかい、子猿ちゃん?」
ライアンは何も言い返せないまま、硬直している。
「ぼ、僕たちバグマ火山に用がありまして。そのためにロロレア山を越えようと、ここで一夜を明かしていたんです。気を悪くされたのなら謝ります」
女はたどたどしく説明するノマに向かって目を細めた。
「バグマ火山に? なんでまた」
「さらわれた妹を助けに」
ライアンの首元から刃物を下ろした女は、ふぅん、と呟いた。刃物をくるくると回し始める。
「それでヤツが暴れてたってことか……なるほどねぇ」
「姉御、どうします」
サムが小声で女に問う。女は即答した。
「連れていけ。女山賊エッダの名を知らないこいつらに、アタシの恐怖をしっかりと植え付けてやる」
エッダと名乗った女は、ニィッとノマに笑いかけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます