第33話 人間は、どうしようもないものだから

「国に殺されたって言ってたのは、そういうことだったんだな」


 ライアンが静かに口を開いた。口調は冷静だったが、その表情は怒りに満ちていた。


「今でも儂は国を信用しておらん」


 モルドゥは深いため息をつくと、目を細めた。


「お前さんらには、わざと無茶な依頼をしたんじゃ。どこからどう見ても弱っちいお前さんらなら、廃坑に入る前に逃げるだろうと踏んでのう。じゃが、予想に反して頑固者じゃった。危険に晒すような真似をして、すまなかったな」

「僕たちには、やらなければならないことがあるので」

「……そうじゃな」


 すると、コンコン、と控えめに鍛冶屋の扉が叩かれた。

 モルドゥが扉を開けると、そこにはロゼリアと美しい女性が立っていた。


「ルルシア」


 モルドゥは女性を見るや否や、呟いた。

 彼女がロゼリアの母。そしてバルの妻だ。

 ルルシアは深々とお辞儀をした。


「モルドゥさん、ご無沙汰しております」


 顔を上げたルルシアの目には涙が溜まっていた。


「今までごめんなさい。これまで、娘にはバルがモルドゥさんの弟子だったことを黙っていまして」

「いいんじゃ。儂もあれ以来人間とは距離を置いていたからな。……でも、どうして突然」

「私が母に、モルドゥさんにお会いたいと言ったんです」


 ロゼリアは姿勢を正して真っ直ぐモルドゥを見つめた。


「……バルと、同じ瞳をしておるな。そっくりじゃ」


 声を震わせたモルドゥは俯いた。


「ノマさんの写真を見て、父のことをもっと知りたくなったんです」


 するとロゼリアは太陽のように明るい笑顔になった。


「だって病気で死んだと思っていた父に、素晴らしい師匠がいたんですから。私の誇りです」

「モルドゥさん、ずっとお伝えしていなかったことがありまして」


 ルルシアは言いながら涙を拭いた。


「バルは、いつもモルドゥさんの自慢ばかり言っていました。俺もいつかあんな鍛冶屋になるんだと。そしてモルドゥさんに幸せになってもらうんだと。こんな俺に沢山のことを教えてくれたモルドゥさんは──親父以上の存在なんだって」


 モルドゥは鼻で笑った。しかしその表情はとても穏やかだった。


「たかだか数年で、儂みたいな鍛冶屋になれるわけがなかろうが。それに全部、やつが押し掛けてきたせいじゃ。本当に……最後の最後まで、真っ直ぐでどうしようもないやつじゃな」


 モルドゥは続けた。


「……そんなどうしようもない人間と関わるのも、案外悪くはなかったのかもしれんな」


◆◆◆


 ノマたちがイグニドム廃坑でティタム鉱石を採って来てから、一週間が経った。


「出来たぞ」


 モルドゥが指さす机の上に、剣とクワが置いてあった。どちらも預けた時とは見違えるほどに輝いている。


「すっげぇ! ぴっかぴかじゃねぇか!」

「二つともティタム鉱石を使って強化しておる。ティタム鉱石は抜群の強度を誇る鉱石じゃ。ちょっとやそっとじゃ欠けることはないじゃろう」

「モルドゥさん、ありがとうございます!」


 ノマはクワを手に持った。元のクワよりも軽くなっている。柄も握りやすい。


「それにしても、クワを武器にするやつなんて初めて見たわい。じゃが、完成度はお墨付きじゃ。そのクワはもう土を耕すだけじゃないぞ」


 強化された武器を早速試してみようと言い出したライアンが、鍛冶屋の外に飛び出した。

 ライアンは剣を構えて木材を斬りつける。木材はスパッと滑らかな切り口で真っ二つになった。


「──え」


 剣を振るったライアン自身が驚いている。


「武器の威力だけじゃない。この一週間、お前さんたちは目標へ確実に攻撃を当てる練習をしていたからの。戦い慣れしていないやつらは基礎が出来とらんからな。特にダメ王子は、元から筋はよかった。あとは体の動きを意識すればもっとマシになるじゃろ」

「す、すげぇ! モル爺すげぇ!」


 飛び跳ねるライアンを横目に、ノマもクワを縦に振った。ところがクワは木材を掠っただけだった。


「はははっ! クソ農民はやっぱりクソだったか!」


 ライアンが馬鹿にしたように笑う。


「違う違う。前みたいなクワの使い方はもう忘れろ。こうやるんじゃ」


 モルドゥはノマからクワを奪うと、真横へ振った。

 ブン、と風切り音がしたかと思えば木材の側面がえぐられていた。


「使い方は斧に近いかもしれんの」

「僕、斧も武器として使ったことがないんですが……」


 斧なんて、薪を割ることくらいにしか使用したことがない。


「なに、すぐに慣れる」


 モルドゥは微笑んだ後、白い髭を触った。そして真剣な眼差しでノマを見据える。


「……今日発つのか」

「はい。新月まで時間がないので」


 すると突然リリアが、あっ、と小さな声を上げた。こそっとノマに耳打ちをする。


「ノマ、わたしたち武器のお金を払っていません。……ティタム鉱石を使ったとなるとかなりの高額になるのでは」


 本当だ。しかも一つならまだしも二つ分の武器を加工してもらっている。少なくともノマとリリアのお金では足りないだろう。ライアンに言えば王子の財力でなんとか気を利かせてくれるだろうか。

 二人でこそこそしていると、モルドゥが口を開いた。


「あぁ代金は気にするな。ティタム鉱石を採りに行けと無理を言ったのは儂じゃしな。それに──」


 モルドゥはノマたちを見つめると目を細めた。


「お前さんたちのお陰で、人間ともう少し関わってみてもいいと思えたしの。礼を言うのは儂の方じゃ」

「まぁな! 全部オレのお陰だな!」

「お前はうるさかっただけじゃ」

「んだと!? オレがいつ、うるさかったっつーんだよ!」

「いつもだよ」「いつもです」


 ノマとリリアの声が重なると、意外にも噴き出したのはモルドゥだった。


「若いもんはいいのう。儂もまだまだ頑張らねばな」


 モルドゥはノマに向かって手を差し出した。


「武器の手入れが必要になったらいつでも来るといい。妹の無事を祈っておる」


 モルドゥのごつごつとした手を握り返したノマは微笑む。


「ありがとうございます。モルドゥさんのお陰で、僕たちは先に進めます」


 一週間という短い期間だったが、モルドゥの指導のお陰で前よりは力がついた。と、思う。

 少なくとも武器は申し分ない。

 ノマはクワを肩に担いだ。


 モルドゥはノマたちが見えなくなるまで、鍛冶屋から見送ってくれた。


「──で、オレらの目的地はバグマ火山でいいんだよな」


 ライアンが大股で歩きながらノマに尋ねる。ノマは頷いた。


「うん。炎龍が現れる前にソラを助け出す」

「新月まであと二週間ですね。フローガからバグマ火山へ向かうには、ロロレア山を越えていかなければいけません。二日ほどで越えられる山ですが、急いだほうがいいです」

「一回くらいは炎龍を生で見てみてぇけどな。だって神聖な国の守護神様だぜ? サラマンダーの比じゃねぇくらいでけぇんだろうな」

「わたしも本でしか読んだことありませんが……きっとライアンなんて一口でペロリですね」

「なんでオレが食べられる前提なんだよッ! さらっと怖ぇこと言うなお前!?」

「そもそも、炎龍って誰でも会えるものなの? 実物を拝めること自体まだ信じられないんだけど」


 バグマ火山大噴火の際、炎龍を喚び出したバーンズ王が英雄として讃えられるくらいだ。そう簡単に誰でも会えるものではないことくらいは、ノマだって理解している。


「モル爺は新月の日に姿を現す、ってしれっと普通に言いやがったけどな。そこはオレも気になってるところだ」


 するとリリアが神妙な表情で答えた。


「わたしたちの目的は炎龍に会うことじゃありません。ソラの救出です。炎龍が本当に現れようが現れまいが、大きな問題ではありません」

「ケッ、落ちこぼれチャンは真面目だよなぁ」


 ライアンはつまらなさそうに足元の石を蹴り飛ばした。

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