第32話 堅物ドワーフの弟子

 ドワーフのモルドゥは、フローガの隅で店を構えていた。

 国の首都であるフラマンに店を出してもよかったのだが、フラマンの堅苦しい雰囲気よりもフローガの陽気な様子に惹かれた。決して人通りが多い場所ではなかったが、モルドゥの実力を聞きつけた旅人や剣士がこぞって彼に仕事を依頼した。

 モルドゥの鍛冶屋は瞬く間にフローガで知らない人はいないほどの人気の店になった。

 そんなある日、鍛冶屋の扉を乱暴に叩く人がいた。


「おい! モルドゥ! 俺はバルっつーもんだ! めんどくせぇから単刀直入に言う! 俺を弟子にしてくれ!」


 窓から外の様子を見たモルドゥは顔をしかめた。なんて乱暴な男だろう。年齢は二十代前半くらいか。そもそも人間の弟子を取るつもりなんてない。こういう輩は無視に限る。

 モルドゥはバルに見向きもしなかった。


 しかし次の日、更に次の日になってもバルはやってきた。毎日毎日扉を叩いては同じことを言う。諦めの悪いやつだ。このままでは作業の邪魔だし、扉も痛んでしまう。

 モルドゥは仕方なく扉を開けた。

 バルはガタイが良く、健康的な風貌をしていた。モルドゥの姿を見た彼は無邪気に歯を見せて笑う。


「なぁーんだ、いるんじゃねーか。てっきり留守にしてるのかと思ったぜ」

「何の用じゃ」

「あれ? 聞こえてなかったか? 俺を弟子にして欲しいんだ!」


 バルは厚い胸板を張って見せる。


「帰れ」

「な、なんでだよ! 体力には自信があるんだぜ!? 熱さにも耐えられる頑丈な体だ!」

「儂は弟子は取らん」


 扉を閉めようとすれば、大きな手で遮られた。


「そんなケチなこと言わずにさぁ! 頼むよ」

「鍛冶屋になりたいなら別のところに行け」

「その別のところで断られたから来てんだよ。ここが最後の砦なんだ」


 なんて失礼な男だ。モルドゥは眉間に皺を寄せた。

 うちの弟子になりたい理由が他に行く当てがないからだと? モルドゥの技術が目的で弟子入りを志願したのならまだわかる。他で断られたからここへ来たなんて、そんな動機で弟子入りを承諾する鍛冶屋がどこにいるのか。


「さっさと帰れ! お前に鍛冶屋の資格なんぞない!」


 モルドゥは勢いよく扉を閉めた。

 流石に面と向かってハッキリと断ればバルも諦めるだろうと思っていた。しかしモルドゥの考えは甘かった。


 次の日、彼はまた鍛冶屋にやってきたのだ。

 これまでと違うのは、扉の前で弟子入りを懇願するのではなく、窓の外に張り付いていることだ。窓越しにモルドゥの仕事を観察している。観察というよりも監視に近いものを感じたが、見られるくらいなら邪魔にならないのでモルドゥは放っておいた。


 毎日バルは鍛冶屋にやってきた。モルドゥの作業を見ては帰ってゆく。

 それが二週間ほど続いたある日、鍛冶屋の扉が乱暴に叩かれた。


「おい! モルドゥ! 見てくれ!」


 窓からバルの様子を見ると、彼の手には小型の刀が握られていた。見るに堪えない不格好な刀だ。あれでは満足に物を切ることも出来ないだろう。だがその刀にはどこか見慣れた雰囲気があった。

 モルドゥは髭を触って考えた末、扉を開けた。


「それは一体なんじゃ」

「俺が作った小刀だ! モル爺に一度見て欲しくってよぉ」


 そんな愛称で呼ばれるほど打ち解けたつもりはないが。モルドゥはバルから刀を受け取った。

 造りはかなり雑で素人以下だ。しかしところどころにモルドゥの作る武器の癖が見て取れる。窓からモルドゥの姿を見ていただけでここまで作れるのか。

 バルは鼻息を荒くしてモルドゥの返答を待っている。


「これが小刀じゃと? 子供のおもちゃの方がもっとマシじゃぞ」


 モルドゥの言葉に肩を落とすかと思いきや、バルは豪快に笑って見せた。


「やっぱり? だよなぁ! いやぁーモル爺の技を盗んでやろうかと思ったんだけどよぉ、そう簡単にはいかねぇもんだな」

「当り前じゃ。簡単に盗まれたら鍛冶屋の名が廃る」


 仕方ない。モルドゥは静かに扉を開いた。


「入れ」

「えっ。茶でも淹れてくれんのか?」

「アホウ。こんな小刀を他で見せびらかされたら儂もたまったもんじゃない。近くで見せてやるから、作るならもっとマシなのを作れ」

「──で、弟子にしてくれるってことか!?」

「そうは言っとらん」


 モルドゥの言葉はバルに届いた様子はなく、彼は満面の笑みで喜んでいた。


 それからの日々はとにかく騒がしかった。

 まさか自分が人間の弟子を取るなんて想像もしていなかった。元々人間とは商売以外で関わることを避けていたが、バルはドワーフのように力強く豪快な性格をしていたからか、モルドゥも次第に彼と打ち解けていった。


 いつしかモルドゥは、人間と関わるのも悪くないと思えるようになっていた。

 バルはみるみる内に知識を吸収してゆき、三年が経つ頃には出会った時とは見違えるほどの腕前で刀を作れるようになった。

 モルドゥの鍛冶屋はバルの力もあってますます繁盛していった。


 ある日、バルが慌ただしく鍛冶屋に入ってくると、一枚の紙をモルドゥに見せた。


「見てくれモル爺! 俺今度、城からの依頼でイグニドム鉱山に鉱石を採りに行くことになったんだ!」


 バルが持つ紙には、依頼の詳細と王のサインが書かれていた。


「すげぇよな! 王直々の依頼だぜ!? これでいい成果を残せば、この店もモル爺ももっと有名になる! 城専属の鍛冶屋だって夢じゃないぜ!」

「儂は金や名誉なんていらぬ。好きなだけ武器を作れればそれでいいんじゃ」

「でもよぉ。もっと良い鉱石を仕入れたり出来るかもしんねぇだろ? そしたら新しい武器を作ることだって出来るかもしんねーぞ」


 確かに、それは魅力的かもしれない。現状鉱石などの仕入れは旅商人や仲間のドワーフたちから行っているが、城が関われば他国の珍しい鉱石も手に入る可能性はある。モルドゥの武器作りにも役立つだろう。


「しかし……イグニドム鉱山と言えば、最近見つかった鉱脈じゃろ? 探索も進んでいないと聞くが、大丈夫なのか?」

「あのモル爺が俺の心配をするとは! 年寄りはこれだから困るぜ」


 カラカラとひとしきり笑ったバルは、にぃ、と口角を上げた。


「大丈夫だ。俺にはこの頑丈な体がある。ちょっとやそっとじゃ壊れたりしねぇ。モル爺だって知ってんだろ?」

「じゃが、お前には家族がおるじゃろ。娘もまだ幼い。この依頼は慎重に考えた方が──」

「ルルシアには相談した。ロゼリアはまだわかんねぇだろうが、俺が決めたことなら文句は言わねぇよ」


 太陽のように明るい笑顔で言うバルを、殴ってでも止めればよかったと、モルドゥはその後幾度となく後悔した。


 数日後、王の関係者たちにつれられて笑顔で鍛冶屋を後にするバルの姿が、モルドゥが見た彼の最後となった。


 十日経ってもバルはイグニドム鉱山から帰ってこない。おかしいと感じたモルドゥは、フラマン城へ向かった。

 城の門番に王へ会わせてくれと願ったが、聞き入れてもらえなかった。仕方なく引き返そうとした時、服も見た目もぼろぼろになった男たち数人とすれ違った。足を引きずっている者や、誰かを支えにしないと歩けない者までいる。


「イグニドム鉱山より……ただいま帰還した」


 一人の男が弱々しく門番にそう伝えたのが聞こえた。

 モルドゥは咄嗟に男に詰め寄った。


「バルは!? バルはどうしたッ!? お前さんらと一緒に行ったはずじゃ!」


 男は冷たい眼差しでモルドゥを見下ろした。


「なんだこのドワーフの爺さん」

「ばる……? あぁ、あいつじゃないか? 一人だけやたらと威勢が良くて元気だったヤツ」

「あぁー。あの囮の……おっと」


 男はしまった、と言わんばかりに口を閉ざした。そして早足で城の門の奥へ入ってゆく。

 閉まる門を呆然と見つめたまま、モルドゥはその場に立ち竦んでいた。


 囮? 確かに男は囮と言った。

 バルは何かの囮になったということなのか。


 それはつまり──。


 後から聞いた話によると、イグニドム鉱山の採掘中にサラマンダーの巣とかち合ったらしい。数人がサラマンダーの犠牲になり、命からがら逃げてきた者はいたが、以降イグニドム鉱山は廃坑となった。

 しかし噂によると、最初から魔物がいる可能性は示唆されていたとのこと。


 バルは魔物が出てきた時用の囮として、王から選ばれたのだ。ガタイのいい男があそこの鍛冶屋にいるぞ、と誰かが王の関係者へ言ったのだろう。それでバルに白羽の矢が立ってしまったのだ。

 自分のせいだ。モルドゥは酷く後悔した。


 意気消沈のままフローガへ帰り、自身の鍛冶屋へ向かう途中、モルドゥはバルの妻ルルシアに会った。

 ルルシアへ事情を説明すると、彼女はその場に崩れ落ち嗚咽を漏らした。


 やはり、人間と関わるべきじゃなかった。

 辛い思いをするだけだ。


 以来モルドゥはフローガの街の片隅にある鍛冶屋に引きこもり、人間を避けるようになった。

 年月にして約十五年。


 十五年後、再び鍛冶屋の扉が乱暴に叩かれるとは、この時のモルドゥは予想もしていなかった。

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