第31話 見覚えのある笑顔

 ロゼリアはノマたちの食器を下げながら笑った。


「まさかリリアさんが殴ったとは思いませんでした。てっきりライアン王子かと」

「失礼だな! オレが人を殴るように見えるかよ!」

「逆にそうにしか見えないけど。実際殴ろうとしてたし」

「うるせぇクソ農民!」

「本当にすみません……。手を出してしまうなんて、魔法使いとしてあるまじき行為です……」


 当のリリアは相当落ち込んでしまっている。


「ディランさんはこの街で修行をしている魔法使いですが、他にも問題を起こしていて色々噂になってたんですよ。私もデートにしつこく誘われたりして。ここだけの話、かなりスッキリしちゃいました」


 朗らかに笑うロゼリアを見て、リリアは眉を下げた。


「ですが、あとでディランにはちゃんと謝らないといけません」

「いらねぇだろ。謝るだけ損だぜ」

「そうはいきません。同期なんですから」


 ライアンは不貞腐れたように顔をしかめると、長机に頬杖をついた。


「そういえば、モルドゥさんとお話が出来たそうですね」

「はい。ロゼリアさんの情報のおかげです」

「そんな、私は何も」


 ロゼリアはオレンジ色がかった薄桃色の両目を細めて微笑んだ。

 あれ、この表情……どこかで。

 ノマは頭の片隅に何かが引っかかった気がした。


「ノマ?」


 ぼんやりとしていたノマに気付いたリリアが、不思議そうに見つめてくる。


「なんだぁ? ロゼリア姉さんの笑顔に惚れちまったのか?」


 ライアンが茶化すように言う。そうだ、ロゼリアの笑顔。ノマはこの笑顔をどこかで見たことがある。


「──ぁ、そうか写真」


 ノマは慌てて皮袋の中身を漁った。取り出したのはイグニドム廃坑で発見したペンダントだ。

 中を開いて写真を見る。

 やっぱり。夫婦に抱き上げられた赤子の瞳の色と笑顔が、ロゼリアにそっくりだった。


「お前それ、確か廃坑で拾ったやつだよな」


 ライアンが覗き込む。つられてペンダントを覗いたロゼリアが目を見開いた。


「え……なんで、お父さんとお母さんが……」

「こちらの方はロゼリアさんのご両親なんですか! でも、それならどうして、廃坑にこれが……」


 リリアが首を傾げている。


「もしかしてロゼリアさんのお父さんのお名前は、バルさんですか」


 ロゼリアはノマの問いに深く頷いた。


「はい。そうです」


 これで繋がった。

 モルドゥの弟子は、ロゼリアの父であるバルだったのだ。


「お父さんは亡くなったと言っていましたが、十五年前ではないですか」


 ノマは出来るだけ冷静を装ってロゼリアに尋ねた。


「そうです。私が一歳の時だったと母から聞いています。私自身記憶はないのですが、確か母は病気で父は亡くなったと」


 違う。きっとロゼリアの母は、バルがモルドゥの弟子だということを隠しているのだろう。


「なぁ、どういうことだ?」


 ライアンは事態が吞み込めないようで、眉間に皺を寄せている。


「明日、モルドゥさんに聞いてみよう」


 次の日鍛冶屋へ行くと、モルドゥは汗を流しながら熱された金属をハンマーで叩いていた。


「モルドゥさん、お聞きしたいことがあるんですが」

「なんじゃ? 武器ならまだだぞ」

「いえ、弟子のバルさんのことで……」


 手を止めたモルドゥは、一瞬驚いた表情でノマを見た。そしてすぐに顔をしかめる。


「お前には関係ない話だ」

「廃坑でペンダントを拾ったんです」


 ノマは手の平のペンダントをモルドゥに見せた。中を開き、写真も一緒に見せる。


「バルさんはご結婚されてたんですよね。娘さんもいた」

「さぁな。弟子のプライベートは聞かない主義だからな」

「どうして亡くなったんですか」


 モルドゥはノマを睨みつけた。おっかなかったが視線を逸らさずに堪えた。ノマはモルドゥを真っ直ぐ見つめる。

 リリアとライアンは静かにノマの様子を見ていた。

 深いため息を吐いたモルドゥは、近くにあった揺り椅子に腰掛けた。


「歳を取ると駄目じゃな……。この話は、二度と人にするつもりはなかったんじゃが」


 白い髭を触ったモルドゥが、ゆっくりと口を開く。


「本当にうるさいやつでなぁ。初めて来た日が昨日のように思えてくるわい」

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