第29話 鍛錬開始
鍛冶屋の扉の前で、ライアンは自信ありげに口角を上げていた。どうしてそんな偉そうなのか。王子だからか。
彼は決死の思いで採取したティタム鉱石を、扉の間から顔を覗かせるモルドゥに見せつけていた。
「どぉーだ! モル爺! 正真正銘のティタム鉱石だぜ! これで約束通りオレたちの話を聞いてくれんだよな!」
モルドゥは驚いたように目を見開いた。ティタム鉱石を両手で受け取ったモルドゥは、訝しげに鉱石を眺めている。目の前の貧弱なノマたちが採ってきたとは、にわかにも信じ難いのだろう。
「旅商人から買ったのか」
「ちっげぇーよ! んなモン、イグニドム廃坑で採ってきたに決まってんだろ!? こちとらサラマンダーに追われながら命懸けで採ってきたんだっつーの」
「あの廃坑で……そうか」
モルドゥは目を伏せた後、穏やかな口調でノマたちに告げた。
「入れ」
扉の奥に入っていったモルドゥの後をついてゆく。店の中にはたくさんの武器や防具が並んでいた。壁には立派な大剣も飾られている。作業台らしき場所には、見たこともない道具が置いてあった。
「適当に座れ」
ノマは近くにあった木製の椅子に腰掛けた。リリアも椅子に座る。なぜかライアンだけはその場に立ったままだった。彼は壁にもたれて腕を組み、相変わらず偉そうにしている。
モルドゥは揺り椅子に深く腰を落とすと、ティタム鉱石をまじまじと見つめた。
「本物を見るのは何年ぶりになるかの。……輝きが懐かしいわい」
「あの、それで、僕たちがここへ来た理由なのですが」
ノマが姿勢を正して言うと、モルドゥは目を細めた。
「どこからどう見ても、おぬしたちは貧弱で異質じゃ。田舎くさい農民に、弱々しい魔法使い、我儘横暴なダメ王子。何か大きな訳がないと一緒にはいないじゃろうて」
「おい誰がダメだって!? この二人よりはマシだろ!」
「ライアン静かに」
制すると、ライアンはノマを睨みつけて小さく舌打ちをした。
モルドゥは構わず続けた。
「儂が思うに、力が必要なのじゃな」
「そうです。僕の妹が、先日黒い外套を纏った魔法使いたちにさらわれたんです。助けに行こうとしているんですが、見ての通り僕たちには相手に立ち向かう力がなくて。モルドゥさんに相談を」
「儂のことは誰から聞いたんじゃ」
「旅商人のティロムトンさんからです。街の外で助けてもらって」
「あいつは昔から余計なことしか言わんなぁ……」
モルドゥは苦笑したが、心底嫌がっている様子ではなかった。
「それにしても、黒い外套の魔法使いか。今時そんな恰好をするなんて珍しい。炎龍ヴァルノーヴァの使いじゃあるまいし」
リリアが身を乗り出した。
「ティロムトンさんが言っていました! ノマの妹のソラは、炎龍ヴァルノーヴァの生贄のためにさらわれたんじゃないかって」
モルドゥは興味深そうに目を見開いた。
「……ほぉ。なるほど。あの迷信か。それなら確かに、合点がいくのう」
白い髭を触りながらモルドゥは言った。
「だとすると、あまり時間がない。ヴァルノーヴァは北東のバグマ火山に棲んでいるが、月がなくなる日に姿を現すと大昔から言い伝えられておる。次の新月は三週間後じゃ。急がねばならん」
するとモルドゥは椅子から立ち上がった。
「鍛えるのはどの武器じゃ。それから、戦いの初歩をおぬしらにみっちり叩きこんでやる。一週間もあれば十分じゃろ」
「話が早いぜモル爺っ! ビッシバシ頼むぜ!」
「おぬしは先に、その軽々しい性格をなんとかした方がいいがの……」
そこからは驚くほど順調に事が進んだ。
ライアンは剣を、ノマはクワをモルドゥに預けた。武器の加工はモルドゥに任せることにして、二人は戦いの基礎練習に励んだ。
「まずはこの木材に書いてある印に攻撃を当てるんじゃ。いくらいい武器を持っていても、目標に当たらねば話にならん」
鍛冶屋の前で、ノマとライアンはモルドゥに借りた短剣でひたすら木材を斬った。斬って斬って斬りまくった。最初は全く印に当たらなかったが、少しずつ勝手がわかってきた。意外だったのは、ライアンも真面目に取り組んでいることだ。
初めこそ、今更基礎練とかないわ、とか文句を言っていたが、ノマを見ているうちに何かライバル心のようなものが芽生えたのかもしれない。
リリアはそんな二人の横で魔法の鍛錬に勤しんでいた。
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