第28話 僕たちの魔法使い

 ノマとライアンが小走りで前へ進むと、小型のサラマンダーがいた。

 サラマンダーはノマたちを見つけると、大口を開く。予想通りだ。ヤツが息を吸い込むのと合わせて、ノマは足を速めた。


「ライアン、このまま行くぞ!」

「わかってる!」


 足が速いライアンはノマを追い越すと、低い姿勢でサラマンダーの体の下に滑り込んだ。ノマもそれに続く。走る勢いに任せて体勢を低くした。体は地面すれすれを滑る。

 無事に腹の下を潜り抜けられたので、ノマは油断しきっていた。

 前方のライアンが尻尾の先まで走り抜け、こちらを振り返った。途端、彼は大声を出した。


「ノマ! あぶな──」


 サラマンダーの尻尾が勢いよく横に振られ、ノマは壁に叩きつけられた。


「ぐぅっ!?」


 背中に衝撃が走る。めちゃくちゃ痛い。鈍痛に顔をしかめている間に、サラマンダーの尻尾がノマを狙うように再び振りかぶる。

 ああ駄目だ、押し潰される。


 覚悟を決めて目を閉じた瞬間、


「水よ、囁け──!」


 聞き覚えのある声が聞こえた。


「ロゥリエラ・ウォーリィ!」


 すると、突如壁の隙間から水が噴き出した。水はサラマンダーの体表を濡らしてゆく。サラマンダーは低い唸り声を上げ、動きを止めてしまった。

 ノマはその隙にライアンの元へ向かう。背中の痛みで早くは走れないが、サラマンダーからは遠ざかることが出来た。


「今、リリアの声が」

「ノマ」


 声のした方に顔を向けると、ライアンの背後からリリアが小走りで現れた。彼女はいつもの錫杖だけではなく、見覚えのあるクワを手に握り締めていた。


「無事だったのか」


 ライアンにしては珍しく、柔らかい安堵の表情を浮かべている。


「ノマが大型サラマンダーの気を引いてくれたおかげです。あの後わたしは近くにあった岩の陰に隠れて、サラマンダーが去るのを待ちました。ノマもライアンも、無事でよかったです」

「さっきの魔法は? リリア、水を生み出せるようになったの」

「いいえ。このクワの力を借りたんです」


 リリアは言いながらノマにクワを手渡した。ノマの手に、馴染みの感触が戻って来た。


「壁に刺さっていたのを見つけたので、ノマに返そうと思って引き抜いたんです。そうしたら、亀裂から地下水が染み出してきまして。お陰で、この周辺には地下水が流れていることがわかったんです。上手く操れる自信はなかったのですが……」

「落ちこぼれチャンも、たまーに役立つことがあるんだなぁ!」


 ライアンは余計な一言を言う。

 ライアンの言葉を無視したリリアは、ノマに向かって告げた。


「サラマンダーは水が苦手な魔物ですが、あれくらいの水では倒すことは出来ません。今は足止めをしているだけです。早く出口に向かいましょう」


 安堵している場合ではない。リリアとの再会も喜ぶ暇もないまま、ノマたちは出口へ向かった。

 走ると壁に打ち付けられた傷が痛んだが、動けないほどではない。ノマは最後尾で歯を食いしばりながら先を急いだ。


「出口だ!」


 前方の階段を見つけたライアンが叫んだ。

 やっとここから出られる。


 気持ちが一瞬緩んだところで、ノマのすぐ後ろでドゴォン、と固いものが崩れる音がした。


 振り返ると、大型サラマンダーが石壁を突き破っていた。

 せっかくここまで来たのに。

 サラマンダーは侵入者であるノマたちに激昂しているように見えた。巣を荒らされたからかもしれない。

 グオオオォォォォッ、と、サラマンダーはおぞましい声を上げる。その重低音に周囲の空気がびりびりと震えた。


「マ、マジかよ!」

「ライアンそのまま走って! リリアも振り返らずに!」

「は、はい!」


 ライアンとリリアは階段を駆け上がる。ノマも必死に走るが、背中が痛い。二人から遅れをとってしまう。

 後ろでサラマンダーが息を吸い込む音が聞こえた。

 肺の空気が尽きそうになってもノマは足を止めなかった。苔むした階段を上る。何度か滑りそうになったが、構わず上り続ける。

 頭上に空が見え始めた。時刻は夕方なのか、空は赤く染まっていた。


 出口まであと数段──。

 その瞬間、ズル、と左足が階段から踏み外れた。


 あ、駄目だ。


 ノマの体勢が崩れる。ゆっくり視界の景色が流れる。落ちた時の衝撃に身構えて、ノマは目を閉じた。


「──クッソがああぁッ!」


 ライアンの怒号に目を開くと、彼は出口から手を伸ばしてノマの腕を力強く掴んでいた。

 そのまま勢いよく引っ張り上げられる。すごい腕力だ。

 ノマが出口の横に倒れこんだのとほぼ同時に、階段の下からサラマンダーの炎が噴き出した。熱風に目を閉じる。

 

 炎が治まり、ノマは上半身を起こして呆然とする。あと少しでも遅れていたら間に合っていなかった。

 力の抜けたノマは変な笑いが出た。笑うところではないのに、恐怖で頭がおかしくなったみたいだ。

 ぜぇぜぇと息を弾ませて座り込んだライアンは、息も絶え絶えに言った。


「はぁっ……これじゃ、命が、いくつあっても足りねぇよ」

「は、はは……ほんとにね……」

「よかった……よかったです」


 リリアはその場にへたり込んでしまった。目には涙が浮かんでいる。

 ノマは真っ赤な空を見上げながら、仰向けに転がった。


 九死に一生を得たノマたちは、やっとの思いでモルドゥの依頼を達成した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る