第27話 恐怖を堪えろ
通路は狭いので、サラマンダーはここまで来ることはまずないだろう。
ノマとライアンが逃げ込んだ横穴は、丁度人が二人ほど隠れられるような大きさだった。まるで誰かが避難用に掘ったような造りだ。
ノマが力なく座り込むと、尻の辺りに何かが当たった。
石かと思って手に取ると、小さなペンダントだった。
ペンダントは中が開けるようになっており、写真が入っていた。夫婦らしい男女が赤子を抱き上げている写真だ。赤子の瞳の色がとても印象的だった。
「おい、クソ農民。この非常事態になに見てんだよ」
「誰かの落とし物みたいだ」
「それどころじゃねぇだろ。これからどうするんだ」
ノマはペンダントをそっと皮袋に入れた。
今すぐ戻ってリリアを助けに行きたい。ライアンも同じ気持ちだろう。彼女はまともに戦えないだろうし、逃げ切る体力も残っていないはずだ。しかし戻ればサラマンダーが待ち伏せしているかもしれない。炎を真正面から受けてしまえば元も子もない。
ノマは下唇を噛んだ。横穴を出て、逃げ込んだ通路の先を進むしかない。けれどもし行き止まりだったら? 別のサラマンダーに鉢合わせしたら? そもそも本当にこの坑道から出られるのか。
不安や恐怖が一気にノマに押し寄せてきた。
すると、ノマの様子を見ていたらしいライアンが鼻で笑った。こんな時にも笑えるなんてどんな神経をしているんだ。
「お前、それでよく妹を助けに行こうとか言い出したよな」
ライアンのそれは嘲笑だった。ノマを蔑んでいる。
「クソ農民。こんなんで根を上げてたら、妹なんか救えるわけがねぇだろ」
「お前は怖くないのか」
「……怖ぇよ」
それはライアンから初めて聞く弱音だった。彼の手は微かに震えている。
「でもな。お前の妹やリリアは今のオレら以上に、もっと怖い思いをしてんだ。今この瞬間も、たった一人で。オレらが助けねぇと、誰が助けてやれるんだ」
ライアンはノマから目を逸らす。震える手を反対の手で無理矢理押さえつけていた。
「……そうだよな」
ノマは深く息を吐いた。そうだ。こんなところで恐怖に押しつぶされそうになっていては、到底ソラを助けには行けない。
「先に進んでみよう。今は出口よりもリリアとの合流優先で。リリアがいた坑道に戻れる道があったらいいんだけど」
「こんだけ入り組んでやがるんだ。抜け道くらいあるだろ」
「ライアンが言うとあんまり説得力がないけど、そうだね」
「うるせぇ」
ノマとライアンは通路の先を警戒しつつ進んでゆく。
右側に別の通路が現れたので慎重に曲がる。二人とも無言で歩き続けた。途中で何度も道を曲がり、坑道内をとにかく進む。前進する。
何個目かの角を曲がったところで、正面に錆びれた線路が見えた。ノマたちが最初に歩いていた道だ。なんとか戻ることが出来たらしい。
線路に出ると、ライアンはきょろきょろと左右を見渡した。
「敵の気配はなさそうだな。落ちこぼれチャンがいた方向は、どっちだ?」
「ちょっとだけ風を感じるから、右が坑道の出口かな。ここがどの辺りかわからないけど、リリアも出口の方に向かってるかもしれないし、行ってみよう」
ライアンは小さく頷いた。
なるべく壁際に寄りながら歩く。
数分歩いたところで、後ろの方から例のズル、という引きずる音がし始めた。
ノマたちの背後からサラマンダーが向かってきている。
足を速めると、前方からもズルル、と音が。
まさか。挟みこまれた。
距離が掴みにくいが、前方のサラマンダーの方がノマたちに近い気がする。
「ど、どうする」
焦った面持ちのライアンが尋ねてくるが、ノマだってどうしたら良いのかわからない。
躊躇している間にも音は近付いてくる。目の届くところに逃げ込めるような場所もない。
そこで一つの案が浮かんだ。
「サラマンダーの体の下を抜けよう」。
「──はッ!? そ、そんなこと出来るわけ」
「やつら体はでかいけど、動きは遅いだろ。炎を吐くまでに時間がある。その間に体の下をくぐり抜けるんだ」
「簡単に言いやがるが、上手くいくのか?」
「わからない」
絶対大丈夫、とは言い切れなかった。だけどこのままじゃ二体のサラマンダーに挟み撃ちにされ、丸焦げになるだけだ。
ライアンは思案の表情を浮かべたが、仕方ねぇな、と呟くとノマの肩を強く叩いた。
「やるぞ。ビビってる暇はねぇ」
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