第26話 油断大敵

 細い通路を出て再び線路を辿って進んでゆく。

 傾斜があったり、石が散乱していたりと歩きにくいところもあったがかなりの距離を進んだ。奇跡的にサラマンダーと遭遇することはなかった。妙に順調だ。


 ノマは汗を拭った。気温が上がっている。坑道の壁にはキラキラした鉱物が混ざるようになっていた。

 緊張と高い気温のせいか、みんな口数が少ない。あのライアンでさえ黙り込んでいる。


「あっ」


 全員の足取りが重くなってきた中、声を上げたのはリリアだった。


「ノマ! あそこを見てください!」


 ノマが振り返ると、リリアは右側の壁を指さしていた。見れば、他の石との間に薄黄色に煌めく石が頭を覗かせていた。

 ライアンは駆け出しすぐさま壁に触れた。ノマも後を追う。


「こりゃあ、もしかするともしかするんじゃねぇか!?」


 ライアンの言葉に嫌でも胸が高鳴ってしまう。

 ノマは持参したハンマーとタガネで石壁を削った。薄黄色の石の周囲を丁寧に掘り起こすと、ゴロッと拳大の塊が足元に落ちた。

 塊を拾い上げたリリアは、まじまじと観察する。そして久しぶりに花のような笑みを咲かせた。


「ティタム鉱石です!」

「やった……!」


 まさかこんなにも容易くティタム鉱石が手に入るとは。


「っしゃあ! んじゃあ、用は済んだし、とっととこんなところ出ようぜ!」


 熱くて適わねぇ、とライアンがぼやく。

 そうだ、目的のものが手に入って安心している場合じゃない。

 早くここから出ないと──。


 すると突如、ノマたちの背後の壁が轟音を立てて崩れ落ちた。ノマはよろめいて体勢を崩す。


「な、なに……!?」


 土埃が舞って視界が悪くなる。目を凝らすと橙色の二つの瞳が怪しく光った。

 何かがいる、とノマが察知すると同時に、空気が吸い込まれるような音が聞こえた。


 嫌な予感がする──ノマの背中に寒気が走り、咄嗟に大声で叫んだ。


「壁に寄って!」


 ノマは勢いあまって壁に体をぶつける。瞬間、ゴォ、という轟音と共に灼熱の熱波がノマの背を通り抜けていった。


 あのまま通路に突っ立っていたら。全身の血の気が引く。ライアンとリリアは壁を背にして呆然としていた。


 だんだんと煙が消えてゆき、炎を吐き出した相手の姿が露わになった。

 全身が硬そうな黒い鱗で覆われている。鱗は最初に出会ったサラマンダーよりも分厚かった。橙色の眼光はノマたちを見下ろしていた。


「……で、でけぇ」


 ライアンが絶望の色が浮かぶ表情で呟いた。

 目の前の魔物は、さっき出会ったサラマンダーの十倍は大きい。坑道をギリギリ通れるくらいだ。リリアの言っていた大型の個体だろう。


 ノマは手に握り締めていたティタム鉱石を皮袋に入れ、周囲を見回した。地上を目指すにはこのサラマンダーを越えてゆかなければならない。

 到底無理だ。それに、地面には砕けた石壁が岩となって散乱している。ここを抜けるのは簡単なことではない。


 先に進むか。いや駄目だ。坑道に沿って真っ直ぐ進めば、先ほどの炎で瞬く間に焼かれてしまうだろう。脇へ逸れる通路のようなものがあればいいが、もしなければ終わりだ。

 ノマは唇を噛み締め、今いる壁とは反対側にある通路に目をやった。サラマンダーを横切ってあの通路に入れば、もしかしたら逃げ切ることが出来るかもしれない。あの狭さならサラマンダーは通れない。通路の先がどこへ繋がっているかはわからないが、危機を脱するにはそれしかない。


「僕についてきて」


 ノマはリリアとライアンに告げると、反対側の通路へ向かって駆け出した。

 サラマンダーの正面を横切る。恐怖で足がもつれそうになったが、なんとか通路へ辿り着いた。ノマが振り返る頃にはライアンも通路へ着くところだった。

 その瞬間、大きな地響きがした。どうやらサラマンダーが足踏みをしたらしい。


「──ぁっ」


 か細い声はリリアのものだった。


「リリアッ!」


 ライアンが大声で叫ぶ。壁と通路の間、サラマンダーの真正面でリリアが転んでいた。彼女はすぐ起き上がったが、サラマンダーがリリア目掛けて大口を開けている。

 咄嗟にノマの体が動き、クワをサラマンダーに向けて放り投げた。クワは回転しながらサラマンダーの横顔に当たる。

 しかし、クワは鱗に跳ね返されて石壁に刺さっただけだった。

 当然ダメージは与えられなかったが、サラマンダーは標的をノマに変えたようで、鋭い眼光をこちらに向けてきた。


「お、おい、今度はこっちがやべぇぞ!」


 ライアンも察したようで、慌てて体勢を変えて通路の奥へ向かって走り出した。ノマも一緒になって走る。

 後ろからサラマンダーが息を吸い込む音が聞こえる。


 やばい、炎が──。


 すると前を走っていたライアンが急に消えた──ように見えた。

 状況が呑み込めずにいると、ノマの襟首が引っ張られた。そのまま乱暴に引きずり込まれる。引きずられた先は、通路の脇に空いた横穴だった。

 数秒後、サラマンダーの炎が通路を焼き尽くした。

 間一髪だった。ライアンがいなければ丸焼けになっていた。


 汗だくになったノマは手の甲で汗を拭った。

 ぜぇぜぇと息を切らしたライアンが口を開く。


「リ、リリアは」

「わからない。けど、叫び声は聞こえてないから、多分まだ」

「クッソ……」


 小さく舌打ちをしたライアンは項垂れた。

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