第25話 いざ、イグニドム廃坑へ

 イグニドム廃坑の入口は、人が出入り出来ないよう縄が張り巡らされていた。

 危険な場所だという警告だ。ノマはクワを担ぎなおした。


「っつーかよぉ、お前、本当にクワが好きだよな。剣とか刀とかは持ってねぇのかよ」

「ない。それに父さんはクワでイワギツネを退治してたよ」

「そんじょそこらにいる動物と魔物を比べるなよな……。ま、いいけどよ。不安しかねぇけど」


 嘆息をつくライアンの横で、リリアが緊張した面持ちで錫杖を握り締めていた。


「リリア大丈夫?」


 ノマが声を掛けると、リリアは苦笑した。


「こういったところに行くのは、その、わたし初めてで」

「僕もだよ」

「どいつもこいつも情けねぇなぁ! ま、オレも初めてだけどな!」

「だったらなんでそんなに偉そうなんだよ」


 ライアンの強心臓が正直羨ましい。


「行こう」


 こんなところで躊躇している場合ではない。ノマは意を決して縄をくぐった。


 縄の先には、長年人が近付いていないせいか大きな岩や石がごろごろと散乱していた。それらを避けながら進むと地下へ続く石階段が見えてくる。階段の下は真っ暗だ。ノマは松明に火をともし、一段ずつ慎重に下りてゆく。苔むした石段はゆっくり歩かないと滑りそうだ。


 ふと今更ながらに不安を抱いてしまう。自分が先頭を切って歩いているが、大丈夫だろうか。ノマの後ろにはライアン、最後尾にはリリアが続いていた。

 前だけでなく、後ろの二人も気にしないといけない。


「足元気を付けて」

「ぁっ」


 言った途端に、リリアの小さな声が聞こえた。


「っぶねーな!」


 慌ててノマが振り向くと、ライアンが足を踏み外したリリアを支えていた。


「す、すみません」

「気ぃつけろよ。お前が転んだら、オレもクソ農民も巻き込まれちまうだろ!」


 すみません、と消え入りそうな声で呟くリリアに何か言うべきだったのだろうが、ノマにはそんな余裕さえなかった。


 無言で先に進む。

 石階段を下り切ると一本の坑道に出た。足元に錆びた線路がある。線路は坑道の奥まで続いてるようだ。昔は貨車を使って鉱石などを運んでいたのだろう。坑道内の様子は、リリアから先に聞いた情報の通りだった。


「この辺掘ったら、ティタム鉱石が出たりしねぇのかな」


 ライアンは坑道の壁を手の平で触っている。


「ティタム鉱石は温度の高い場所でよく採掘されるらしいです。なので、もう少し先に行かないと駄目でしょうね」

「簡単にはいかねぇってことか」


 坑道内は湿度が高く、額には汗が次々と浮かんでくる。奥に進めば進むほど外気に熱が籠り始めた。

 途中数本の分かれ道があったが、ノマたちは線路に沿って歩くことにした。坑道内はいくつもの通路が枝分かれしているらしい。

 ノマは周囲に気を配りながら先頭を進む。三人分の足音が響く。


「案外なんもいねぇんだな」


 坑道内に反響するライアンの言葉に、ノマも心の中でこっそり同意した。廃坑に入ればすぐに魔物が待ち構えているものだと思っていたが、ここまで何事もなく安全に進めている。上手くいけばあっさりティタム鉱石が手に入るかもしれない。


「油断は禁物です。廃坑になった原因は、サラマンダーの巣にぶつかったせいですから。奥に進めば進むほど、危険が高まります」

「それくらいわかってるっつーの」 


 リリアの冷静な言葉に身を引き締められた。気を抜いてはいけない。 


 そして、違和感は突然やって来た。


 十分ほど歩き続けたところで、ズル、という音が前方から聞こえた気がした。なにかが引きずられるような音だ。ノマは足を止める。

 ライアンやリリアの足音ではない。そもそも二人は後ろにいる。


 再びズル、と音がした。さっきよりも音が大きくなっている。今度は気のせいなんかじゃない。ノマに向かって何かが近付いて来ている。


 ノマの心臓がおかしいくらいに激しく脈打った。冷や汗が噴き出す。

 どうしよう。このままでは、音の主と正面から鉢合わせしてしまう。

 視線を動かすと、左側に細い通路があった。


「あっちへ」


 ノマは震える声で指示した。ライアンとリリアは無言でついてくる。二人とも息をひそめていた。


 通路の壁に背をつけ、じっと固まる。引きずるような音はどんどん近くなってくる。さっきから手の震えが治まってくれない。震えのせいで松明の火がゆらゆらと揺らめく。そこでノマは気付いてしまった。

 松明を灯したままだ。

 このままじゃ隠れていることがバレてしまうんじゃないか。


 慌てて灯りを消そうとしたところで、リリアがノマの腕を力強く掴んだ。

 いきなりだったのでノマは危うく叫びそうになった。

 リリアは囁く。


「駄目です。ここで消してしまうと光の動きで相手が反応してしまいます。坑道内の魔物は目が良くありません。動かなければ大丈夫です、多分」

「多分かよ」


 ライアンが呟くと同時に、大きな影がノマの視界に入った。ノマは息を噛み殺す。

 続いてズルル、ズザザ、と重いものが引きずられる音が間近で鳴り響いた。


 恐る恐る視線を横に動かすと、松明の光に照らされ、鱗にまみれた何者かの体表が見えた。高さはノマの身長くらいだ。


 ソレが再び一歩前進すると、尻尾のようなものが現れた。あの音の正体は、これを引きずる音だったらしい。

 音が遠のいてゆき、坑道内はしん、と静かになった。ノマの心臓は変わらず激しく鼓動を打っている。

 重い静寂を破ったのはライアンだった。


「な、なぁ、い、今のって」

「……サラマンダー、です。本で読んだ通りでした……」


 リリアは体を震わせながら答えた。


 あれが、サラマンダー。

 姿形はぼんやりとしか見えなかったが、リリアから聞いていた大きさとは違う。


「で……でも、二十メートルもなかったよね。せいぜい二メートルくらいだったような」

「小型の個体と思われます」

「あれで小型なのかよ……」


 ライアンはため息をついた後、ひきつった笑みを見せた。


「す、すげぇ鱗だったよな。ヤツの正面は見えなかったけど、あれじゃあ剣も通らねぇだろうな」

「うん」


 気弱に頷いたノマは、正直もう帰りたいと思っていた。


 実物を見たことで恐怖が襲ってくる。ノマの考えが甘かったかもしれない。

 もしサラマンダーに遭遇してしまっても、戦わず逃げればいいと考えていた。けれど、小型でもあれだけ大きく強そうな見た目だ。巨大な個体に出会ったらそれだけでひとたまりもないだろう。


 でも、どのみちノマたちがやって来た方向には今、さっきのサラマンダーがいる。地上に出ようと坑道を戻ってもヤツと出会ってしまう。ならば手段は一つしかない。


「先に進もう。変な音がしたらすぐに教えて」

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