第22話 お前らはお前らの仕事を

 次の日になっても、モルドゥは相変わらず話さえしてくれなかった。


 ノマとリリアはロージニアの食堂で、ほぼ同時にため息をついた。

 昨夜からライアンの姿は見ていない。きっとどこかで遊び回っているのだろう。

 ノマの向かいで長机に頬杖をついたリリアは、疲労の浮かぶ顔でノマに視線を送った。


「モルドゥさんは、どうして頑なにわたしたちを拒むのでしょう」

「……わからない。何か嫌われることしちゃったのかな」


 すると、ロージニアの女従業員が二人に水を運んできてくれた。オレンジ色がかった薄桃色の両目を持つ女従業員は、ノマとリリアの顔を交互に見て眉を下げた。


「妹さんのことですか」


 彼女はロージニアの看板娘で、名をロゼリアと言う。ノマたちは昨日ロゼリアにも聞き込みを行っていた。

 残念ながら彼女からもソラ誘拐犯についての有力な情報は得られなかった。しかし、ノマたちに協力をしてくれるとのことだ。他の宿泊客から何か怪しい情報を聞いたら、真っ先に教えてくれるという。


「ソラの情報もですが、僕たち鍛冶屋に用事があって。でも、店に入れてくれない上に、店主が一切話を聞いてくれないんです」

「もしかして、市場を抜けた路地にあるモルドゥさんの鍛冶屋ですか」


 ノマは目を見開いた。


「ご存知なんですか」

「はい。というより、この街で知らない人はおそらくいないと思います。頑固者かつ、人間嫌いのドワーフで有名ですから」


 ロゼリアは指先を頬に当てながら続けた。


「確か、母の話では昔は今ほど人間を嫌ってはいなかったそうです。私の亡き父も仲良くしていたみたいで、腕利きの鍛冶屋さんだったとか。彼が変わったのは十五年ほど前らしいです。それ以来、人間とはほとんど口を聞いていないようですね」


 ロゼリアが宿泊客に呼ばれた。彼女は会釈をしてノマたちの側から去ってゆく。


「十五年前に何かがあったんでしょうか」

「うん……」


 ノマはリリアに力なく返事をすることしか出来なかった。


 今のノマたちにとって、武器を強化してもらったり、戦い方を教えてもらうのは大事なことだ。それは理解している。しかし、このままではいずれ宿屋に泊まる金や食料を買う金も尽きてしまう。また、時間をかければかけるほど、ソラのことが心配でならない。


 八方塞がりだった。別の方法を探そうか、とも考え始めていた。かといってそう簡単に思い付くものでもない。


 ノマはその場から立ち上がる。リリアはぼうっとノマの方を見つめていた。


「僕、ちょっと外の空気を吸ってくるよ」


 リリアは無言で頷いた。

 歩けばいいアイデアが浮かぶというわけでもない。

 けれど、あの場所でリリアと二人で煮詰まるよりはよさそうだ。

 モガド市場を歩きながら道行く人を眺める。露店への呼び込みの声や、売り買いする人たちの声が行き交う。


 どこへ向かおうかと迷っていたところで、ノマは市場の端に見慣れた赤髪を見つけた。彼は人気の少ない道へ消えてゆく。

 あそこにはモルドゥの鍛冶屋へ続く路地があったはずだ。ノマは彼の後を追った。


 ライアンの後をつけても意味がないことはわかっている。ストレスになるだけだ。それでもノマは彼の行き先が気になってしまい、こっそり後ろをついていった。


「──頼むって。このオレがわざわざ頭下げてんだぞっ!?」


 ライアンの怒声が聞こえる。一体誰と話しているのか。


 路地の角からちらとうかがうと、モルドゥの鍛冶屋の扉が少しだけ開いていた。


「何度言っても無駄じゃ。早く帰れ」

「んだとこの、石頭ドワーフがぁ! 国の王子が直々に、こんだけ頼んでんだからよぉ。ちょっとくらい話を聞いてくれたっていいじゃねぇか」

「王子だろうがなんだろうが、儂には関係ない。とっととそのうるさい口を閉めて去れ。昨日も言ったはずじゃ」

「オレは諦めが悪い男なんだよ。話聞いてくれるまで動かねぇからな」

「好きにせい」


 すると鍛冶屋の扉がバタンと乱暴に閉められた。

 ライアンは、ドワーフのこん畜生め! と叫ぶと、扉の前に堂々と座った。


 扉の奥にいたのはモルドゥだ。彼はライアンとの会話の中で「昨日」と言っていた。


 ということは、ライアンは昨日からモルドゥの説得を続けているのか。


 ノマはそっとライアンに近付いた。こちらに気付いたライアンは眉間に皺を寄せる。


「んだよ、クソ農民。聞き込みは終わったのか」

「収穫はなかったよ」

「ッケ、それでサボりってわけか。この状況で遊び回るとか、良いご身分だな」

「お前にだけは言われたくないけど」


 ノマは静かに続けた。


「……でも、遊んでたんじゃなかったんだな」


 ライアンはバツが悪そうにノマから顔を背けた。

 彼は彼なりに行動を起こしてくれていたのだ。口では適当なことを言っていたが、本心ではなかったのかもしれない。


 ノマは自分の思い込みが恥ずかしくなった。でも、ほぼほぼライアンの態度に問題がある気もするが。


「役割分担した方が、その分早く済むだろ。ちょっとは無い脳みそ絞って考えやがれ」

「言ってくれればよかったじゃないか。……僕はてっきり」


 すると、ライアンは鼻で小さく笑った。


「別に、わざわざ言う必要もないだろ。お前らはお前らの仕事をしてりゃいいんだ」

「ごめん」


 ノマが謝ると、ライアンは目を見開いた。彼は何かを言いかけようとして口を開いたが、すぐに閉じてしまった。


 なんとなく気まずい雰囲気が流れ、ノマがどうしたものかと視線を上に動かすと、鍛冶屋の二階の窓に影が見えた。影はノマが見ていることに気付くと、すぐに消えてしまった。おそらくモルドゥだ。


「モルドゥの爺さんは、人間嫌いだそうだ」

「うん。ロージニアのロゼリアさんから聞いた。十五年前からだって」

「オレが聞いた話だと、それまでは人間の弟子を取ってたらしい」


 ライアンは地面に視線を落とした。


「っつーことは、一度は人間に心を許してたってことだ。ドワーフも人間も、そう簡単に完璧な悪者にはなれねぇ」


 オレはそう信じてる、とライアンは呟いた。

 ノマは座り込むライアンに告げた。


「リリアもつれてくる。三人でもう一度、モルドゥさんを説得しよう」

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