第19話 まず、必要なものは

 ティロムトンの話だと、十数分ほど歩いたところにおすすめの野営場所があるらしい。

 巨大な背嚢を背負うティロムトンに連れられて、ノマたちは目的地へ向かった。


「ココはリャヌサーベルの目につかない場所で、ワタシのお気に入りなんです」


 野営場所には低木が生えており、丁度周囲から隠れられるようになっていた。

 焚火をしても魔物にバレにくいらしく、フローガへ行く際にはティロムトンは毎回この場所で野営をしているそうだ。


 ティロムトンは背嚢から取り出した道具で手際よく火をおこした。そしてノマたちに食料まで分けてくれた。あの背嚢はどんな物でも出てくる魔法の背嚢なのかもしれない。

 干し肉とパン、温かいスープはノマの腹だけでなく、心まで十分に満たしてくれた。


「……生きててよかったです」


 ノマの隣に座っていたリリアは、スープを口にしてからぼそりと呟いた。目には涙が浮かんでいる。


「ハッ、こんなんじゃ先が思いやられるな」

「なんでライアンがそんな偉そうに言えるんだよ」

「事実を言っただけだけど?」


 ノマの言い回しをライアンに真似されて、無性に腹立たしくなった。

 ライアンは得意げな顔をしてリリアの隣で胡坐をかいている。自分の側でなくてよかった。もし隣だったらライアンの首を絞めていたかもしれない。


 食事を終えて一息ついたところで、ティロムトンが口を開いた。


「ところで人探し、と言ってましたが、一体どなたをお探しで?」


 ティロムトンは鉄製のカップをノマたちに渡してくれた。中には温かい珈琲が入っている。異国で手に入れた、ティロムトン自慢の珈琲豆だそうだ。


「僕の妹のソラです。今日の昼過ぎに、黒い外套を被った魔法使いたちにさらわれたんです」


 ティロムトンは目を見張った。


「ソレは。とてもお辛かったでしょう……」

「正直なところ、今もなにが起きたのかわけがわからなくて。妹を救うぞと村を飛び出したのはよかったのですが、このありさまで」


 ノマは苦笑いをする。ティロムトンには、さぞ無謀で身の程知らずなやつだと思われているに違いない。


「ティロムトンさんは、何か不審な人を見たりしていませんか」


 リリアが尋ねるが、ティロムトンは首を横に振った。


「残念ながら見ていません。ワタシは夕方ごろまで港にいたものですから」


 そう簡単に目撃者を探せるとはノマも思ってはいなかったが、ずしんと気持ちが沈む。


「ですが……」


 ティロムトンは一度口を閉じ、空を仰いで考え込んでいた。腕を組んだ彼は眉間に深い皺を寄せる。


「ワタシは職業柄、イロイロな街や村に行くのですが、ドコでだったか噂を聞いたコトがありまして」


 噂。もしかしてソラを助ける手掛かりになるのでは。ノマの指先に力が入る。

 ティロムトンは軽く咳払いをしてから言った。


「若い女性を『炎龍ヴァルノーヴァ』の生贄に捧げると、願いを叶えてくれるとか」

「──なっ」「ま、まさか!」「ありえねぇだろ!?」


 三人の声が重なる。ティロムトンは前のめりになったノマたちをどうどう、と両手で制した。

 炎龍ヴァルノーヴァは、今やこの国の守護神として崇められている存在だ。シシカ村でも炎龍への感謝は絶やさず、祀られている。


 炎龍には特別な力があるとノマも信じているが、人間を生贄に捧げるなんて、そんなことがあっていいはずがない。国を救った炎龍が、人間を犠牲に願いを叶えてくれるとはにわかにも信じ難い。


「う、噂なんだよね? そんな噂を信じる人なんて、いるわけない」


 ノマが動揺しながら言うと、ティロムトンは悲しそうな表情をした。


「ソレは違います。世の中には、どんな手を使ってでも自分の願いを叶えたいヒトがいるんです。ソレがたとえ非人道的な行為であっても。そういうヒトは手段を選びません」

「つっても、なんで若い女限定なんだ? 別に男でもいいだろ」

「ソコはワタシには。あくまでも噂で耳にしただけですから」

「じゃあソラは、炎龍の生贄に……?」


 リリアは顔を真っ青にして肩を震わせている。


「そうと決まったわけじゃねぇだろ。ただの人さらいっていうこともあるだろうしな」

「どっちにしても、早く助けないと」


 ノマは鉄製のカップを握った。


「明日、街で聞き込みをしてみよう。なにか手掛かりがわかるかも」

「そうですね」


 ティロムトンはノマとリリアのやり取りを静かに聞いた後、真剣な表情で口を開いた。


「ノマさんたちは、ソラさんを連れ去ったヒトたちと会うつもりなんですよね」


 さっきまでの陽気な雰囲気とは打って変わり、迫力があるティロムトンの圧に気圧される。


「そ、そう、です」

「ヒトをさらうなどといった行為は、普通のヒトではまずあり得ません。今のノマさんたちは、そんなコトをするヒトたち相手に太刀打ち出来る力を持っているとは、ワタシには到底思えません」


 その通りだ。ティロムトンがいなければライアンはリャヌサーベルに食べられていただろうし、その後リリアやノマも同じ運命を辿っていただろう。

 ソラをさらった相手は、村を焼き払うほどの魔法を使うことがわかっている。このままではソラを見つけても、ノマたちも一瞬で焼かれて終わるのが目に見えている。


「フローガには、今のアナタたちに丁度いい鍛冶屋があります。聞き込みをしながら、ソコで一度武器や戦い方を見てもらうのはどうでしょう」


 ティロムトンの提案に、ライアンが薄笑いを浮かべた。


「まぁ、確かにな。クソ農民の戦い方は見てられねぇからな」

「僕が言えた口じゃないけど、お前もなかなかだったよ」

「そ、そこはなんという鍛冶屋さんなのですか」


 リリアがノマとライアンの間に入って、ティロムトンに尋ねた。


「モルドゥの鍛冶屋です。店主は堅物ドワーフですが、内面はとても親切ですよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る