第16話 不安しかないけれど
「あなたは……?」
アダの問いに、ライアンは彼に似つかわしくない穏やかな口調で話し始める。
「申し遅れました。わたくしはバーンズ・フラマン・カルバートの息子、ライアン・フラマン・カルバートと申します」
「お、王様のご子息!? そんなお方がどうしてこの村に」
「フローガでたまたまノマさんと出会いまして。何かのご縁と思い、村にご訪問させていただいた次第です。……それはいいとして、不躾ながら外でお話を聞かせていただきました。娘さんが何者かに連れさらわれたとか」
「はい」
「その中には魔法を使う者もいると聞きました。魔法を使った危険行為は国で固く取り締まられています。人に危害を加えるなんてもっての外。その魔法使いは重罪になるでしょう」
ライアンは真面目な表情で続けた。
「国としても、そのような犯罪者は放っておけません。ですので、一度城へ今回の事件を報告したいと思います。ノマさんと、こちらにいるリリアさんにもご同行をお願いしたいと思うのですが、いかがでしょうか」
ウルマとアダは顔を見合わせた。ウルマが何かを言いかけたところで、ライアンが先に口を開いた。
「お二方はどうか村の再建に集中ください。ざっと見たところ、軽い被害ではないようです。良い指導者がいなければ、村は立ち直りません。妹さんのことは一度、国にもお任せいただけませんか。城の中にはその手の事件に詳しい人もいます。怪しい人物を割り出すことも可能かと」
「確かに。俺たちだけでは、これ以上どうすることも出来ない……」
ウルマはライアンの手を取った。力強く握っている。
「どうかソラを……大事な娘なんです。助けてください」
「全力を尽くします」
ライアンは深く頷き、ウルマの手を握り返した。
ライアンの思わぬ説得により、ノマとリリアは村の外へ出ることを許された。
手早く荷物をまとめ、ノマはシシカ村を後にする。
「……どういうつもりなんだ」
ノマがおそるおそるライアンに尋ねると、彼はどこか自嘲気味に笑った。
「別に? あの場を切り抜けるには最良の方法だっただろ。この恩は倍で返せよ」
「あの……お城は本当に協力してくれるんでしょうか」
「はぁ? んなモンしてくれるわけねぇだろ」
「えっ、ですがライアンはさっき」
ノマはあまり驚かなかった。そうだろうなと想像が出来たからだ。
「お前な、もっと人を疑うことを覚えろよ。あんなの全部口から出まかせに決まってんだろ」
リリアは驚愕した様子で声を上げた。
「えぇ!? で、では、これからお城に行くというのも嘘ですか!」
「当たり前だろうが。ああでも言わねぇと、クソ農民の親はお前らを村から出さねぇだろ」
「そ、それじゃあ……わたしたちはこれからどうしたら」
ライアンがどういう思惑で機転を利かせてくれたのかはわからない。親切心なのか同情なのか、ノマには知る由もなかった。この場で聞くつもりもない。
けれど、結果的に自由に動けることになったことは事実だ。そこは素直にライアンに感謝したい。
ノマはクワを肩に担いだ。
「僕はソラを助けに行く」
ライアンは鼻で笑った。
「そんな畑を耕すことしか出来ねぇモン持って、助けになんて行けんのか?」
「わたしも行きます。ソラは大切な友達ですから。同じ魔法使いとしては、魔法が悪用されたことも見過ごせません」
リリアは真剣な眼差しでノマを見つめた。
「わたしは、ノマの力になりたいです」
一人じゃないことはとても心強い。また、ノマより遥かに物事を知っているだろうリリアが一緒に来てくれるのは安心だ。
「ったくよぉ……バカばっかりだな」
ライアンは吐き捨てるように言った。
「落ちこぼれチャンとクソ農民じゃ、どう考えても途中で野垂れ死ぬのが目に見えてんだろ。人を助けるっつー前に、もっと自分の能力を客観的に見ろよ」
「ライアンこそ、自分をもっと客観視した方がいいよ」
「あぁ? なんか言ったかクソ農民」
「別に? 事実を言っただけだけど」
ライアンは舌打ちをした後、そっぽを向いた。
「まぁ、暇つぶしには最適だからな。仕方ねぇ……オレも一緒に行ってやってもいいぜ」
「いや、いい」「いいです」
ノマとリリアが即答すると、ライアンは狼狽えた。
「そ、そこはもうちょっと考えてくれたっていい所なんじゃねぇの!? っていうか、考える必要もねぇだろ! 即決だろ!? オレ王子だし!」
「王子とか身分は関係ないし。力になってくれるかどうかだけだよ」
「オレは城で色んなやつらの思惑だの陰謀だのを見てきたが、人の救出はそう簡単じゃねぇぞ。……それに、もしかすると妹は、もう」
「わかってる」
ノマはライアンを真っ直ぐ見据えた。
ライアンの言おうとしてることはノマだって理解している。どういった目的でソラがさらわれたのかはわからない。助けに行ったところで、ソラはもう駄目かもしれない。それでも、ノマはソラを救いたかった。
「それはわかった上で、だよ」
ライアンは深いため息をついて腕を組んだ。
「北東っつーと、フローガの方角だよな」
「うん。まずは街で情報を聞いてみようと思う。もしかしたら怪しい人を見た人がいるかもしれないし」
「だったらさっさと行こうぜ。門が閉まっちまう前に街に入りてぇ」
「なんでライアンが仕切ってるんですか」
「王子だからなっ!」
ライアンは偉そうにふんぞり返った。ノマとリリアは顔を見合わせて苦笑する。
正直なところ、ライアンが一緒だとこの先不安しかないが、二人よりも三人の方が心強い。
薄紫色になった空を見上げたノマは、少しだけひんやりとした空気を胸に吸い込んだ。
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