第15話 シシカ村の異変

 空が夕暮れに染まる頃に、ようやくシシカ村の入口が見えてきた。

 このままだとライアンは村に泊まるとか言い出すのではないだろうか。それはかなり面倒くさい。どうしたものかとノマが考えていると、リリアが声を上げた。


「あれ……?」

「あそこがクソ村か。やっとかよ。にしても想像通りのちっぽけな村だぜ……ん?」


 リリアとライアンが立ち止まる。

 どうしたの、と尋ねながらノマも前方に目を凝らす。

 すると、シシカ村の建物から黒煙が上がっているのが見えた。一つではない。いくつもの黒煙の筋がある。


 ノマは全身が一瞬で冷たくなるのを感じた。


 二人を置いて丘を駆け下りる。途中背後でリリアがノマを呼び止めたのがわかったが、ノマは村の入口に向かってひたすら走った。


 村に近付くにつれ、焦げ臭さが鼻をつく。

 何が起きて──。


 入口に着くと、村人が十数人集まっていた。


「ああ、ノマ! やっと帰ってきたっ!」


 顔面を煤だらけにしたサロが、ノマに駆け寄ってきた。腕にはカックルを一羽抱いている。


「サロ、何があったんだ」

「話はウルマ村長から聞いてくれ。アダさんと一緒にお前を待ってる。多分お前の家にいると思う」

「わかった」


 家へ向かう道中、いつくもの家が燃えて跡形もなくなっているのが視界に入った。


 嫌な予感がする。ノマの心拍が上がった。うちは大丈夫だろうか。


 結果的にノマの家は燃えていなかった。多少畑の被害はあったが、致命的なものではないだろう。

 家のドアを開けるとアダが一目散に走ってきた。ノマに力強く抱き着く。


「あぁノマ! よかった無事で!」

「母さん、何が……」


 するとアダの代わりに、椅子に座って項垂れていたウルマが力なく答えた。


「……いきなり、村に黒い外套を被った人間どもが来てな。村に火を放っていったんだ」

「松明を持ってたってこと?」

「いや違う。あれは多分、リリアちゃんが使っているような魔法、なんだと思う。謎の言葉を唱えたと思ったら、気付けば周囲が火に包まれてた」

「被害は?」

「怪我人はいるが、重傷者は今のところいない。それよりも──」


 ノマにしがみついていたアダが声を上ずらせた。ノマを抱く手に力が入る。


「ソラが! ソラがその人たちに連れていかれたのっ! お父さんが止めようとしてくれたけど駄目で」


 ノマの視界が真っ暗になった。

 待ってくれ。ありえないだろ。


 ソラがさらわれた? 魔法使いに? なんで?


 ウルマは拳で机を叩いた。


「クッソ、どうしてソラが連れていかれなきゃなんねぇんだ! そもそもなんなんだあいつらは! 村にどんな恨みがあって!」

「ソラはいつ頃? 魔法使いたちはどっちに去って行ったの?」

「昼過ぎに。北東だ」


 その時間はノマたちがまだフローガにいた頃だ。


「相手の特徴は?」

「外套を頭から被ってるせいで、顔はわからなかった。性別もわからん。全員で四人だ」

「わかった」


 アダの背中をさすったノマは彼女をそっと引き剥がす。そして家にある自身の荷物をまとめ始めた。


「ノマ、何を」


 何をするかなんて決まってる。このままでいられるわけがない。


「大丈夫だよ。僕がソラを連れ戻す」


 するとウルマは大声で怒鳴った。


「無理だっ! なんの技術もねぇお前が、ソラを助けられるわけないだろ! 相手は魔法を使うんだぞ!」

「だけど、ソラを放っておけるわけないだろ!」


 ノマも負けじと怒鳴り返したところで、家のドアが開いた。

 振り返るとリリアが錫杖を握り締めて立っていた。彼女の顔は険しかった。


「わたしも、ソラを助けたいです」


 ウルマはリリア相手だからか声の調子を少し下げた。


「リリアちゃんもまだ新米魔法使いなんだろう? 危険すぎる。……いいか、もちろんソラも心配だ。当たり前だ、愛娘なんだからな。けれどノマやリリアちゃんを危険に晒すことも俺には出来ない。村の外には行かせられねぇ」


 ノマとリリアは目を合わせた。おそらくこのままだと、ウルマは村の外はおろか家の外にさえも出してくれないだろう。


 彼を説得しなければ、ソラを助けには行けない。


「──一つ、提案があるのですが」


 粛々と落ち着きを払った声を上げた人物が誰なのか、ノマは瞬時にわからなかった。


 声のした方を向くと、ライアンが背筋を伸ばして立っていた。気品漂う姿はまるで別人だ。

 リリアもぎょっとした顔でライアンを見つめていた。

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