第12話 泥棒の正体は
必要な買い出しを終えたノマとリリアは、シシカ村へ帰るためモガド市場を横切ろうとしていた。
「午後になると更に人が増えるね」
「とても賑やかです」
この喧騒な市場をかいくぐっていくのは一筋縄ではいかない。ノマが先頭に立ち、人やオークたちの間を縫ってゆく。
「あっ」
後ろからリリアの声が聞こえたので振り向くと、リリアは巨大な背嚢に挟まれて後方に引きずられそうになっていた。
ノマは慌てて手を伸ばし、リリアの手を掴んだ。リリアもノマの手をしっかり握ってくれたおかげで、引っ張り出すことに成功した。
息を切らせてモガド市場の脇にある小路へ逃げ込む。
「はぁっ、すみません、助かりました」
「いやいや、僕も一人で来てる感じで進んじゃって、ごめん」
気付けば、がっつりリリアの手を握ったままだった。柔らかい感触に、ノマは反射的に手を離してしまう。
「ごご、ごめん!」
「い、いえ! 大丈夫です」
なんとなく気恥ずかしい雰囲気になり、ノマは口を閉じた。
周りがデートやなんだと言うせいで、変に意識してしまうじゃないか。家族以外の女性と手を繋ぐのは初めてのことだった。
モガド市場のざわめきが耳に入ってくる。小路にもいくつか店はあるが、大通りに比べれば静かだった。
早くなった鼓動を落ち着かせる。リリアは不快に思ってないだろうか。ノマはそっと隣をうかがう。
するとリリアは、小路の先を真っ直ぐ見つめて眉間に皺を寄せていた。その表情は何かを不審がっているように見える。
リリアの視線の先を辿ると、そこには外套を被った一人の人間がいた。背丈はノマより少し高いくらいだ。体格的におそらく男だろう。
男は露店の林檎に手を伸ばすと、そのまま外套の下に林檎を仕舞った。男が露店の店主に話しかけた様子はない。硬貨を支払ってもいない。
「泥棒だ」
ノマが呟くと、止める間もなくリリアが男へ向かってすたすた歩き始めた。
正義感が強いのはいいことだが、リリア一人じゃ捕まえるのはどう考えても難しいだろう。
「あの!」
リリアが男に話しかけると同時に、彼女の肩が店の棚にぶつかった。棚に積み上がった林檎は崩れ、瞬く間にごろごろと辺りへ転がってしまう。
「あぁっ! うちの林檎が!」
店主が声を上げた。
「すす、す、すみませんっ!」
リリアは慌てふためき、転がった林檎を拾ってゆく。意外だったのが、男はその場から逃げることなくリリアを見下ろしていたことだ。ただの泥棒にしてはおかしい。
リリアを手伝おうとノマも駆け寄る。林檎を拾いながらノマは男を指さした。店主に告げる。
「あの、この人がここの林檎を……」
「あぁ? オレがなんだって?」
男は低い声を上げた。その声を聞いたリリアは、林檎を抱えながらぎょっと目を丸くしていた。
男が外套を雑に外すと、赤髪が露わになった。男の年齢はノマと近い。
いかにも不服そうに眉を寄せる男は、ノマを睨みつけた。どうして泥棒に睨まれなきゃいけないのか。
「……王子」
リリアがボソッと呟いたと思えば、店主が騒いだ。
「な、なんでライアン王子がこんなところに! 店に悪さでもしに来たか!?」
王子、という単語からは想像出来ない言葉が店主の口から飛び出した。目の前にいる男が王子であれば、彼は王の息子ということだ。あの偉大なバーンズ王の息子。それなのに、悪さとは……?
見れば店主はいかにも嫌そうに顔をしかめている。
「ただぶらぶら歩いてただけだっつーの。誰が好き好んでこんな汚ぇ店に近付くかよ」
ライアン王子とやらはなぜだか偉そうに鼻を鳴らした。なんとも口の悪い男だ。本当に王子なのか。
「でもこの人、今、ここの林檎を」
ノマが言いかけたところで、リリアはノマに向かって首を大きく横に振った。
「文句があるってのか、下等のクソ農民。オレに意見するとはいい度胸だなぁ?」
初対面でクソ呼ばわりされる筋合いはない。ノマは苛立ちを抑え、ライアンを睨んだ。
「意見というか、事実を言っただけだけど」
「おいおい、店の前で揉めないでくれ。客足が遠のく」
「どうせ客なんてこねぇだろ」
ライアンは吐き捨てるように言った。
激怒した店主に追い出され、ノマたちは急いで店から離れたところに移動した。
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