第10話 突然の告白
シシカ村を出て北東へ向かうと、フローガという街がある。
ここには村では手に入らない食べ物や香辛料が売られており、ノマも月に一、二度買い出しに行っている。
人間だけではなくドワーフやオークなどの他種族も生活している街だ。それもあってか、商人が集うモガド市場にはいつも目新しいものが並んでいる。珍しい品物を求める者たちで今日もモガド市場は賑わっていた。
いつ来ても独特な活気に気圧されそうになる。ノマは気を引き締めてクワを担ぎなおした。
「フローガのモガド市場は、噂通りの大盛況ですね」
「リリアは来るのは初めて?」
「はい。学校や城で何度か耳にしたことはあって興味はあったのですが……実際に来たのは初めてです」
値切りや呼び込みの声が辺りにひっきりなしに飛び交う。体格の良い大男やオークの間をすり抜けながら、ノマとリリアはモガド市場の奥へとやってきた。
今日のリリアの修行──という名の手伝いは、買い出しだ。ノマ家の胡椒や塩がなくなりかけていたので、フローガまで買いに来た。リリアを一人で行かせるのは何かと不安なので、こうしてノマも付き添っている。
二日前、リリアが城への修行報告を終えてシシカ村へ帰ってきた。
帰って来てからの彼女は、村を出る前と変わらず明るく振舞ってはいたが、ノマの目にはリリアの元気がないように見えた。
城で何かがあったのだろうか。勝手に詮索するのも悪いと思い、直接彼女には聞けていない。
今日の買い出しは気分転換も兼ねて、リリアに少しでも楽しんで欲しい。
ノマは後ろを歩いていたリリアを振り返った。
「目的の店はこの角を曲がったところなんだけど、よかったら昼食にしない? リリアはお腹減ってる?」
「あ、いえ……わたしはまだ」
控えめな返答をしたリリアの腹辺りから、ぐぅと大きな音が聞こえてきた。
リリアは頬を染めてはにかんだ。
「減ってるみたいだね」
「先ほどからとても良い匂いがしているので……」
「近くにおすすめの露店があるんだ。そこで休憩してから買いに行こう」
モガド市場を奥まで進むと露店街に出る。軽食系からガッツリ系、中にはゲテモノ系まで様々な料理が揃っている。
ノマが行きつけの露店へ向かうと、店主と目が合った。
「ヤァ! ノマじゃねぇか! 今日もパナぺ買ってくか?」
色黒の店主がにこやかに白い歯を出して笑う。
「うん。頼むよ」
「ンじゃ、パナぺ一個な!」
「あ、一個じゃなくて二個で」
「──オットすまねぇ、ソラちゃんも一緒だったの……かッ!?」
店主はノマの後ろにいたリリアを発見すると、目を丸くして大げさにのけ反った。
「ででで、デートォッ!?」
「違うよ、違う」
ノマが冷静に答えると、店主は興奮気味に身を乗り出した。
「ソノお嬢ちゃんは、身なりからすると魔法使いかぁ? ホヘェ、ノマもやるようになったなァ!」
「だから違うってば。うちの村に修行に来てるんだよ」
「あァ、王様が新米魔法使いを派遣するっていうアレね。そういやこの街にも来てるみてェだけどな。オイラは会ったことねェけど」
「初めまして、魔法使いのリリアです」
リリアは店主に向かって丁寧にお辞儀をした。店主も慌ててお辞儀を返す。
「こりゃァご丁寧にどうも! オイラはココでパナぺを売って早十年。パナぺ売りのログアだ。ノマの知り合いってなら、今日は一個サービスしとくぜ」
ログアはパナぺを二個ノマに手渡すと、ニィッと笑った。
「ありがとう、ログア。また来るよ」
「オウオウ、二人になんか進展があったら報告してくれよォ」
手を振って見送ってくれたログアに向かって、リリアは何度も会釈をしていた。
パナぺは、切ったパンの間に野菜と燻製肉が挟まった軽食だ。ピリッとした香辛料もアクセントになっていて、とても美味しい。ノマはこの店のパナぺが特に気に入っており、フローガへ来る度に食べている。
露店から離れたところに移動し、石で出来た長椅子に腰掛ける。ノマからパナぺを受け取ったリリアは眉を下げた。
「ログアさん、よかったのでしょうか。サービスと言っていましたが……」
「初めての客にはいつも親切なんだよ。ソラを初めて連れてきた時もサービスしてくれたしね」
「とても良い方なんですね」
リリアは微笑んだ後、パナぺを一口齧った。途端にリリアは目を輝かせた。
「んんっ!? ふっごくおいひいでふ!」
「でしょ! 僕の一押しなんだ」
ノマもパナぺを口に頬張り、大好きな味に舌鼓を打った。
腹が減っていたこともあり、パナぺはあっという間になくなってしまった。
「他にも何か食べていく?」
ノマが尋ねると、リリアは首を横に振った。
「いいえ、お腹いっぱいなので大丈夫です。とっても美味しかったです! 次フローガへ来た時も、ログアさんのパナぺを食べたいです」
「気に入ってくれてよかった」
するとリリアは笑顔を消して俯いた。どうしたのだろう。
「リリア?」
「……ノマには、助けてもらってばかりですね」
「何が?」
リリアは小さく深呼吸をして、ノマを見つめた。
「あの、わたし……落ちこぼれ魔法使いなんです」
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