第9話 落ちこぼれチャン

 リリックへの活動報告を終えたリリアは、城の中庭にある長椅子に座っていた。

 空を仰ぐと星が瞬いていた。だけど、シシカ村で見た星空ほど美しくはない。中庭の外灯が星の輝きを邪魔している。


 ノマも今この星を見ているでしょうか。村の星はここよりも綺麗なんでしょうね。

 小さなため息をついていると、こちらに向かって誰かが近付く気配がした。またメイビィたちだろうか。


「よぉ。誰かと思えば、落ちこぼれチャンじゃねぇか。久しぶりだなぁ?」


 軽蔑を含んだ笑いと共に声が掛けられた。反射的に俯いてしまう。リリアは、今日はつくづく運が悪い日だなと自分の運勢を呪った。


 誰よりも会いたくない人と会ってしまった。この人は城の中にいる他の誰よりもたちが悪い。

 メイビィたちに関しては、笑って話を聞いて、話に同意していればそのうち満足して去ってゆく。

 しかしこの声の主はそうはいかない。


 なぜなら、バーンズ王の息子だからだ。


「何か御用でしょうか。ライアン王子」


 リリアは冷ややかに答えた。

 顔を上げると、ニヤリと口角を上げた男がリリアを嘲笑していた。

 彼は王と同じ赤毛をしているが、威厳な雰囲気はまるでない。服装も、着ているものは一級品だが着こなし方がだらしない。


 城の中で最も有名な問題児、ライアン・フラマン・カルバートは、こんななりだが国を治める偉大なバーンズ王のご子息だ。

 我儘かつ短気で口も悪く、人の言うことを全く聞かない。最近は王も諦めて好き勝手させているらしい。彼の付き人のホフマンはよく耐えられているなとリリアは感心する。

 ホフマンはライアンの背後で眉を下げながら、静かにこちらの様子を窺っていた。ホフマンの白髪頭は、王子の世話をしているせいだと城中の噂になっている。


「用も何も、落ちこぼれチャンの初めての村体験がどんなもんなのか気になってな」


 ライアンはリリアが学校に通っていた頃から、なにかとこうやって突っかかってくる。リリアが悪い意味で有名になってしまったせいだ。おそらく、丁度いい暇つぶし要因なのだろう。城の中はさぞ退屈らしい。

 王族は自分より下位の者を見つけて虐めるのが好きなのだ。本当に嫌な趣味をしている。


「それについては報告書を読んでいただければわかるかと」

「村のカス共は這いつくばって生きてたか? ソソロ村……いや、シリカ村だっけか」


 リリアは錫杖を力強く握り締めた。ライアンの言葉に沸々と怒りが湧いてくる。


「シシカ村です。カスではありません。みなさんとても親切でいい人たちばかりです」


 強い口調で言い返せば、ライアンはぴくりと眉を動かした。

 メイビィたちには言い返せなかったが、ライアンには咄嗟に反論してしまった。


「おいおいおい、お前、下等の村人なんぞに情が湧いてるワケじゃねぇだろうな。言っとくが、城で生活するオレらとは全く別次元のヤツらなんだからな。深入りするだけ時間の無駄だ」

「村を見てもいない王子には、何も言われたくありません。どう感じようが、わたしの自由ですから」

「そりゃそうだ。……ま、どんなクソ村であれ、貴重な体験学習には変わりねぇ。お前が変な迷惑掛けてなきゃいいんだけどな。……でもよぉ、その顔からしてなーんかやらかしたな? どうだ。ん?」


 どうしてこの人は、人の神経を逆撫でするのが得意なのだろう。


「王子には関係ありません」

「あるね。一応? 王の息子として? リリックに属する魔法使いのお前が、クソ村に迷惑掛けたんなら赤っ恥もんだからなぁ。どんな失敗をしたか知っておく権利はある」

「報告書を読んでください。わたしの口から言うことではありません」

「ハッ、偉そうによく言うぜ。落ちこぼれチャンのくせに」


 リリアはライアンを睨みつけた。自身が貶されたからではない。ライアンに「落ちこぼれチャン」と呼ばれることは、もう慣れっこだ。


「村の人たちだけは、悪く言わないでください」


 こんな自分を一瞬でも認めてくれた人たちを、目の前のライアンに馬鹿にされるのは許せなかった。

 話したことも見たこともないくせに。行ったこともないのにどうしてクソ呼ばわりするのか。


 ライアンはリリアの反抗的な態度に苛立ったらしく、大きな舌打ちをしてリリアの横を通り過ぎて行った。ライアンの後をついて歩く付き人のホフマンは、リリアの隣で立ち止まると小声で呟いた。


「リリア様、申し訳ございません。どうかお気になさいませぬよう。ライアン様も本気で言っているわけでは」

「ありがとうございます。わたしは大丈夫です」

「おいホッフ、なにしてる」


 小さく会釈をしたホフマンは小走りでライアンの元へ向かった。

 ライアンの世話をする苦労人なホフマンに、リリアは心の底から同情した。

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