第6話 愛好家の愛は今日も深い
養鶏場に着くと、柵の中にはたくさんのカックルたちがいた。リリアは目を輝かせて柵から身を乗り出す。
「わぁ! これがカックルですか! とってもかわいいです」
茶色の羽を持つ中型の鳥カックルは、飛ぶことが苦手ではあるが毎日美味しい卵を産んでくれる。クック、と鳴きながら近付いてくる姿は愛嬌があって確かに可愛らしい。
「やぁやぁ! 君が噂のリリアちゃんだねっ! ようこそ我が楽園へ!」
二人でカックルたちを微笑ましく眺めていると、気さくな青年サロが両手を広げてやってきた。
サロは村一番のカックル愛好家としても有名で、カックルに深い愛情を注ぐ男だ。その愛は深すぎて、ノマはしばしば引いてしまうこともある。だって毎日違うカックルを選んで一緒に過ごし、風呂も飯も一緒で、なおかつ夜も一緒に寝るなんて。いくらカックルが可愛らしくとも、ノマにはちょっと考えられない。
「魔法使いのリリアです。今日はよろしくお願いいたします」
深々と丁寧なお辞儀をしたリリアに向かって、サロは軽快に笑う。
「ははは! そんなかしこまらなくていいって! 気楽にいこうよ」
「ありがとうございます、恐縮です」
サロがリリアへ依頼したのは、カックルの卵の採取だ。リリアは柵の中に入って行き、サロが教えた通り丁寧に一個ずつ卵をかごに入れてゆく。ノマがひやひやとその姿を見守っていると、ノマの肩にぽんと手が置かれた。
「ソラちゃんが言っていたとおり、真面目で素直。いい子だなぁ」
「そう思うよ」
ノマが即答すると、サロはノマの背中を軽く叩いた。そして薄気味悪い笑みを浮かべる。
「なんだよ」
「いやぁ、恋愛朴念仁のノマもついに大人になったんだなぁと思ってな」
「はぁ? そんなんじゃないって」
「そうか? だってお前、村に若い女は妹のソラしかいないじゃないか。このチャンスを逃しちゃいけねぇよ」
「カックル以外見向きもしないサロには言われたくないよ」
「俺はカックルたちに一生の愛を捧げると誓ったのさ」
そう言うサロの顔つきはやけに凛々しかった。かっこよく決めているつもりなのだろうが、あまりかっこよくはない。
ため息を漏らしたノマを一瞥したサロは、でもな、と続けた。
「村長も、そろそろ後継ぎが欲しい頃合いなんじゃないか」
「話が飛躍しすぎだよ」
「あくまでも可能性の話ってやつだ」
「あっ──」
リリアの声にノマの肩が跳ねた。
見ると、リリアがあわやカックルの卵を落としそうになっていたところだった。
「だ、大丈夫です。なんとか」
はにかむリリアの様子を見たサロは、苦笑を浮かべてノマに小声で呟いた。
「なんていうか……目が離せない子には違いないな」
「うん、それは、僕もそう思う」
幸い何事も起こらず、リリアの作業は無事に終了した。卵採取のお礼にサロから十個ほどの卵を貰った。
養鶏場を出たリリアは、卵が入ったかごの中を見て微笑んでいた。
「よかったね、卵」
「はい! ささやかではありますが、サロさんの助けになれてよかったです」
人の役に立ち、経験を積めていることが嬉しいのだろう。リリアの嬉しそうな表情にノマも口元を緩める。
リリアはうっかり小さなドジをしてしまうことはあれど、村の人たちに感謝されている。
あと少しすれば日が傾いてくる。日が落ちてしまう前に、村はずれのソボン婆さんのところへ向かわなければ。
「この村にいると、なんだか自分が魔法使いであることを忘れてしまいそうです」
リリアはよく晴れた空を仰ぎながら言った。
「いいのかな、それは……」
「それくらい居心地が良いということです」
そう言う彼女の横顔は、ここではないどこか遠くを見つめているようだった。
「……そろそろ、一度城へ戻ってこの村の報告をしないといけません」
「修行の経過報告みたいなもの?」
「はい。村の様子などを簡単にまとめた報告書を作成して提出するんです」
「おお……聞くだけで大変そうだ」
「作業としては一日ほどです。報告書を作るのはどちらかというと好きなので、そんなに苦じゃありません」
勤勉な人だなと、ノマはつくづく思う。
リリアの話では、この国の魔法使いは幼い頃から「学校」という場所へ行って、数年間勉強をするらしい。
魔法使いはみんなそうなのかもしれないが、よく膨大な知識を吸収出来るものだ。
ノマには村の中で生きてゆくための知識と農業のための最低限の知識はあるが、その他に関わることは何も知らない。もちろん学校にだって行ったことはない。
リリアと出会って、世の中は広いのだなと思い知らされた。
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