第5話 もしかして、は大抵そう
リリアがシシカ村へ来て一週間。最初の数日はとにかく慌ただしかった。
この村には魔法を初めて見る人たちばかりなのだから当たり前だ。
物珍しい魔法使いという存在にみんな興味津々で、リリアも各所へ引っ張りだこだった。
リリアはノマの前で見せた水魔法の演説を繰り返していた。流石にリリアの顔色にも疲れが出始めたところで、ウルマが気を利かせて村人の間に入ったり、アダが美味しいお菓子をリリアに振る舞っていた。
ソラもリリアを気遣っているようで、よく休憩中の喋り相手になってくれている。でも、単に本人が喋りたいだけなのかもしれない。この村にはソラと同性の若い人がいないので、喋り相手が出来てソラも嬉しくてたまらないのだろう。
「リリィ、早く!」
「待ってくださいソラ! わ、わたし、走るのはあまり得意では……!」
ノマの予想通り、リリアが村へ来た次の日には、ソラはリリアのことをあだ名で呼んでいた。リリアも最初は照れ臭そうにしていたが、一週間も経てばすっかり慣れたようだ。
お兄ちゃんもあだ名で呼んであげたらきっと喜ぶよ、とソラに言われたが、彼女ほどの積極性はノマは持ち合わせていない。
今日のリリアは長い髪を三つ編みにして一つにまとめている。朝、ソラに結ってもらったのだと嬉しそうに話してくれた。
「ふあっ」
するとソラの元へ向かっていたリリアが、ノマの目の前で盛大に大の字になった。走っているうちに足がもつれてしまったのか。
慌ててノマが駆け寄ると、こちらが手を貸す前にリリアは頬を染めて起き上がった。
「だ、大丈夫です、ノマ。ありがとうございます」
「リリィ大丈夫!?」
「大丈夫です。すみません……」
近頃ノマは、もしかしてリリアって……と思う節があった。でも気のせいかもしれない。ノマはその都度深く考えないようにしていた。
リリアの主な仕事はノマ家の畑の水やりだ。魔法を使って井戸水を畑へ移動させ、水やりを手伝っている。
ノマは水筒に口をつけるふりをして、こっそりリリアの様子を横目でうかがっていた。
「リリアちゃん、こっちの畑に水をお願い出来るかな」
「はい!」
ウルマの指示に従い、リリアは井戸水を浮かび上がらせる。いい感じだ。
彼女は真剣な表情をして錫杖を動かしている、が、しかし。
「──ちょ、ちょっと待ってリリア! 僕の水筒の水がなくなっちゃうよ!」
井戸水だけでなく、ノマが持っていた水筒の中身まで浮かんでしまっている。
「ああっ、すみませんノマ!」
「あぁっ! リリア! 井戸水が洗濯物の方に行っちゃってる!」
「すみませんすみませんっ!」
そうなのだ。
最初の一、二回の失敗やうっかりは、村に来たばかりで緊張しているのかな、とノマは思っていた。
本人はとても真剣で、真面目な姿勢で修行に取り組んでいる。それ自体は何の問題もない。
けれど最近、ノマは思うのだ。
「リリィ! 水やりはそこの畑じゃなくて隣の畑だよ!」
「すみません……!」
リリアは、結構ドジなところがある。
もちろんノマにだってうっかりすることはあるので、人のことを偉そうに言えた口ではない。
にしても、頻度が多い。大きな失敗に繋がるようなことは起きていないが、リリアはいわゆる小ドジを頻発させている。
彼女も自覚しているようで、失敗の度に必死に謝り続けている。最初出会った時やけに気を引き締めていたのは、こういうこともあるからだったのかと、ノマはひっそり納得していた。
作業中も密かにリリアの様子を観察する。ひやひやして目が離せない。
「リリアちゃん、次はこっちの畑の雑草抜きをお願い出来るかな」
「はい。えっと……」
ウルマの頼みにリリアが右往左往している。
ノマは手に持っていたクワを土に刺し、手の甲で汗を拭った。それから指をさしてリリアの手助けをする。
「ピンと真っ直ぐ立った草。それが雑草」
「ありがとうございます、ノマ!」
魔法使いの成長に重要な
『魔法使いであれど、魔法のみに囚われるべからず』
それが魔法団体リリックの方針でもあるそうだ。
とはいえ、ノマ家だけでは人数も限られているので
リリアはノマ家だけではなく、近所の村人たちの手伝いも積極的に行い始めている。リリアの行動に少し──いや、大分不安な部分があるので、ノマはいつも理由をつけては彼女について行っていた。
太陽が頭上に近付く頃、ノマ家での畑仕事は終了した。
今日は午後からカックルを何十羽も飼育しているサロの養鶏場の手伝いと、ノマ家で収穫したロレソンの葉をソボン婆さんに届ける作業がある予定だ。ソラもリリアと一緒に行きたがっていたが、彼女は近くの街へ行く用事があったので泣く泣く諦めていた。
リリアはサロの養鶏場へ行くのは初めてだ。道案内という名目の元、ノマもついてゆく。
「気になっていたんですけど……」
三つ編みを揺らしたリリアがノマに尋ねた。彼女の目線はノマの肩らへんにある。
「どうしてノマはいつもクワを持ち歩いているんですか」
ノマは肩に担いでいる愛用のクワに目をやった。
鉄で出来た自慢の相棒は、いつしか仕事以外でも一緒にいることが多くなった。担いでいると安心するのだ。持っていれば何かと役立つかもしれないし。今のところ土を掘る以外に使ったことはないけれど。
「持ってると落ち着くんだよ」
「重くないんですか」
「初めて持ち歩いた時は重かったけど、今はすっかり慣れたよ」
「たくましいですね」
リリアがにこやかに褒めるものだから、ノマは少々照れ臭くなった。
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