第3話 パートナー
俺達は失われた王国を出て山の中に入る。国が山の中にあったのだから当然のルートだ。一人旅で準備をしていために、街に着くまでには確実に食料は尽きてしまう。俺は歩きながら、背後の姫に声をかけた。
「このまままっすぐ街には行けないけど、いいか?」
「何故じゃ?」
「食料が足りない。狩りをしながら行こう」
「何故たっぷりと用意しとらんのじゃ!」
キララは身勝手に逆ギレする。最初から二人連れになると分かっていたら準備はしていたさとと言う言葉が喉から出かかるものの、気が立っている相手には何を言っても火に油を注ぐようなものだろう。
こう言う時の正解は沈黙だ。昔から相場は決まっている。
彼女はヴァンパイアだと言うのに陽の光を克服していた。山の中は木が生い茂っていてそこまでまぶしくはないものの、完全に暗闇と言う訳ではない。陽の光で焼け死ぬのなら、十分致死量の日光を浴びているはずだ。
とは言え、完全に無効化していると言う訳ではなく、強い陽射しを浴び続けると肌を火傷してしまうらしい。それもあって、日の光が強くなると影に入って動こうとしなかった。
「何やってんだ。置いてくぞ」
「お前に人の心はないのか! 我を見捨てるのなら許さんぞ!」
「……はぁ」
出発する時にはぐれたら置いていくと言ったのに、キララはそんな約束も守る気はないらしい。まぁ正確にははぐれる前に声を荒らげているのだから、この場合は彼女の言動の方に正当性はあるのだろう。
俺は頭を抱えながら、このわがまま姫に近付いていった。
「じゃあ、日が暮れるまで待機な」
「それでこそ我のナイトじゃ」
キララはニコニコ笑顔で勝手に話を進める。その無邪気な笑顔を見ていると、とても目の前の少女がヴァンパイアには見えない。けれど、俺はいつまでも女子のお守りをするつもりはなかった。
なので、彼女には渋い表情を見せる。
「勝手に任命するなよ。街に着いたらお別れだからな」
「薄情じゃのう」
「俺は一人旅が好きなの。誰にも邪魔されずに自由に歩くのがいいんだ」
そうやって話をしていると空が曇ってきた。山の天気は変わりやすいと言うけど、まさにその通り。暗くなったのでキララも動けるだろうと、俺は腰を上げる。
「さて、行くか。キララもこの明るさなら大丈夫だろう?」
「待て! 獣が近くに居るぞ。これは鹿じゃな」
「おお、流石はヴァンパイア。感覚が鋭いな」
狩猟の道具は持ってきていない。ただ、そう言う事もあろうかと弓になる材料はリュックの中に入れてきていた。俺がそれを組み立てていると、彼女がいきなり前傾姿勢になり、ものすごい速さで駆け出していった。
俺は、その疾風のような動きをするキララの残像を目で追いかける。
「お、おい……」
彼女は人の数倍以上の速さで獣道を駆け、驚いた鹿が逃げようとしたところを手刀であっさりと片付けた。追いつこうと走って近付いた時にはもう狩りは終わっていて、それを目にした俺は無意識の内に口が中途半端に開く。
「マジかよ」
「ふふん。我が本気を出せばこんなもんじゃ」
「じゃあ、捌くか」
「ちょっと待て」
キララは俺を静止するとそのまま死んだばかりの鹿に噛みついた。どうやら血を吸っているらしい。その行為は食事と言うよりは儀式的なものだったみたいで、数秒で口を離す。
「美味かったか?」
「そうでもない。やはり人の生き血よの」
「吸った事もないくせに」
「じゃから、お前の血を吸わせろ~!」
彼女は鹿を放り投げるとまた襲ってくる。ただ、それはじゃれ合いみたいなもので全然本気じゃなかった。もし本気だったら、そこに倒れている鹿みたいに瞬殺だっただろう。猫や犬が飼い主とじゃれ合うような見せかけだけの攻撃を、俺は必死で避ける。攻撃の振りとは言え、直撃したら致命傷は間違いないからだ。
「こう言うのも楽しいのう」
「いや、こっちは必死なんだけど」
「死にたくなければちゃんと避けるのじゃぞ~」
この命懸けのじゃれ合いは、俺が足を踏み外して転ぶまで続いた。痛がる俺の顔を見たキララはケラケラと無邪気に笑う。そうして、俺も釣られて笑った。
ひとしきり笑った後は貴重な食料の処理だ。鹿の肉を全部保存用に使えれば多分街に着くまで問題なく持つのだろうけど、生憎そう言う技術は持ち合わせていない。今日食べる分の肉だけを頂いて、後は森の生き物達にお返しする。
肉を焼いて楽しい食事の時間だ。特に空腹と言う訳ではないけど、サバイバルでは食べる時に食べるのが鉄則。俺もキララもこの食事を十分に楽しんだ。
「タケルはどうして我の城まで来たのじゃ?」
「興味を持ったからだよ。それだけだ」
「単純なやつよのう。そもそもお前は何者なのじゃ。もっと詳しく話せ」
「俺もキララに興味があるぞ。じゃあ、お互いに改めて自己紹介をしようか」
俺の提案にキララも乗ってきた。と言う流れで、お互いに自分の事を話せる範囲で話す事になる。彼女は自分から話すのを嫌がり、だから俺から自己紹介をした。
「俺の名前は鬼塚タケル。日本出身の26歳だ。趣味は旅や冒険。好きなのは廃墟かな。見た事のない景色を見たくてあちこち飛び回ってる。後でそれを本にして売って暮らしてるんだ。まぁ大して儲かってはいないけど」
「タケルは外国の者なのじゃな。道理で見た目が全然違うと思うたわ。我もその日本と言う国に興味を持ったぞ。話せ」
「その前に、今度はキララの番だ。俺に君の事を教えてくれ。順番だぞ」
「まぁ、仕方ないのう。じゃあ今から我が我自身の事を教えてやるぞ。心して聞くが良い」
キララは目一杯胸をそらして、むふんと大きく鼻息を吐き出した。俺は雰囲気機を出すためにこの流れに乗り、パチパチと拍手をする。
「我の名はキララじゃ。歳は……もう分からぬ。じゃが、眠りについたのは14の時じゃ。見た目も体力もその頃のままのようじゃの。眠りにつくまでは何不自由ない生活をしておった。両親は優しく、国民からも愛されておった。それが何故こうなってしまったのか……我には分からぬ。分からぬのじゃ」
「何で1人だけ眠る事になったんだ?」
「それが儀式だと母は言っておった。今にして思えば、あれは嘘だったのじゃろうのう……」
彼女はそう言うと顔を曇らせる。その後も話は続いたものの、どうやらキララは眠る事になった頃の記憶が曖昧なようだ。両親に愛されていたのに子供1人を残すような事をするはずがない。眠っている間に何かが起こったのか、何かが起こると分かっていて彼女1人を守った。多分そう言う事なのではないだろうか。
顎に手を当てて考察していると、彼女は俺の背中を元気良くバンバンと叩く。
「何を暗い顔をしておる! 元気を出すのじゃ!」
「キララは強いな」
「なってしまったものは仕方がない。大事なのはこれからじゃ!」
「確かにな」
理解し合った俺達は顔を見合わせて笑い合う。こうして、俺達は相棒みたいな関係になった。体力は当然彼女の方が上だけど、知力は俺の方に分がある。案外悪くないバランスなのではないだろうか。
例え野生動物が群れで襲ってこようと、力で圧倒するキララの敵ではなかった。彼女がいれば、夜の森も怖くはない。
て言うか、やはりヴァンパイアは夜が領分。結局どんどん夜に行動する事が多くなっていった。夜の暗い森にもかなり慣れ、俺は見晴らしのいい丘の上で夜空を見上げる。
「夜中は完全に真っ暗になるものだと思ってたけど、意外と見えるものなんだな」
「人間は不便じゃのう。我には昼間と変わらぬわ」
「頼りにしてるぜ、姫様」
「なら、我に血を吸わせるのじゃあ~!」
隙を見せれば、彼女はすぐに俺の首筋を狙ってくる。本気ではないだろうけど、気を緩めればマジで吸われてしまう未来しか見えない。まだまだ人間でいたい俺は、この過激なスキンシップを命懸けでこなすのだった。
「全部は吸わぬ! コップ一杯でいいから吸わせるのじゃ!」
「冗談じゃねえ! そこらのうさぎの血でも吸っててくれ!」
「獣のは美味くないんじゃ~!」
「じゃあ俺の血だってマズいにきまってんだろ~!」
彼女の吸血衝動は発作的なもので、一時間に一度やってきてたり、丸一日問題なかったりする。吸わなくても問題がないのに、どうして吸いたくなるのだろう。それが吸血鬼の性なのだろうか。
この吸血衝動を抑える事が出来なければ、街に戻ってもやがては問題を起こして悲惨な末路を辿る事になってしまうだろう。
そう考えた俺は、解決策を探るために更に山の奥に足を伸ばして、旅を長引かせる事にしたのだった。
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