第4話 迫害の歴史

「ちょ、おい、先に行くなよ」

「……」

「無視かよ。待てって」


 俺達は謎の遺跡に来ていた。そして、前を歩くのはキララだ。遺跡に入った途端、突然彼女はどんどんと先を行き始めた。俺は見失わないように焦って追いかける。一体どうしてこんな事になってしまったんだ――。



 この日も俺は迷ったふりをして山の中をぐるぐると回っていた。キララの吸血衝動は相変わらず不安定なまま。そんな中で何度も命懸けのじゃれ合いをしている内に、結構体も鍛えられてきた気がする。

 とは言え、数日で達人になれるとか、そんなうまい話ではなかったのだけれど。


「タケル、お主はまだまだじゃのう」

「人間だからな。ヴァンパイア様には敵わないさ」

「ええい! 弱音を吐くでない!」


 疲れてへたり込んでいる俺の背中を彼女がバシバシと力任せに叩く。どうやら、敢えて回り道をしている事実はまだ気付かれていないようだ。うん、それでいい。

 何とか発生の法則だけでも見つけて、厄介な吸血衝動の無効化への糸口を見つけなければ……。


 この山中の迷走は、特に定まったルートを決めている訳ではない。常にその時のフィーリングで進む先を決めていた。だからこそ、珍しい発見をする事もある。


 この日の俺は不思議と勘が冴えていた。いつものように山中の獣道を歩いていたところで、どこからか水の流れる音が聞こえてくる。音の聞こえる方向に進んでいくと、突然大きな滝が俺の目に飛び込んで来た。

 誰もやって来ないような山奥にある知られざる大滝。そのあまりに神秘的な佇まいに俺の足は止まる。


「こんな所に滝があるなんてな」

「我も知らなかったぞ」

「キララは眠る前に国から出た事があったのか?」

「馬鹿にするでない! ……まぁ、なかった気はするのう」


 俺達は吸い寄せられるように滝に近付いていく。すると、滝の裏に洞窟のような穴がある事が分かった。ここで謎を解き明かそうとしない冒険家はいない。目の前に未知があるなら、勇気を出して進むのがセオリーだ。

 俺は好奇心の赴くままに滝の裏の穴の正体を確認しに向かう。当然、キララも遅れずに歩いて俺の隣をキープしていた。


「一体何があるのかのう?」

「多分ただの洞窟だろ。いい感じなら、今日はここで眠るのもいいかもな」

「我は少し悪い予感がするぞ」


 少し怯える彼女をからかいながら、俺達は滝の裏側に回り込む。そこにあったのは、見た事もない謎の遺跡だった。元々洞窟だったものを加工したのか、洞窟に偽装したものなのかは分からない。

 金属製の壁と扉が俺達を出迎える。この予想外の展開に俺の心は熱く燃え上がった。


「すごいぞキララ、謎の遺跡だ!」

「まさか入るつもりか? 我はここで待っておるぞ。1人で行くがいい」

「何言ってんだよ。キララも行こうぜ。ヴァンパイアが何怖がってんだ。大丈夫だって」


 俺は怯える彼女の手を握って強引に遺跡の中に入っていく。扉は開けっ放しになっていたので難なく入る事が出来た。

 中はどこにも光源があるようには見えないのに全体的に淡く光っていて、灯りを用意しなくても普通に歩く事が出来る。この不思議な遺跡の作りは、どこかあの城の地下室にも似ていた。


 俺がその事を話そうと顔を横に向けると、キララの目が普段と違う雰囲気を漂わせている事に気付く。彼女の身に何かが起こってしまったと感じた俺は、すぐに声をかけた。


「キララ? おい、大丈夫か?」

「……」


 何かに憑依されたみたいに、彼女は無言で先に先にと歩いていく。遺跡に入る前に悪い予感がしたと言うのは、こうなる事を直感で感じ取っていたからなのかも知れない。

 キララのこの突然の変化の理由を考えていた俺は、ある可能性に辿りつく。


「もしかして、ここは吸血鬼が作った遺跡なのか……?」

「……」


 この問いかけにも彼女は全くの無反応。この状況にどう対処していいか分からなかった俺は、取り敢えず彼女がどこまで歩いていくのかを見極める事にした。



 ――そうして、今に至る訳だ。無言で先に行く彼女の後をついていって辿り着いた場所は、行き止まりの大広間。大型ショッピングモールの駐車場くらいの大きさのその場所には無数の人骨のようなものが転がっていた。


「な、何だよここ……。この遺跡は一体何なんだ?」

「……」


 俺が混乱している間も、キララは歩みを止めずに足を動かし続ける。そして、この部屋の中央部分に設置されている祭壇のようなオブジェまで来たところで、彼女は糸の切れた操り人形のように突然倒れた。


「キララーッ!」


 俺は様子のおかしかった彼女が心配になり、すぐに駆け寄る。ある程度近付いたところで遺跡の動力か何かが稼働し、部屋そのものがさらに明るくなった。


「うおっまぶしっ!」

「人間よ、何故ここに来た?」

「キララ? 憑依されているのか?」

「何故ここに来た!」


 まるで別人のようになったキララは祭壇の正面に用意されている椅子に座り、まぶたを閉じたまま強い口調で問い続ける。これ、質問に答えないと話が進まないやつだ。

 俺は深呼吸を繰り返して心を落ち着けると、慎重に言葉を選ぶ。


「ここに来たのは偶然だ」

「ならば、何故同胞を連れて来た。この子は最後の希望だ」

「俺はキララと共に旅をしていた。ただそれだけだ」

「お前がこの子を起こしたのだな。つまり、選ばれし者……ならば、伝えねばなるまい。我らの辿った道を」


 彼女に憑依した何かは、どうやらヴァンパイアに関係のあるもののようだ。この部屋に散らばる骨の誰かなのかも知れない。しかし、一体どうしてこんな有様になってしまったんだ。この遺跡は何のために作られたと言うんだ……。

 今からその答えが聞けるのだろうと、俺はゴクリとツバを飲み込む。


「この遺跡は砦だった。ハンター共と戦うためのな。この通り、我らは負けてしまったのだ。敗戦の色が濃厚になったところで、若い仲間をここから逃した」


 ヴァンパイアの天敵と言えば、思いつくのは狼男かヴァンパイアハンター。遺跡の残留思念によれば、この砦を蹂躙したのはそのヴァンパイアハンターのようだ。人の数倍の力を持つヴァンパイアを殲滅させるだなんて、一体どれだけ強かったと言うんだ。

 この真実を知ったところで、俺はキララの国が滅びた理由を秒で理解する。


「じゃあ、あの国を滅ぼしたのも?」

「ハンター以外にそう言う芸当は出来まい。だが、この子だけは何とか助ける事が出来た。だが、お前が起こしてしまった。その責任は取ってもらう」

「えぇ……」

「お願いだ。キララをハンターから守ってくれ」


 残留思念からの願いは意外なものだった。この話からすると、ハンターが存在したのは数百年も昔の話だ。その頃に吸血鬼を殲滅していたのなら、もう組織自体が存在していないだろう。

 そう結論付けた俺は、ドヤ顔になって胸を張る。


「ああ、任せろ」

「その言葉を聞いて安心したぞ、人間……」


 頼みを聞いたところで、残留思念の声が弱くなってきた。そろそろ昇天するのだろうか? 俺はこのチャンスを逃すまいと、今まで疑問に思ってきた事をここでぶつける。


「最後に聞かせてくれ。キララは十字架にも無反応だし、陽の光も克服していた。ヴァンパイアは全員そうなのか? それと吸血衝動を止める事は出来ないのか?」

「この子は人との混血なのだ。ハンターの学者が正体を隠して我らに近付き、それで子を成した。だから陽光にも耐性がある。その後でヤツに裏切られ、我らはここで滅ぶ事になってしまったがな」

「な、なんだってーっ!」


 この衝撃の真実に、俺は目を丸くする。だが、そう考えれば納得出来る点もいくつかあった。彼女は確かに強いものの、吸血鬼にお馴染みの特殊能力を一切使っていない。アレは使わないのではなく、使えなかったんだ。


「吸血衝動に関しては、ずっと吸わないでいればその内収まるはずだ。半分は人間だからな。では、頼んだぞ」


 残留思念はそこで口を閉じ、キララは正気に戻る。そうして、彼女は視線を落として自分の両手を見つめ始めた。その手は小刻みに震えている。


「我は……ヴァンパイアハーフだったのか?」

「聞こえてたのか? どうやらそうらしいぜ」

「我は人としてもヴァンパイアとしても中途半端だったのじゃな……」

「キララはキララだ。それでいいじゃないか。俺が守ってやるさ」


 俺はショックを受けて塞ぎ込むキララの肩を優しく抱く。彼女と俺の視線が交わって奇妙な空気が流れたところで、この遺跡に第三者の足音が聞こえてきた。


「へぇ、本当に侵入者がいたよ」

「お前、まさかハンターか?」

「正解。ここはハンターの管轄なんだ。遺跡が動いたら本部に連絡が行くようになってんだぜ」

「タケル、逃げるのじゃ!」


 キララは俺の手を掴んでその爆発的な力で一気に走り出す。俺は超高速の空気の流れに放浪されるばかり。一体彼女は時速にして何キロのスピードを出しているのだろう。強引に引っ張られるばかりで何も出来ない俺は、やがて考えるのを止めた。

 一方のハンターの方はと言うと、最初こそ銃を構えていたものの、超スピードの移動で狙えない事が分かるとあっさりとあきらめる。


「逃げ足はええ。一応連絡だけしとくか」


 キララは憑依されてる間にこの砦の情報を得ていたのか、隠し通路を通って速攻で脱出する。こうして、俺達は突然のピンチを何とか脱したのだった。

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