第2話 血を吸わせろ!

 突然の自称ヴァンパイアの登場に、俺はどうしていいか分からずに立ち尽くす。ただ、あの爆発に無傷だったり、風貌がそれっぽかったりと、全く可能性がゼロではない。

 そもそも、何百年も無人の城で眠っていたのだ。そう言う意味では本物のヴァンパイアでなかったとしても、人間でない事だけは明らかだった。


「お前、俺の血を吸うつもりか?」

「お前とか言うな! 我はキララじゃ! んふふ、そうじゃのう。確かに腹は減っておる。そなた、タケルとか言ったか。血をそんなに吸って欲しいのか? なら、吸ってやっても良いぞ? ん?」

「その前に、本当にヴァンパイアなのか? 俺は疑い深いんでね」


 俺はそう言うと、荷物の中からロザリオを探し出して目の前の姫に向けて見せつける。聖水はないものの、本物に出った時のためにこれだけは持ってきていたのだ。伝説のヴァンパイアなら何かしらの反応があるはず。まぁ信仰していないと意味がないのかも知れないけど……。

 俺が差し出した宗教グッズを、キララは不思議そうな顔で見つめる。


「何をしとるのじゃ? それがヴァンパイアの証明になるのかえ?」

「やっぱダメか」

「証明ならほれ、この牙を見てみい、人の口にこのようなものはなかろ?」


 キララは口を大きく開けて鋭く尖った歯を見せる。確かに人間の歯では有り得ないものだ。俺はフンフンとうなずきながら、その口の中をじっくり眺める。

 あんまりジロジロと見たからなのか、彼女は口を閉じてぷいと横を向いた。


「じっくりと見過ぎじゃあ、バカモノ!」

「その牙で血を吸った事あるのか?」

「……初めては母上が相手を探してくれると言う話で、それまで我は眠っておった。タケル、お主がそうではないのか?」

「俺がここに来た時、人は誰もいなかったぞ。国自体が滅んでいたな」


 俺の話す真実に、キララは目を丸くする。信じられない様子だったので、彼女の手を引っ張って地下室から地上に上がった。変わり果てた城の内部を見て、彼女は膝から崩れ落ちる。


「一体何があったのじゃ……。もうこの国には我しかおらんのか……」

「信じてくれたか。で、キララはこれからどうする?」

「まずは……お主の血を頂こうかの~っ!」


 キララがいきなり襲ってきたので、俺はそれを闘牛士のようにギリギリで避ける。少女のか弱い体のどこにそんな力が眠っているのかと思うほどに、彼女は何度も何度も襲いかかってきた。


「大人しく血を吸わせるのじゃあ!」

「なんでそうなるんだよ!」

「血を吸わんと力が出ぬ!」

「今までも吸ってなかったんだろ? 十分元気じゃないか!」


 ヴァンパイアは人よりも力が強く、不思議な特殊能力も持っている。彼女が本物なら、特に武術の心得のないただの人間の俺が攻撃をかわすなんて芸当はまず不可能だろう。

 それが出来ていると言う事は、キララがヴァンパイアではないか、本来の力が出せない何らかの理由があるのかのどちらかだ。


 何度目かの攻防の末、隙を見つけた俺は軽く反撃を試みた。攻撃を避けたタイミングで掌底を放ったのだ。

 反撃を予期していなかった彼女は、攻撃をまともに受けて軽くよろめく。


「な、何をするのじゃあ……」

「いや、ごめん。隙があったから」

「何じゃとお!」


 キララが怒って声を荒らげたと同時に、ぐううう~と腹の虫の鳴く音が静かな城内に鳴り響く。彼女が実力を発揮出来なかった理由がここで判明した。

 この状況に、キララは顔を真赤にして俺との距離を取る。どうやら、完全に戦意を喪失したらしい。


「なぁ、別に血以外でも空腹は満たせるんだろ?」

「何か持っておるのか?」


 彼女が興味を示したので、俺は荷物の中から血に近い見た目のものを探す。こう言う場合の定番はやはりこれだろう。俺は見つけ出したジュース缶をキララに向かって差し出した。


「ほら、トマトジュース」

「何じゃこれは? 美味いのか?」

「まぁ飲んでみ。血っぽいから意外と気に入るかもだぞ」


 素直に受け取った彼女はクピクピと可愛く飲み始める。トマトジュースは割りと好き嫌いがはっきりする飲み物ではあるものの、嫌わずに夢中で飲んでいると言う事は少なくとも苦手なものではないのだろう。

 一気に飲み干したキララは缶から口を離すと、それを俺の前にぐいっと差し出した。


「マズい~。もう一杯!」

「気に入ったのかそうでないのか、どっちだよ!」

「このくらいじゃ足りんのじゃ! もうないのか?」

「後ひとつあるぞ」


 こうして俺は彼女の餌付けに成功する。少なくとも敵認定はキャンセルされたようだ。良かった良かった。トマトジュース2本を飲みきったキララは食べ物を所望したので、とりあえず好みを聞いてみる。


「うむ。パンやスープや肉などを食べておったぞ」

「なんだ。普通のものを食べるんだな」

「当然じゃろう、我を何だと思っておる」


 彼女の話から、俺が普段食べているものを与えれば問題ないと言う事が分かり、早速リュックの中から食べ物をひとつ取り出す。一人旅の計画だったものの、旅の困難を想定して余裕を持って準備していたのが効を奏した。


「ちょっと待ってろ。湯を沸かすから」

「な、何じゃ?」


 俺がカップ麺を作る間、キララは珍しそうに眺めてくる。彼女の記憶にない食べ物だ、興味を持つのもおかしくない。水を鍋に入れてそれを沸騰させる。それをカップ麺に注いで3分待つ。

 この一連の工程を、キララは目を輝かせながら鼻息を荒くして観察していた。


「湯を入れただけで料理が出来るのか?」

「ああ、魔法みたいだろ?」

「何? 魔法ではないのか?」

「これは科学ってやつの応用だ。今は色んなものが魔法みたいに便利になってるんだぞ」


 3分待つ間、俺は魔法の概念について聞いてみる。彼女はヴァンパイアではあるものの、特に魔法的なものとは縁のない生活をしていたようだ。長い眠りにつくまでは両親や国民と暮らしていて、それは幸せな日々だったらしい。

 話している内に3分経ったので、俺達は並んでカップ麺をすする。ラーメンが初めてのはずのキララは箸を器用に操り、難なくラーメンを胃袋に落とし込んでいく。


「ラーメン初めてだろ? よくそんなちゃんと食べられるな」

「タケルが食べるのを見ておるからのう。それに麺は食べておったからな」

「ああ、パスタとかはあるもんな。で、ラーメンは気に入ったか?」

「まずまずかのう。じゃが、背に腹は代えられぬからな」


 何だかんだ言いながら、彼女は美味しそうにラーメンを食べている。俺はそのニコニコ笑顔を見て心が癒やされていった。あらかた麺を引き上げて胃袋も落ち着いた俺は、ゆっくりと味わって食べている彼女の顔をしみじみと眺める。


「でも普段血を吸わずに暮らしていたんじゃ、ヴァンパイアらしい事は何もしてなかったんだな」

「大昔は人々が恐れる存在じゃったのじゃぞ。バンバン血も吸って眷属も多かったと聞く。我はその頃の事は知らんがのう」

「色々あったんだな……。キララは見た目人間だから人の街でも暮らせるだろ。血を吸わないならな」


 俺は1人だけ生き残ったキララが不憫で、つい口を滑らせてしまう。彼女がこの話に食いつくのは当然の流れだった。


「じゃあ、連れてってくれ!」

「えぇ……」

「何じゃ? 不服なら今すぐお前の血を干からびるまで吸うてやるぞ」

「じゃあ、勝手について来いよ。はぐれても探さないからな」


 こうして、流れで俺達は共に行動する事になった。この調子だと街に着いても色々とつきまとわれそうだ。とは言え、俺が起こしてしまった訳だし、放置は無責任と言うものだろう。何とかうまく話を進めて、キララをどこかの街で暮らせるようにしてやらないとな。

 俺達が城を出た途端、伝説の残る古城は突然崩れ出してしまう。もしかしたら、彼女を守るためにずっとあの城はあったのかも知れない。守るべきものが目覚めた事で、もう役目を終えたと言う事なのだろう。


「城がなくなって淋しいか?」

「仕方がない。形あるものはいつかなくなるさだめじゃ」

「結構達観してるんだな」

「それよりも街じゃ。はよ案内せい」


 キララは俺を急かす。じっとこの場所にいて感傷に浸ってしまうのを避けたいのかも知れない。真意は分からないものの、彼女の願い通り、俺はこの忘れ去られた国を出る事にしたのだった。

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