ほころび

その日は、神父メティスの執務室に、カロンをはじめとして、ナギ、ケン、そしてシリウスが集まり、北部新進党のテレビ演説を見ていた。神妙な顔をするケンは、ため息をついて神父を見ているナギの服の裾を掴んでいた。シリウスはテレビを横目にいらだちを隠せないでいた。

 いまさらになって、なぜ、中央はこのようなことを言いだしたのだろう。これでは、東マリンゴートがアースを囲っていて、放さないでいるようなものではないか。本人は地球に帰ってしまってここにはいないというのに。

 シリウスの心境を察したのか、ナギが神父の執務室からケンを連れて出た。そして、しばらく廊下で何かを話し込んでからもう一度部屋に入り、こう言った。

「これは罠だ。ここに王子がいないことなんて、周知の事実だ。あの名医がここにいれば、私は今ほど忙しくはないからね」

「罠って、それなら、どうやってそれを回避するんですか?」

 ケンが口を尖らせる。すると、ナギは、そんなことは簡単なことだ、と、付け加えてこう言った。

「本物の王子が、ここにいればいいんだ」

 そこで、ナギのその発言に、カロンが反論をした。

「そう簡単にはいかないですよ、ナギ先生。地球にいるアースをどうやって説得するんですか? この星から何万光年も離れているというのに」

「そうだね、まあ、普通に考えれば不可能だ。でも、彼は来るだろうね。来て、責任を果たさなきゃならないことなんて承知の上でシリウスをよこしたんだろう?」

 ナギのセリフに、シリウスはドキリとした。確かにそうではあるが、シリウスは皆が知らないもう一つの事情を知っていた。そのためなのか、先程のようないらだちはもう、見せていなかった。

「確かにそうだけど、俺は病院のことまで責任負えないからな」

「そこまであんたが首を突っ込む必要はないさ」

 ナギは、そう言って、次にカロンを見た。

「あんたたちは、本当にこのままでいいと思っているのかい」

「このままでって、そりゃあ」

 カロンは困った顔をして言い返したが、言葉に詰まってしまった。アースが来てくれれば、それほど助かることはない。彼とは幼馴染の間柄だし、会えるのなら会って話したいことは山ほどあった。しかし、このようなことで彼を頼ってしまってもいいのか、そこが引っかかっていた。 

「メティス」

カロンの様子を見て、ナギは困ったように笑った。ここの人間はあと一歩が踏み出せない。苛立ちを覚えることはなかったが、頼りなく感じることはあった。ナギは、テレビの演説に見入っていたメティスを、名指しで呼んだ。神父はハッと気づいて皆の前に向き直った。

「メティス、あんたはここの統治者だ。その自覚はもっと持ったほうがいい。アースをここに呼び戻すのか、このままどうにかしてごまかすのか、選択はできないのかい」

「選択、ですか」 

そう言って、メティスは少し、考え込んだ。

「どちらを選択しても、ナギ先生にご迷惑をかけるかもしれません。それでも良いのなら」

「かまわないよ、私はね」

 そう言って、ナギは微笑んだ。

 その時だった。

 神父の執務室の白いドアを、ドンドンと叩く音がして、その場にいた全員がそちらを向いた。普通のノックではない。なにか、急いでいる。

「神父さん、神父さん!」

 教会の職員の声だ。神父が急いでドアを開けると、そこには息を切らした男が立っていた。

「どうした?」

 神父が声をかけると、男は息を整えながら、こう言った。

「中央から、誰かが追われてきて、そこで保護したんですが、すみません、追っ手がついていたらしくて、モリモトさんに支援要請を出したんですが非番で」

「追われていた? 誰が追われていたんだね? 追っ手は?」

 神父が尋ねると、男は首を横に振った。

「わかりません。ただ、教会に、神父さんに会わせてくれと、それだけ言っていましたので」

「わかった」

 事情は全く掴めていない。しかし、神父は首を縦に振った。

「誰であろうと、この教会に助けを求めてきた者を見殺しにはできない。シリウス、出てくれるか?」

 カロンは警察組織の人間という立場上、得体の知れない人間に手出しはできない。ナギは医者だ。看護師のケンに戦闘をさせるわけにも行かない。ここは、シリウスに任せるしかない。そう判断した神父は、シリウスに指示を出した。

「事情が掴めない。後始末をお前がするなら、俺は構わないが」

「責任は私が取るよ。頼む、シリウス」

 すると、シリウスは分かった、と一言だけ言って、その場を急いで去っていった。神父を呼びに来た男がシリウスの前に立ち、案内しながら走っていった。

 これで、よかったのだろうか。

 確かに教会の神父という立場上、先ほど言ったような、助けを求めてくる人間を見殺しにはできない。しかし、助けを求めに来た人間が必ずしもいい人間とは限らない。これは罠かも知れない。

 しかし、すべてを疑ってかかることもまた、できるわけではない。神父メティスは、ちらりとナギを見た。すると、彼女はそう難しい顔をするわけでもなく、神父に向かって苦笑をなげかけてきた。

「大丈夫だよ、神父さん。助けた人間に問題があれば、シリウスはその場で始末するだろうからね。彼にはそれくらいの判断力はあるさ」 

ナギは、人を見る目が鋭い。少し会っただけの人間をすぐに理解してしまう。

メティスはその鋭い医者の意見にほっとしながら、シリウスを待った。ナギの言うことには真実味があった。おそらくは大丈夫だろう。

ナギやケンとともにしばらく無言で待っていると、ドアをノックする音がしたのでケンが出た。すると、そこにはシリウスとともに二人の男たちが立って待っていた。

「中央の」

 ため息をつきながら、シリウスは苦笑して後ろの二人を指さした。

「保守党の党員さんらしいぜ。なんでも国民に追われたうえ、よく知りもしない暗殺者にまで狙われてここまで逃げてきたらしい」

 そう言ったシリウスの後ろで、疲れ果てた表情の二人の男が会釈をした。

「東マリンゴートの教会はすべての人間に開かれていると聞きました。我々の国が神父さんに失礼をしたことを承知の上で亡命してまいりました。どうか、かくまっていただきたい」

 片方の男がそう言って深々と頭を下げた。

「私の名はホランド、もう一人の名はクーランです」

 見ると、ホランドという男も、クーランという原住民風の男も、上質のスーツの所々が擦り切れて、場所によっては破れていた。暗殺者のナイフにでもやられたのだろうか。必死で逃げてきた様子がうかがえた。

 彼らの言っていることはおそらく嘘ではあるまい。保守党の、おそらく何かの重要な秘密を知ってしまったばかりに追われていた、といったところだろう。

 これは予測に過ぎないが、もし、そのようなことがあったとしたら、何か東マリンゴートにも事態を打開できるチャンスがあるかもしれない。神父はそう考えた。それを読んだのか、ナギがため息をつきながら神父に笑いかけた。

「神父さん、庇ってやりなよ。彼らにとっちゃもう、ここ以外に居場所はなさそうだからね」

「そうだね」

 そう言って、メティスはホランドとクーランに手を差し伸べた。おそらく暗殺者はこれであきらめはしないだろう。彼らが生きている限りその追手を差し伸べることをやめないとなると、シリウス一人にその護衛の任を任せるのは無理がある。

「神父さん」

 今度は真剣な顔をして、シリウスがメティスに話しかけてきた。

「分かっている。ナギ先生、しばらく病院のほうを休んでいただくことはできないだろうか」

 メティスの声を向けられ、ナギがため息をついた。

「ここの所予約でいっぱいでね。まあ、ほかの医者に回すことができればやれないこともないが、アテはあるのかい、神父さん」

 すると、メティスは神妙な顔をして考え込んだ。

 手はないわけではない。ナギに代わる医者で、腕の立つ名医はこの東マリンゴートにいないわけではないのだ。

「ナギ先生、シリウスと交代で彼らの護衛と情報の交換をお願いしたい。おそらく彼らが追われていた理由は彼らの持つ情報であろうから。ならば、東マリンゴートの持つ、王子アース・フェマルコートの情報と引き換えに、その情報を引き出してほしい。彼らにもなにか希望が必要だろうからね」

「王子の情報か、考えたね」

 ナギが、笑った。

「それで、私の代わりの医者は、どうするんだい?」

 問われると、メティスは、真剣な顔でこう返した。

「一週間のうちには必ず手配します。少し面倒をかけますが、準備も兼ねてよろしくお願いします」

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