王子の痕跡

 テルストラ都市国家連合が建国されて三千年。

 その頃起きた戦争は、後に、国によって呼称の異なる名称で呼ばれることとなる。

 今から十年前、テルストラと、当時、東西に分かれていなかったマリンゴートを中心に、都市国家中にひどい差別法が敷かれていた。

 その恐怖政治が支配する社会に、人々は怯えていた。そこで、マリンゴートや、隣国クリーンスケアを中心に作られた地下組織レジスタンスが立ち上がり、恐怖政治と戦っていた。

 当時最悪と言われていた劣等民族強制収容所を解放したレジスタンスは、勢いに乗ってその勢力を広げ、各都市を開放していった。

 そのきっかけを作った強制収容所の開放。

 そこに、ひとつの問題があった。

 当時その収容所内で作られていた大きなドームが一体何であったのか、未だに謎のままだったのだ。

 東マリンゴートの当時の神父・ブラウンによれば、あれはガス室で、大量の人間を毒ガスで殺す大量殺戮施設だったという。

 しかし、当時そのような殺人ガスが見つかった痕跡はなく、神父の言い分は闇に葬られてしまった。そんな時、収容所解放の事実を今、利用する勢力が現れた。

 あの巨大ドームはガス室で、そこに流れ込むはずの殺人ガスを止めた、もしくはガスをガスでないものに変えて中にいた被差別民を助けた人物がいた。

 その人物は、殺人ドームの中に迎え入れられず、誤解を受けたまま、中にいた被差別民を守るためにドーム入口で一人戦っていた。そして、何らかの理由により姿を消した。

 そして、それが、当時レジスタンスの中で異彩を放っていたひとりの青年であったことが判明した。

 その青年こそ、クリーンスケアに逃れていた当時の国王・ガルセス・フェマルコートの王子であるアース・フェマルコートだったのだというのだ。

 被差別民として追放された国王一家の嫡子、アース。

 彼は、特殊な能力を持ったシリンという種族の人間で、それも、惑星を統括する意思の表れ、因果律の主である惑星のシリンであるという事実まで判明した。

 この暁の星に文明を持ち込み、また発展させてきた地球という星のシリン。彼の能力は底が知れず、毒ガスを毒ガスでない清浄な空気に変えることなど、造作もないことだというのだ。

 人々は知っていた。特に、当時ガス室の中に押し込められていた被差別民であった中央の人間には、分かっていた。彼らが唾を吐きかけ、裏切り者と罵ってドームから追い出したその人間こそが、自分たちを助けてくれた人間だったのだと。

 それを知りながら、憎しみに覆われた感情の中にその事実を隠していたのだ。

 戦争が終わり、すべてを裏から操っていた一人の人間が死んでから十年後、つまり、現在の中央マリンゴートでその事実が、明るみに出ることとなる。

 中央マリンゴート北の組織、北部新進党が、厳正なる調査の上、その事実を国民の前に差し出したのだ。

 そして、南部の対抗組織・南部保守党を、こう、非難した。

「今までこの事実を知っていながら国民の前に出さなかった保守党の罪は重い。我々の真の救世主はアース・フェマルコート王子殿下である。彼らはそれを蔑ろにして非難し、国民を騙し続けていた。今回の新進党の調査ですべてが明るみに出た。保守党が王子殿下を抱え込んで何を考えているのか、それは明白である。テルストラ本国から権力を奪い、また、東マリンゴートを侵略しようという算段である。それは許してはならない。今、中央マリンゴートに必要なのは王子殿下にほかならない。東マリンゴートにいらっしゃるはずの王子殿下を迎え入れるのは、我々だ」

 この、北部新進党の説明に、国民は沸いた。

 皆、分かっていたのだ。事実を分かっていて、当時差別を行っていた移民への憎しみの上にそれを隠し込んでいただけなのだ。一度事実が明るみに出ると、中央マリンゴートの国民の動きは早かった。

 王子を探せ。

 東マリンゴートにいるはずの王子を探せ。

 その機運が高まっていたその時、東マリンゴートでも、動きが出始めてきていた。

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