序・草原を貫く鉄道
暗闇の中、強い風の吹きぬける草原を電車の明かりが貫いていた。ざわざわと音を立てて草を揺らす風は意外と強い。昼も夜も変わらずに強風にさらされる草原を、近くの都市から出入りする人間や物資を運ぶために鉄道が作られた。その草原に五年前に穿たれた鉄道は、様々な物資や人を草原の強い風にさらすことなく運んで行った。
その日は風が強く、草原を吹き抜ける風は電車の車体を軽く揺らすほどだった。しっかりしたつくりの鉄道車両でも広大な草原の風には抗いにくい。安全だとわかっていても、乗客は草原のこのあたりに電車が差し掛かると誰もが不安になった。
背の高い草が多く、草原にはそれ以外ほとんど何もない。風は吹きさらしで強く、遮るものは何もない。遠くに見える山脈が唯一地平線との間をとりもってはいるが、そこまでたどり着くには大変な日数が必要だった。
電車の中からは何人かが窓の外を見つめていたが、辺りは全くの暗闇で、鏡のようになった窓に映るものは自分の顔ばかりだ。ため息をついて座席に戻った女性が、ふと不安にさいなまれて外を見るのをやめ、その顔を通路側に向けた。
すると、通路を誰かが通り過ぎた。プラチナブロンドの青年だ。瞳は赤い。どこかで見たが思い出せない。有名な人だったろうか、何度かテレビで見たような気がするが。
彼の顔立ちは非常に整っていて、それでもまだあどけなさがどこかに残っていた。その青年は、ふと目が合った女性に軽く会釈をして通り過ぎていった。
ブロンドや青い瞳をもつ白人の移民の多い東マリンゴートではあったが、プラチナブロンドはめったに見ない。女性はふと、ある男性を思い出した。
田園都市として都市国家群に誉れ高く、豊かな国土を持つ都市・東マリンゴート、その政治、信仰の中心である教会の主、神父メティス。
その人物にあまりにも似ていたのだ。しかし、彼女の見た青年はまだ成人していない。すでに三十歳は越えている大人のメティス神父とは差があった。
テレビで見た神父も、そっくりではあったがやはりかなり大人だった。不審に思いながら通路に身を乗り出して青年の行方を追う。
すると、彼はそのまま次の車両へ移ってしまったのか、行方を見失ってしまった。
おかしなものを見た、そう思ったが大して気にせずに座席に戻り、女性は肘掛から伸びる小さなテーブルに置いてあったコーヒーをすすった。
青年は、電車の最後尾にまでたどり着くと、着ていた上着をことごとく脱いで、草原に投げ捨てた。今は誰にも見られてはいないだろう。
ここまでくる間に何人かに会釈をしてこの顔を、神父メティスのこの顔を印象に残してきた。
ここからはただ闇に紛れるのみ。服を脱いで現れた黒いボディースーツの姿になった青年は何のためらいもなく、電車の最後尾から草原の中へ身を躍らせた。
スピードのついた電車から身を投げ出したにもかかわらず、青年の体は着地の衝撃をうまく受け止め、草原まで勾配になっている線路わきをうまく転がってしのぐと、すぐに立ち上がって歩みを始めた。
線路のすぐそばには最近できたばかりの石油コンビナートがそそり立っている。
こういったものができたのもつい最近のことだ。この大地をここまで発展させてきた移民の母星・地球に倣って地下を掘り進めて行ったら、この暁の星にも石油があった。それを同じようにタンクに詰めて精製し、ためておく施設もそこかしこにでき始めた。
いまは中央と呼ばれ、豊かな国土を持つ東マリンゴートを卑下して軍国化を進めているマリンゴート。その国が管理するこの石油コンビナートを爆破してテロ行為を起こすのが彼の役目だった。
コンビナートを目前にし、立ち上がって青年はにやりと笑った。
そして、自分自身の顔を、醜いとしか思えない、ただ憎いだけのその顔をさすりながら、こうつぶやいた。
「この所業、全てあんたのもんだ。汚名を着せられて苦しめよ、神父」
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