第22話 ルルアーナ②

ルルアーナは、驚き部屋の奥を見る。


窓から差し込む月明りが、部屋の中を照らしていた。


窓際の大きなカウチに一人の男性が、ブランデーグラスを持ちながら座っている。


よく見ると、カウチの前のテーブルに、ブランデーが数本置かれているようだった。


ルルアーナは、胸を高鳴らせた。


(まさか、人がいるなんて。どうしよう)


男性はルルアーナを振り向き微笑んだ。30歳くらいに見えるその男性は、複雑な刺繍が入ったジャケットを着こなしている。なぜか仮面はつけておらず、穏やかで優しそうな人物に見えた。


廊下や窓の外では、いまだにルルアーナを探す騒々しい音が聞こえてくる。



「せっかくだ。少し話でもしないか。お嬢さん」




ルルアーナは、頷き男性に近づいていった。






「じゃあ、君はウサギについて知らなかったのかい?仮面舞踏会のウサギは有名だけどね。若い使用人女性には自ら志願する娘もいるらしい。だけど、君は使用人じゃなさそうだね。」


男性は、ギースと名乗った。ルルアーナは、ギースと沢山話をした。仮面をつけて黒髪の鬘を被っているルルアーナについて知る者はいない。父との確執や、母がいない寂しさ、友人に騙された事についてギースに話をした。



ギースは、ブランデーを飲みながらルルアーナの話を熱心に聞き慰めてくれた。ギースの手は大きく温かかった。ルルアーナは、いつしかギースに凭れかかり夢心地になっていた。



「可愛いうさぎ。君は俺が守ってあげるよ。」



ギースは、ルルアーナの事を知らなくても話を聞いてくれる。ルルアーナの成績が良くなくても、王太子と上手く関係を築けなくても、王妃になれそうになくてもギースは私を受け入れてくれる。



ただのルルアーナを認めてくれる。














明け方ギースの手配でルルアーナはギガリア公爵家に帰った。


ギースには、ギガリア公爵家の使用人ルルと名乗った。


それから、侍女と入れ替わり何度もルルアーナは、ギースと逢瀬を重ねた。


学院ではアマリア侯爵令嬢が、忌々しくルルアーナを睨んでくる。仮面舞踏会でウサギになったにも関わらず逃げ切ったルルアーナの事が気に入らないらしい。王太子との関係は相変わらず冷め切っている。婚約者を選ぼうとしない王太子に対してギガリア公爵を中心とした貴族達が婚約者候補選抜会を開くように提案したと聞いた。父のギガリア公爵は忙しくルルアーナを顧みようとしない。ルルアーナも気づいていた。将来の王妃になる為だけに存在するルルアーナに選択する権利はないと。もうギースと会うのを止めないといけない。でも、どうしても彼に会いたかった。会うのを止める事ができなかった。




その日、久しぶりに会ったギースはルルアーナに告げてきた。


「しばらく、仕事で国を離れる事になりそうだ。ルルさえよければ結婚しないか。ついて来て欲しい。」


ギースに寄り添いながらルルアーナは戸惑った。


結婚すれば、ずっと一緒にいられる。だけど父のギガリア公爵が許すはずがない。もし父にギースとの事が知られたらどうなるか分からない。父は残酷な面がある。もし、父に知られたら……


「いけないわ。無理よ。」


ルルアーナは、瞳に涙を溜めてギースから身を離した。


もうやめなければいけない。


「どうして?ルル?必要なら君の家族を説得する。俺には仕事も金もある。君には苦労させないよ。」


ルルアーナは首を振った。


「今まで、楽しかったわ。ありがとう。」


ルルアーナは、引き留めるギースを振り払いギガリア公爵邸へ帰って行った。



ギースと別れてから、ルルアーナは体調を崩した。


体が重く熱っぽい。食欲がなく歩こうとすると立ち眩みがする。


気分が落ち込み学院にも行けない日々が続いた。


食事をとれず、顔色が悪いルルアーナを診察した医師は休養するように伝えてきた。


数日後には王太子婚約者候補選抜会が開かれる。父のギガリア公爵もルルアーナに会いにきた。


父は、どこからかルルアーナの身代わりを手配したらしい。なんとか起き上がり初めて会った娘は、気味が悪い程ルルアーナとそっくりだった。黒髪の鬘をつけて愛おしいギースと会う時の使用人姿のルルが目の前にいた。


ルルアーナ公爵令嬢は王太子の婚約者に選ばれないといけない。だけど、私は選ばれたくない。私が一緒にいたいのはあの方だけだ。もし、この娘が上手くやれば私は解放されるかもしれない。


ギースと別れてから、ずっと暗闇の中にいるような気がしていたルルアーナは、僅かな光をやっと見つけたような気がした。













王太子婚約者候補選抜会で、身代わりの娘が失踪した。ルルアーナは焦っていた。体調は悪いが一時に比べると動けるようになった。あの娘を見つけなければいけない。身代わりの娘がいなければ私はあの方の元へ行けない。

偽物のあの娘は絶対に必要だ。私にとってもギガリア公爵家にとっても‥‥‥





ルルアーナは、いなくなった偽物の娘を必死に探させた。王太子候補選抜会に参加した後、王城からあの娘らしき人物が出た痕跡がないと分かり、ルルアーナは王城へ何度も訪問するようになった。

父のギガリア公爵は、娘が王太子との交流を深めようとしていると、機嫌よく沢山の護衛をルルアーナにつけてくれた。


(早くあの偽物を見つけるの。そして私は解放される。そうすればあの方の元へ‥‥‥)


王城の庭園で見つけた偽物の娘は、美しかった。


調子が悪い自分とは違い、肌艶がよく気力に溢れているように見える。


(どうして?私はこんなに辛いのに、寂しいのに、どうして偽物の貴方が幸せそうなの。変わって。私と‥‥‥)


ギガリア公爵邸に連れ帰った偽物の娘はすぐに逃げ出した。それだけでなくルルアーナが妊娠しているのではないかと言い残した。


父のギガリア公爵に詰め寄られたが、ルルアーナは何の事か分からなかった。王太子と結婚して王妃になったら、すぐに子供ができるだろう。父や家庭教師たちに言われてきたが、ルルアーナは、まだ王太子と結婚していない。あの偽物や父はなにか勘違いしているのだろう。そう思っていた。






父が手配した医師から診察を受けたルルアーナは、驚きの言葉を告げられた。

「妊娠されています。現在6か月になります。」


「どういう事だ!妊娠だと!相手は誰だ!ルルアーナ!」


「そんなはずありません。私はまだ結婚どころか婚約者にだって……」


「ルルアーナ様。どなたか親しい男性がおられるのではないですか?屋敷の使用人に悪戯されたりしていませんか?」


ルルアーナは、意味が分からず否定した。


数日後屋敷から男性使用人が姿を消した。父はルルアーナに失望したらしい。あの後から一度もルルアーナに会おうとしない。


ルルアーナを見かけると、父は忌々しそうに眉間に皺を寄せている。父は何度か医師たちを呼び寄せて、お腹の子供について相談しているらしい。ここまで育ったなら、産まれてから処分すると話をしていた。


このままここにいれば、あの方と私の子供が殺されるかもしれない。


あの方と仲良くする事で、子供が出来るなんて思っていなかった。あの方に選ばれたからこんな事に。あの方に会う事もできない。伝える事もできない。私一人でどうする事もできない。



専属侍女のラニーだけが、ルルアーナの体調を心配してくれた。


しばらくして王太子婚約者の御披露目があると耳にしたルルアーナは、婚約者に選ばれた娘はあの偽物だと感じた。王城で見つけた時、あの娘は質のいいドレスに身を包んでいた。王城で誰かがあの娘を匿っていたのは明らかだ。


私が選ばれるはずだった。


私が王太子妃になるはずだった。


ううん。今からでも遅くない。


また、あの娘と変われたら。


このお腹の子供を救えるかもしれない。


「お願い。ラニー。このままここにいると殺されるかもしれないわ。どうしてもあの娘に合わなければいけないの。助けて。私とこの子を」


ルルアーナは、必死に侍女に縋った。


「お嬢様」


侍女のラニーも、公爵がどうするか感じ取っていたらしい。涙目でルルアーナの両手を持ち頷いた。











そして、ルルアーナはミラージュと再会し王妃に匿われた。お腹の子供も順調に育ってきている。


今日は謁見室で、久しぶりに会うあの方を見つめている。


ルルアーナを見て初めは、あの方は驚いていた。だけどすぐに嬉しそうに微笑みかけてくれた。



(もう大丈夫。きっと。ギースが私達を守ってくれる。あの父から‥‥‥)



ルルアーナは、謁見室に入って来た不機嫌な父を睨みつけた。



(絶対に、私は守ってみせる。たとえ相手が父だったとしても。)


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