第18話 許し
ミラージュは、戸惑いながらベッドへ近づいて行った。
「ローニャ侯爵様。初めまして。」
確かに今、目の前の老侯爵は母の名前を口にした。だが、母からは一度もローニャ侯爵の話を聞いた事がない。跡取りのいないローニャ侯爵家の養子に運よくミラージュは選ばれたはずだった。
ベッドに横たわる老侯爵は、ミラージュに手を伸ばしてきた。その手は欠陥が浮き出て所々茶色い染みでまだら模様になっていた。
「私は、其方の曽祖父になる。」
「そんな、母からは親族はいないと聞かされていました。侯爵様の勘違いでは?」
「私が悪かった。娘が平民と結婚したいと言い出した時に、あの子を追い出してしまった。息子が40歳で、戦争に行き死んだ後、必死に娘を探したが、もうあの子も死んでしまっていた。子供にラナリーンと付けたとしか分からなかった。其方は娘の生き写しだ。私は、やっと見つける事ができた。私を許しておくれ。」
ミラージュは、躊躇いながらも、老侯爵の手をそっと両手で握りしめた。
(母さんは、本当にローニャ侯爵の孫だったのかしら。礼儀作法は祖母から教えられたと母さんは言っていたけど、祖母がローニャ侯爵の娘なら納得ができる話だわ。ううん。もうどっちでもいい。ただ、この方は……)
年老いたローニャ侯爵の顔は青白く、豪華な部屋の中は独特の匂いが充満していた。節々は浮き上がり、同じ人間と思えない。ローニャ侯爵は、全身の肉を削ぎ落し、皮だけで動いているようだった。
「ええ、貴方を許します。私を迎えてくれてありがとうございます。」
ローニャ公爵は、薄く微笑み、左目から一筋の涙を流した。
そのまま、力尽きるように両眼を閉じた。
ミラージュは、ローニャ侯爵の手を温めるようにしばらく握っていた。
帰り支度をしたミラージュに執事が声をかけてきた。
「ありがとうございます。ミラージュ様。やっと主は安らかに眠る事ができます。」
「ええ、でも、本当に私で良かったのかしら。母からは、貴族の血筋が流れていると聞いた事がないの。間違いかもしれないわ。」
「主は、食事が満足に取れなくなっても後継者を見つけるまで死ねないと仰っていました。一時の激情で何よりも大切な人を失ってしまったと、長年後悔されていたのです。ミラージュ様のお陰で、主は救われました。貴方こそローニャ侯爵家に選ばれた後継者です。」
安堵した表情を浮かべる執事に見送られながら、数日滞在したローニャ侯爵家をミラージュは後にした。
冷たく強い風が、木々を揺らし枯葉が舞い上がる。
茶色や朱色の無数の葉は、風の渦に翻弄されながら、一斉に同じ方向へ飛んでいき、茂みに集まり、初めから自分たちの居場所だったかのように、そこに留まる。
(さよなら。曽爺様。私の居場所は‥‥‥)
ミラージュは、馬車へ乗り込み、王城へ帰って行った。
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