まどろみの娘

綿引つぐみ

まどろみの娘

 東の畑の準備。明日は芥子菜を蒔く。秋はまだやわらかい。

 最近、一日に二度の眠りが訪れる。そのサイクルが自然になる。

 子供のころ一緒に暮らした祖母もそうだった。これはわたしたち一族の身体的慣習。歳を取るとともに眠る時間が増えてゆく。四十に近くなったわたしの眠りは昼四時間夜六時間。これが最も適切なサイクル。

 昼の睡魔は強力だ。抗い難い魅力がある。

 わたしは睡眠を楽しむために勤めを辞めた。わたしに合ったわたしの日々。

 なんて心地良いのだろう。

 ずれた社会の時間と私の時間。あちら側で用事があるときは大きな河を渡るくらいの感覚がある。だんだんと速くなる流れに掉さして、対岸へと舟を漕いで。

 速い流れに合わせるのはもうかなり辛い。

 そして河の幅は時とともに広がっている。


 目覚めると星。眠る。目覚めると鳥たち。眠る。

 まどろみの時間の中で、しばらくするとわたしは妊娠した。

 眠りと眠りの間に桜が散り、マリーゴールドが咲き乱れ。

「ママ。ねえママ。──お母さんまた寝てる。いいよ。はやくいこ」

 娘が遊びにゆく気配がする。最近辛いものが食べられるようになった。夏の陽射しを浴びたトマトと胡瓜のサンドイッチを持って。春に収穫した辛子の種はマスタードになってサンドイッチに挟まった。

 たくさんいる男の子たちの、今日の相手は誰だろう。


 東の畑の隅っこには一抱えほどの大きな岩がある。眠り岩。

 この畑には眠りの砂がたくさん混じっているの。あの岩が砕けたものだよ。ゆめの中で祖母が少女のわたしに、彼女の母から伝え聞いた話をする。

 そのころの祖母は昼に六時間夜に九時間、ひと日の三分の二は瞼を閉じていた。


 畑に出て岩を撫でる。触れるとたしかに岩はもろい。

 このおとぎ話はあの子にも伝わるだろうか。

 彼女の身のうちにもこの砂が宿るとしたら。

 その時はわたしのこのしあわせを、あの子もしあわせと感じてくれればいいんだけど。

 サンドイッチの残りの胡瓜にマスタードをつけて齧ってみる。慣れ親しんだわが家の畑の味がした。


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まどろみの娘 綿引つぐみ @nami

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