願い

 凛音にすべてを打ち明けた。美乃梨が話している間、凛音は何も言わずに静かに話を聞いてくれた。話し終わった後、凛音は美乃梨を優しく、でも力強く抱きしめてくれた。ずっと隣で美乃梨を笑顔にする、そう言いながら。


 セーターの香りが肌寒さを教えてくれる秋の1日。凛音と美乃梨は医者に外出許可を貰ってコスモス畑に来ていた。誕生日の約束の埋め合わせらしい。

 秋の花が目の前に広がり、美乃梨の目にはそれが天国に見えた。天国には行ったことないけど、実際もこんな感じなのかな。

 さっきからすれ違う人が美乃梨のことを、まるで悪魔を見たような目で見てくる。そりゃそうだよね。痩せこけて、顔に木の模様がある女が車椅子に乗ってるんだもん。

「もう帰ろう。凛音まで変な目で見られちゃう。」

「俺さ、美乃梨はこれから綺麗になっていくんだと思ってる。ここにある花のように誰かの心の支えになれるような素敵な花になるのかなって。だから今の美乃梨の姿を見て、変な目で見る奴は俺が…」

「俺が…?」

「足ひっかけて転げさせてやる」

「え?何それ!ちっさ!」

 凛音の小さないたずら心に、美乃梨は久しぶりに声を出して笑った。凛音も一緒になって爆笑する。こんなに楽しいのなんて久しぶりだ。

「だから、今日は俺だけ見て楽しんで。」

「ありがとう。」

 美乃梨が何も飲まず食わずの生活をしていることに対して凛音は、「いっぱい食べる君が好き」とどこかで聞いたことがあるようなセリフを言った。

 確かにこの生活を続けるようになって美乃梨が満足するだけで、みんなで笑うことがなかった。凛音はそれに気付かせてくれた。

 今日はたくさん食べて凛音に元気な姿を見せよう。クレープを食べて、ハンバーガー専門店で新作のシェイクを飲んで、たこ焼きを食べた。今日は久しぶりがたくさんだ。病気のことなんて忘れるくらい楽しかった。

「今日は、他に行きたいことがあるんだ。」

 凛音は、見覚えのある街に美乃梨を連れてきた。

「komori?」

「そう、明花音さんもずっと美乃梨を待ってた。今日の夕飯は3人で食べよう。」

 komoriに着くと、お客さんは1人もいない。閉まっているみたいだ。

「あれ、komori今日お休み?」

 凛音は定休日ができたことを美乃梨に話した。

「ごめんね。迷惑かけて。」

「ううん。俺も明花音さんも、美乃梨のこと迷惑って思ったこと一度もない。ずっと美乃梨に会える日を楽しみにしてた。」

 凛音に車椅子を押されながら美乃梨はkomoriに入った。

 パンッ!一発だけクラッカーの破裂音が聞こえて同時に火薬の香りがする。

「やっぱり、私だけじゃ迫力がないじゃない!」明花音が騒いでる声が聞こえる。

「タイミングばっちりでしたよ、店長。」

「どこが!凛音君も今からクラッカー鳴らしてよ!」

「今からってムードないじゃないですか!」

「ふふ、ははは!2人とも、私のこと忘れてません?」

 凛音と明花音さんが同時にこちらを見る。それもまた面白くて美乃梨は笑う。今日は笑ってばかりだな。

「ごめんごめん、今日は美乃梨ちゃんの誕生日を祝おうと思って凛音君と一緒にケーキ焼いて待ってたんだ!」

「前回よりも美味しくできたんだよ。」

 凛音はケーキと一緒にシロクマのぬいぐるみを持ってきた。ぬいぐるみの手には四角い小さな箱が抱えられている。

「これ、遅くなっちゃったけど誕生日プレゼント。」

 美乃梨はシロクマのぬいぐるみが抱いている箱を開けた。中には雪の形をしたネックレスがあった。真ん中の部分が小刻みに揺れていて、水と太陽で輝く結晶みたいだった。まだ世界が衣替えをしている途中の季節に美乃梨は、もう実際にこの目で見ることができないかもしれない雪を見た。

「ありがとう。」心の底からありがとう。

 いつか同じようにパーティーを開いてもらった時のように、3人は学生のように夜通しはしゃいだ。病院に戻らないといけないのは分かってる。あとで医者に怒られるんだろうな。とは思いつつ、お母さんとお父さんに連絡したら「無理しない程度に、思う存分はしゃいでおいで」と連絡が来た。2人とも心配してくれているけど美乃梨の好きなようにやらせてくれている。

「美乃梨、大好き。」

 凛音が恥じらいもなく美乃梨に囁いた。明花音が微笑みながらこちらを見ている。恥ずかしいけど、これ以上ないくらい幸せだった。


 ねぇ凛音、私があなたの心の支えになれるなら、私は綺麗な花を咲かせたい。


「よしっ!今日はいっぱい食べていっぱい飲むぞ!」

「美乃梨ちゃん食い意地張りすぎー。」

「お昼もたくさん食べてたよね。」

「デブって言うな!」

「誰もそんなこと言ってねぇよ。」

 komoriで開催されるパーティーは毎回、まるで森の動物みんなが集まって合唱しているような楽しくて幸せな空間になる。

 こんな時間がいつまでも続けばいいとはもう願わない。どうせ続かないんだ。せめて私が木になるその瞬間まで、大好きな人たちと笑っていたい。

 どうか、この願いだけは叶いますように。

 


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