発覚

「美乃梨さん、これはほくろの成分ではありませんでした。これはある病気による斑点です。」

 komoriで病院に行くと話した次の日、美乃梨は内科に来ていた。最初、皮膚科に行ったのだが、皮膚科の先生に内科を紹介されて今に至る。不安を抱えながら内科に行った美乃梨は、深刻な顔をした先生と診察室で向かい合っていた。

「美乃梨さんは皮膚樹木化症候群です。」先生は美乃梨に病気の詳細を話す。

 先生から説明を受けた内容はあまりにも信じがたく、あまりにも突然の出来事だった。意外にも心は冷静で、取り乱すなんてこともなく先生の言葉もすべて正確に頭に入ってきた。多分それは今までに聞いたことがない病気で、現実味がないからだと思う。帰ったら病気についてまとめてみよう。


 美乃梨は家に着いて早速病気について先生から言われたことと、ネットでの情報をノートにまとめてみた。

・原因不明の病

・皮膚が徐々に樹木化していく

・症状の現れや進行速度は個人差がある

・初期症状として、身体のいたるところにほくろのような黒い斑点が現れる

・全体が樹木化すると足から根が生えてくる

・最終的には一本の植物になるが、何の種類の植物になるかは人によって異なる

・治療法はなく、今のところ対処法は薬での延命治療のみ

・ただし、あくまで樹木化なので水分を摂取せず、日光に当たらなければ進行を遅らせることはできる


「ふぅ…。こう見てもやっぱり実感湧かないな。でも実際にほくろもあるし…。」

 美乃梨はふと腕を見た。そのとき美乃梨は驚愕した。昨日までただのほくろに見えていたものが、少し大きくなって茶色いかさぶたみたいになっていた。

 美乃梨はここでようやく危機感を感じた。

「ほんとに病気なんだ…。」手足が震えて呼吸も浅くなり、頭の血がすべて抜かれていくような感覚に陥った。病気についてまとめた紙は、美乃梨の目には真っ黒なブラックホールの入り口に見えた。このまま、空間という概念すらない無の世界に吸い込まれそうな、そんな予感がした。

 怖い…怖い…。死ぬことも、これから醜い姿になっていくことも、何もかもが怖い。なんで急に?なんで私が?

 ドンッ!

 美乃梨は頭で整理することができない情報と疑問と恐怖で意識を失った。


「…ん。ここは…?」

 美乃梨が目を覚ますと、真っ白な視界が広がった。鼻腔には独特な薬品の香りが漂う。

「美乃梨!美乃梨!わかる?」

 真っ白な視界の端からお母さんの顔がのぞく。

「…お母さん。」

 お母さんの目は真っ赤になっている。頬には涙のあとがくっきりついていて、どれくらい泣いたのかが一目瞭然だった。

「美乃梨…。よかった…。先生呼んでくるわね。なんかあったらお父さんに言ってね。」

 お母さんの横を見ると、震えた唇で無理して笑顔をつくるお父さんがいた。お母さんにもお父さんにもこんな悲しい顔させて、情けないな。

「先生から聞いたよ。美乃梨の病気のこと。」

 お父さんが静かに、独り言のように呟いた。

「ごめんね、お母さんとお父さんが一生懸命育ててくれたのに変な病気にかかっちゃって。迷惑かけてごめん。」

 美乃梨はベッドの上でさんかく座りをして膝に顔をうずめた。悔しくて、情けなくて、そんな自分に嫌気がさした。

「俺たちは今まで美乃梨のこと一生懸命育ててきた。美乃梨が怪我をしたとき、熱を出したとき、はじめて保育園に預けたときなんてなかなか泣き止まんかったな。他にも大変なことはたくさんあった。だがな、迷惑なんて思ったことは一度もないよ。俺をお母さんは、どんな時でも美乃梨の傍にいる。どんな時でもな。」

 お父さんは美乃梨を力強く抱きしめた。暖かくて懐かしくて、美乃梨の目から一気に涙が溢れてくる。これから待ち受ける辛い療養生活や長く生きられない不安を感じながら、この瞬間、死の恐怖は感じなかった。お父さんの腕の中が何よりも心地よかったから。こんなにも暖かい気持ちを私は死ぬまで、死んでも絶対に忘れない。


 美乃梨は精神的なストレスで一時的な呼吸困難を起こしただけだったので、今回は5日間の入院で家に帰れることになった。お母さんとお父さんが迎えに来てくれて、車の中でカラオケ大会が繰り広げられた。最高に盛り上がったこの時間は思い出の一ページに加わった。

「ただいまー!」

「おかえり、美乃梨。」

「おかえり」

 美乃梨の後ろから、大好きなお母さんとお父さんの声が聞こえる。たった5日間帰れなかっただけなのに、家の香りがすごく懐かしく感じる。無事に帰ってこれた。

「これからkomoriに行くの?」

「帰りは俺が迎えに行こうか?」

 お母さんとお父さんが心配そうに尋ねてくる。

「うん。心配しなくても大丈夫だよ。まだ身体に変化はないし、この通り体調も好調だし。」

 美乃梨は元気に飛び跳ねて見せた。

「お母さんもお父さんも心配してくれてありがとう。何かあったらすぐ電話かけるから安心して。」

 そう言って美乃梨は、家を出た。


「あれ?komoriって定休日はないはずなんだけど…。」

 komoriに着いた美乃梨は定休日の札がぶら下がったお店の入り口に立っていた。

 ガチャ……。

 引き戸を引くと、扉は簡単に開いた。

「開いてる。明花音さん、凛音?いるの?」

 パンッ!パパンッ!

 突如大きな音と共に火薬の香りが漂う。

「退院おめでとー!」「おめでとー!」

 暗闇に電気が付き、クラッカーを持った明花音と凛音が顔を出した。

「いやー、貧血で5日間入院するなんてびっくりしたよ。」

「寂しかったよ~美乃梨ちゃ~ん!」

 お母さんとお父さんが、凛音と明花音には貧血で入院したって伝えていてくれた。

「心配かけてごめんなさい。でももう元気だから安心して!お出迎えありがとう。」

 美乃梨がお礼を言うと、2人とも何か企んでるような笑みを浮かべた。

「サプライズはそれだけじゃないんだなぁ~。凛音、あれ持ってきてあげて。」

 そういって凛音は奥のキッチンに入っていった。少しして奥から戻ってきた凛音が手に持っているのは…。

「ケーキ…?」

「そう!凛音が初めて作ったホールケーキだよ。この5日間で修行して今日は朝から美乃梨ちゃんの為に作ってたのよ。」

「わぁ~!美味しそう!綺麗!凛音すごく上手!」

 もともと料理ができない凛音が5日間という短い時間で作り上げたホールケーキはお世辞じゃなく、とても可愛い仕上がりだった。

 凛音は美乃梨に褒められて嬉しそうに顔を赤めた。

「喜んでくれてよかった。今日は美乃梨の復活祝いだから盛大にお祝いしよう。」

 たった5日間の入院だったけど、凛音と明花音さんにとっては寂しさが募る5日間だったらしい。

 あと何回こんなに楽しい時間を過ごせるかわからない不安から、美乃梨の頬に一筋の涙が零れた。美乃梨は2人にばれないように、涙を袖でそっと拭った。

 2人とのこの時間はかけがえのない時間になった。このまま病気がなくなってしまえばいいのに。そんな思いも虚しく、美乃梨の中の爆弾は今も着々と大きくなっていく。


 この2年間、美乃梨は苦しんだ。たくさん泣いて、叫んで、苦悩の中をもがき続けたんだ。

 この病気が美しいものだと知る日まで。

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