暗闇の中の魔鏡

蔵無

 魔王と勇者

 その国には、八方型の巨大な遺跡があった。


 遺跡に関する文献はどこにもなく、いかなる目的で建てたのか、誰にもわからなかった。わかっているのは、遥か古代の魔術師が建造したということであった。


 また、一時期、魔王と呼ばれる者が、この遺跡を根城にし、近くの森に棲んでいる魔物たちを操って、この国を脅かしていたので、王政府から遣わされた勇者が退治したという逸話があった。


 現在でも、時折、魔物が遺跡の周囲を徘徊しており、一般の人はうかつに入ることができなかった。


 一方、王都にある街、フリート街では、幾人かの若者が王宮の兵士として取り立てられることになり、パブではささやかな祝賀会が開かれていた。


 若者たちは、王宮で開かれた武闘大会で好成績を残したので、兵士になることができたのであった。


 比較的広いはずの店内は、多くの若者たちでひしめき合っていた。話題の中心になっていたのは、フリート街一番の剣士と名高いバーラン。


 金色の明るい髪に、さわやかな笑みを浮かべた彼は、いつもみんなの中心にいた。彼は、武闘大会でも優勝となり、一年後には、隊長になることを約束されていた。


 店内で、彼が多くの仲間に囲まれて大騒ぎしている中、店の隅では黒い髪をした一人の若者がいた。


 彼の名は、ハドナーと言い、この国にある魔術学院の優秀な研究生であり、そして、バーランの幼馴染であった。彼は、時折バーランの方を見ては、静かに酒を飲んでいた。


 すると、バーランがハドナーに声をかけてきた。


 「ハドナーどうしたんだよ、しけた面して。」


 相変わらず屈託のない笑みを浮かべたバーランに対し、ハドナーは曖昧な笑みを浮かべた。


 「別に何でもないよ、ただ、君がずいぶんえらくなっちゃって…」


 「何だ、そんなこと気にすんなよ、いつも通り、おれお前でさ…お前だって魔術学院で首席になったんだろ。」


 「うん、まあね…」


 「だったらよ、あと、一年くらいすれば、おれは隊長になる、その時になったら、おれの部隊に入れよ、魔術の秀才であるお前が仲間に加われば、さらに上を目指せる。」


 そう言って、バーランはハドナーの前に座ると、彼のカップに酒を注いだ。


 「…うん、ありがとう。」


 「ちょっと、バーラン?」


 薄茶色の髪をボブカットにした女の子が、バーランを睨みつけてきた。


 「あんたね、自分の出世にハドナーを利用するんじゃないわよ。」


 「利用するとは、人聞きが悪いぜ、ウェンディ。おれはみんなと一緒に勇者になりたいだけなんだ。」


 「なんでもいいけれども、そんなことにハドナーを巻き込まないでよね、魔法だったらあんただって使えるでしょ。」


 「そうだったな、でも、専門家がいると、心強いんだけれどもな。」


 バーランはそう言うと、仲間の一人が彼を呼んでいたので、「じゃあな」と言って、軽くウインクをしながら仲間達の元に向かった。


 ウェンディは、バーランの入れ替わりにハドナーの前に座ると、ハドナーに優しく語りかけた。


 「ハドナー、あいつのことなんて気にすることないわよ。あなたはあなたで、ちゃんとやっているんだから。」


 「ありがとう、ウェンディ。でも、最近、オークやゴブリンとの抗争が激しくなってきているだろう、王宮から、魔術師にも軍隊に入るように勧誘が来るし、このまま僕だけ、研究ばかりしているのもどうかと。」


 「何言っているの、ゴブリンやオークなんて、こっちが領分を守れば、そんなに恐れることはないって、あなたいつも言っているじゃない。王宮の人間は神経を尖らせすぎなのよ、国民に亜人種への恐怖を煽っているみたい。そんな人たちを殺して何が勇者よ。」


 ウェンディはそう言うと、周囲を見回した。


 「あたしに言わせればね、勇者なんて、ただの暴れん坊よ。」


 「いや、それは言い過ぎだよ。勇者は蛮勇だけじゃない。何かを成し遂げた人のことだよ。」


 ハドナーはたしなめるように言った。


 「そうだぜ、ウェンディ!おれが勇者になったら、結婚しようぜ!」


 二人の会話を耳ざとく聞きつけたバーランが言った。


 「冗談じゃないわよ!誰があんたなんかと!」


 ウェンディは顔を真っ赤にして怒鳴ると、周囲はどっと湧いて、2人をはやしたてた。


 「ウェンディ。」


 ハドナーは、ウェンディにだけ聞こえる声で呼んだ。


 「実は近いうち、僕は遺跡の調査に行くことになったんだ。」


 「遺跡って、あの森にある古い建物のこと?」


 「うん、長らく、放置されていたけれども、魔術学院の方で調査することになったから志願したんだ。」


 「危険よ、あそこには、魔物がいっぱい出てくるんでしょ?」


 「大丈夫だよ、僕だってやればできるさ、それにもし、無事に終わったら…」


 「え?」


 「…何でもない。近いうち出発するから。」


 そう言うと、ハドナーは酒を飲み干して、店を出た。


 数日後、魔術学院の研究生たちは遺跡の調査に出発したが、彼らは突如として消息を絶ってしまった。


 そして、それからしばらく経った頃、王国は、再び現れた「魔王」と呼ばれる存在に脅かされていた。


 魔王は魔術に長けており、その力で森に棲んでいる多くの魔物達を従えていった。そして、魔物だけでなく、ゴブリンやオークなどの亜人達や、はぐれ者の魔術師達が魔王の軍勢に加わってきた。


 王政府に長らく脅かされてきた彼らは、魔王と組むことで、おのれの領分が守れると思ったのだ。


 王政府は、魔王を退治するために軍を派遣したが、魔王の魔力によって強化された魔物達になすすべもなかった。


 だが、王政府は、魔術師や寺院から派遣された僧侶等を交えた部隊編成「パーティ」を築くことによって、戦術的に魔物を退治する手段を考案していった。


 バーランは、当初、一年後に隊長となる予定だったが、彼の能力を見込まれて、半年でパーティの部隊長となった。

 

 バーランは、部隊長となってから、奇抜な作戦と優れた判断力で、戦果を順調にあげていった。魔物達を次々と退治し、近年はドラゴンまで倒したとの報告があった。


 ある日、王国の端にあるゴブリンの集落で、子供達が行方不明になり、大人たちが躍起になって探していると、家の壁にゴブリンの血で書かれた文字があった。それには場所の名前だけ書かれていた。


 ゴブリン達は大人達をかき集めて、血文字が記された場所まで行くと、赤いマントをまとった金髪の若者が居た。


 「やあ、来てくれたんだね。」


 その男、バーランは朗らかに言った。


 「貴様か!あのメッセージを書いたのは!」


 ゴブリンの頭目が吠えた。


 「ああ、そうだよ、子供たちのためにわざわざ来てくれたんだね。」


 バーランはにこやかな表情で言った。

 

 「ふざけるな!子供たちをどこにやった!」


 「答える必要はないよ、君たちはここで死ぬんだ。」


 そう言ってバーランは、右手をあげると、後ろの林の中で息をひそめていた弓兵達が現れ、一斉に矢を放った。


 ゴブリンの戦士達は、出鼻をくじかれてしまい、大半の者が矢に討たれてしまった。しかし、ゴブリンの頭目と経験豊かな戦士達は、盾で矢を防ぎ、バーランに向かっていった。


 バーランのパーティの一員である魔術師は、火炎魔法使って、ゴブリン達の目を晦ますと、バーランは剣を抜き、武装したパーティの戦士たちを呼び寄せた。戦士たちは、動きの鈍くなったゴブリン達を片っ端から切り捨てていった。


 ゴブリンの頭目だけは、最後まで生き残り、バーランと戦っていた。


 「貴様、初めから、我々をおびき出すのが目的で子供たちを…」


 ゴブリンの頭目がうなるように言った。


 「そう、俺たちだって、無垢な子供達を好き好んで殺したくはないよ。でも、手ごわい君たちを手っ取り早く退治するには、これしかないと思ってね。」


 バーランはけろりとした表情で言うと、ゴブリンの頭目は目を見開いた。


 「殺しただと?貴様、子供たちを殺したというのか!」


 「魔物にも、親子の情があって助かったよ。おかげで、事が楽になった。」


 「我々は魔物ではない!答えろ、子供たちをどうした?」


 ゴブリンの頭目の怒鳴り声を聞くと、バーランはめんどくさそうに部下の兵士を手招きして、袋にいれた何かを持ってこさせた。


 兵士が袋の中身を地面にぶちまけると、ゴブリンの子供たちの生首が、ごろりと転がった。


 「貴様ァ!よくも!」


 バーランの凶行に激怒したゴブリンの頭目は、彼に剣を振りかぶって突撃していったが、バーランは、彼をあっさりと返り討ちにしてしまう。


 「これで、ゴブリン共の武力は半減した。」


 バーランはこともなげに言うと、自分のパーティたちに命令を下した。


 「さ、ゴブリンの集落を焼き払うのだ。」


 「しかし、部隊長殿、ゴブリン達は、もう戦う力がないんじゃ…」


 仲間の一人がそういうと、バーランはその兵士に笑いかけて言った。


 「彼らが、魔王と組んで、どれだけ我々の同胞を殺したか忘れたのかい?いい魔物は死んだ魔物だけだよ。」


 そう言われて、兵士は押し黙ってしまった。


 「バーラン様のお友達は、行方をくらましてしまっていてな、噂によると、魔王の仕業と言われているんだ。」


 魔術師が兵士に語り掛けた。


 「非常時には残忍さや冷酷さも必要だ。躊躇すれば、我々の家族や仲間の命も危うくなるということだ。」


 「そうだ、バーラン様は正しい!」


 バーランの崇拝者となった他の兵士たちも同意した。


 数日後、バーランの部隊はゴブリンの集落を完全に焼き払い、同じやり方で、オークやトロールの集落を陥落させていった。


 いつしか王都では、バーランを勇者と称えるようになったが、中には、彼のことを快く思わない者もおり、又、バーランのやり方に異議を唱えるものも現れ始めた。


 バーランの働きに満足していた宮廷の重臣や軍人たちは、彼の悪口を言うものに厳しい罰を下した。


 ある日、バーランは、魔王に与するはぐれ魔術師が守っている砦を、ゲームでもするかのように陥落させた。


 砦を守護していた魔術師は、バーランに追い詰められると、電撃の魔術で、彼を攻撃した。しかし、バーランは護法魔法で電撃を防ぐと、腰に隠していた小型の銃で魔術師を撃った。


 「…卑怯な、銃を使うとは、それでも剣士か!」


 魔術師は撃たれた痛みで顔をしかめると、バーランをなじった。


 「合理的と言ってほしいね。これさえあれば、力の弱い人も兵士になれる。」


 「外道め、そんなものを使って、さらに戦争を拡大させる気か…」


 「そんなことより、魔王の居城は知らないかな?」


 「黙れ!殺されかけても喋らぬわ!」


 「じゃあ、君に用はないね。」


 そう言って、バーランは剣を振り下ろそうとすると、「やめろ!」という声があたりに響き渡り、黒いローブを纏い、仮面をつけた人物の幻像が現れた。


 「魔王様、申し訳ありません。」


 魔術師が魔王の幻像に詫びると、魔王は「よい」と言って、バーランの方に仮面をつけた顔を向けた。


 「貴様が勇者だな。」


 「お前が魔王か。」


 バーランも不敵な笑みを浮かべて、魔王の幻像と向き合った。


 「勇者よ、貴様を今すぐにくびり殺してやりたいところだが、まずは王政府からだ。国王に伝えよ!西の荒野で決戦だとな!」


 魔王の幻像はそう言って消えていった。その際、転移魔術で魔術師を連れ去ったのか、部屋にはバーランただ一人だけいた。


 バーランは、魔王からの伝言を国王に伝えると、西の荒野の近くに、森があることを思い出した。そして、森の中には遺跡があった。


 バーランは、国王に遺跡の探索の許可を貰うと、自身のパーティを従えて森に向かった。


 やがて、西の荒野では、ドラゴンやグリフォン、リザードマンやオークなど、多くの魔物の軍勢が、王政府軍と激しい戦いを繰り広げていた。


 一方、遺跡がある森の中は静まり返っていた。普段は、多くの魔物達でひしめき合っていたはずであったが、魔物達は魔王の手下となっていたため、大半が決戦場所に赴いたようであった。


 バーランは、これほどの戦いであれば、魔王の居城は手薄になると思っていた。そして、魔王の居城はあの遺跡ではないのかと睨んだのだ。


 以前にも遺跡は魔王の居城となっていたため、王宮では、今回もまた根城にされたのではないかと噂されていたが、多数の魔物がいる森のせいで迂闊に入り込めなかった。


 バーランは、部下たちに命じて森を焼き払い、遺跡の内部に入っていった。


 遺跡の内部は、入り組んだ形状となっており、一歩間違えば、命取りとなるようなトラップがあるという噂があったが、バーラン達はほぼ難なく進んでいった。


 「完全に魔物はいないようですね。」


 パーティの一員である戦士がつぶやいた。


 「まさか、本当は魔王の居城ではないのでは?」


 弓兵が不安そうに言った。


 「いや、遺跡の奥から魔法の力を感知した。何者かがこの遺跡にいることは確かだ。」


  魔術師が言った。


  一同は、遺跡の内部をどんどん進んでいくと、広い部屋に出くわした。四方にはバーラン達が通ってきた以外の出入口がいくつもあった。


 「気を付けてください、強い魔法力を感知しました。」


 魔術師が言うと、全ての出入り口が鉄格子によって塞がれ、金属を引きちぎるような雄叫びとともにドラゴンが現れた。魔王の魔法によって召喚されたのだ。


「全員、武器を持て!弓兵と魔術師はドラゴンの顔を狙え。残りは腹部を狙うんだ。」


 バーランは素早く指示をだすと、剣を抜いた。


 弓兵と魔術師がドラゴンの顔を遠方から狙うと、バーラン達はドラゴンの腹部に攻撃を仕掛けたが、ドラゴンは尻尾で応戦し、容易に近づけさせなかった。


 そのうえ、強力な炎を吐き出して、何人か死傷者が出てしまった。


 魔術師は護法の術で、バーランを守りながら、周囲を見渡していた。


 「バーラン様、あそこの出入り口から撤退しましょう。」


 魔術師が近くにある出入り口を指さした。


 「鉄格子を壊せるか?」


 「ええ。」


 そう言って、魔術師は呪文を唱えて、強力な爆炎魔法で鉄格子を破壊した。バーランが間髪入れずに中に入ると、魔術師も続けて入ろうとした。


 しかし、バーランは、突如、魔術師を蹴とばしてきたので、彼はドラゴンの近くに転がってしまった。


 魔術師がふと気が付くと、ドラゴンは魔術師に襲い掛かってきた。彼がドラゴンに襲われている隙に、バーランは遺跡の奥の方まで進んでいった。


 バーランは大急ぎで通路を進んでいくと、部屋を見つけた。扉を開けて、覗いてみると、一人の女性が清潔なベットの上に寝かされていた。


 その女性をよく見てみると、ウェンディであることがわかった。


 「ウェンディ!やはりここにいたのか!」


 バーランはウェンディをゆすったが、彼女は目覚めなかった。すると、部屋の中に声が響いた。


 「勇者よ、その娘は眠りについているだけだ。」


 声を聞いて、バーランはハッとなった。以前聞いた、あの魔王の声である。


 「こっちだ勇者よ。貴様の血で、彼女を汚したくはない。」


 糸のように細長い煙のようなものがバーランを導くと、大広間のような場所に出てきた。広間の奥には、玉座のようなものがあり、そこに黒いフード付きのローブを纏った一人の男がいた。


 「お前が魔王か。」


 バーランが尋ねると、魔王はフードに覆われた頭をあげた。かつて幻影となってバーランの元に表れた時と同じく、仮面をつけていた。


 「勇者よ、ここに来るまで、よくもまあ、恥知らずな真似をしてきたものだな。」


 「何を言っているんだい、戦いに犠牲はつきものだよ。」


 魔王の軽蔑しきった言葉に、バーランはけろりとした表情で返した。


 「そんなことより、なんでウェンディをさらった。返答次第によっては、ただではすまないよ。」

 

 今までとは打って変わって、バーランは凄味のある表情で言った。


 「私は、彼女を保護しただけだ。魔物と人間との間で行われる戦争から、守るためにな。」


 「保護したぁ?」


 バーランはそういうと、急にゲラゲラ笑い出した。


 「そんな必要はないよ、戦争はもうじき終わる。君の死という形でね。そして、ウェンディは俺の花嫁になるんだ。」


 「下種が…今すぐに貴様を殺してやる。」


 魔王は玉座から立ち上がると、杖を構えた。


 「フン、妬いているのか、どうやら、ずいぶんとウェンディを気に入ったようだな。」


 バーランはそう言って剣を抜くと、魔王に挑みかかった。


 魔王は、魔法でいくつもの炎の矢を創りだして発射した。バーランは護法の魔術を使って耐え抜くと、魔王の懐まで接近して、剣を振った。


 しかし、バーランの剣は空を切っただけで、魔王はどこにもいなかった。すると、背後から電撃の魔術が襲い掛かった。


 護法の魔術のおかげで、どうにか耐えしのいだが、魔王は転移魔術を使って、四方から電撃をバーランに浴びせかけた。


 バーランはたまらず撤退し、広間から逃げ出した。


 魔王はバーランを探すために、追跡魔法でバーランの位置を探り、魔力で浮遊しながら遺跡の中を移動していった。


 すると、ウェンディを寝かせていた部屋に、バーランがいることに気づき、大急ぎでウェンディの寝室に向かった。すると、ベッドに寝ていたウェンディがどこにもいなかった。


 魔王は、大急ぎでウェンディを探すと、先ほどの大広間にいることに気づいた。


 魔王は大広間に向かうと、ウェンディが床に倒れていた。魔王は彼女のもとに向かうと、何者かに後ろから刺されてしまう。


 刺した張本人は、バーランだった。


 「貴様…」


 魔王は魔術を使おうとしたが、力が入らず、そのまま倒れてしまった。その時、魔王の仮面が外れた。


 「おまえは!」


 魔王の素顔を見たバーランは、驚きの声をあげた。それは、遺跡の調査に行ったきり、行方不明になったハドナーであった。


 「ハドナー!お前だったのか!」


 「あの時…遺跡の調査に向かった時、すべてが変わった。」


 ハドナーは静かに語りだした。


 「僕は、遺跡の地下に魔力の根源のようなものがあるとわかり、仲間たちとともに、地下室に向かった。そこにあった魔力の根源に近づいた僕は、この遺跡の長となり、魔物たちを束ねる存在、魔王となったのだ。」


 ハドナーは、のどからひゅうひゅうとした音をだしながら、ゆっくりと喋った。


 「魔王となった僕は、以前から抱いていた不満が爆発したんだ。魔術を蔑んでいるくせに、魔術師を軍事利用する王政府、亜人たちを差別するこの社会、そして…」


 そこで、ハドナーはバーランの方を睨みつけた。


 「バーラン…僕は、お前の事が大っ嫌いだった!いつもいつも、図々しく出しゃばって勝手にリーダー面して、そのうえ、剣術だけじゃなくて、魔術まで手を出してきた。魔術だけは…魔術だけが僕のすべてだった。あれまで、お前に一番になられてたまるものか!そして…ウェンディまで…」


 ハドナーが吐きかける言葉を、バーランは仮面のように表情を固くして聞いていた。


 「なんで、お前は、僕の大事なものを奪っていくんだ、魔術もウェンディも…。」


 そこまで言うと、ハドナーは力尽きた。すると、眠っていたウェンディが目を覚ました。


 「ウェンディ!無事だったかい!」


 バーランは快活な表情になってウェンディに駆け寄ろうとしたが、ウェンディは、倒れているハドナーの方に向かって行った。


 「…ハドナー、どうしたの?」


 「ウェンディ、魔王の正体はハドナーだったんだ。そしてキミを拉致したのも…」


 「ちがうわよ!」


 バーランの言葉をはじくようにウェンディが言った。


 「ハドナーは、あたしをここで保護してくれただけよ!もうじき戦争が起きるからって言って…」


 そこまで言うと、ウェンディはハドナーの息がないことに気づき、涙を流して泣いた。


 「どうして、あたしは、いつも一生懸命で誠実だったあなたが好きだったのに…目を覚ましてハドナー!」


 号泣するウェンディを呆けたように見ていたバーランだったが、彼女をなだめるためにに近づこうとした。すると、ウェンディは振り返ってバーランを睨みつけた。


 「あんたが、あんたが殺したのね!この人殺し!」


 「ウェンディ話を聞いてくれ、おれは…」

 

 子供をなだめるような口調で、バーランが近づくと、ウェンディはヒステリックになってわめきだした。


 「近づかないでよ!あんたなんか大っ嫌い!いつもいつも無神経で、自分本位で、卑怯なことばかりやって…武闘大会だってそうよ!あんた卑怯な手段で優勝したんでしょ!あたしにはわかっているんだからね!!」


 ウェンディの言葉にバーランは再び仮面のような無表情になった。


 「ああ、ハドナー…、やっぱり、あの時止めるべきだった、あの時、あなたが遺跡の調査に行くのを…」

 

 命のなくしたハドナーの体に縋りついてすすり泣くウェンディの体を、バーランの凶刃が貫いた。

  

 我に返ったバーランの近くには、二人の幼馴染の死体があった。


 バーランは呆然となって、頭の中で考えを巡らせていた。


 ―どこで自分は間違えたのだ。


 ―自分は、何も間違ったことはしていない。常に結果を出してきた。武闘大会だってそうだ。


 ―優勝候補は確かに強かった。だから、審判を買収し、覚えたばかりの魔術を秘かに使って、倒したのだ。


 ―どんな手段でも、結果を出したものが勝ちなのだ。だから、この国は自分に任せればうまくいくのだ。


 ―いずれ、自分はこの国を統べる存在となり、この国を豊かにして見せる。そう思っていたのに、どこで、間違えたのだ。


 試行錯誤の果て、バーランは一つの結論に達した。

 

 ―ハドナーは操らていたのだ、真の魔王と呼ばれる者に。ならば、そいつを倒して、自分は友と恋人の敵をとって見せる。

 

 そう思ったとき、頭の中で声がした。


 「魔王の正体が知りたいか、勇者よ。」


 「誰だ!姿を現せ!!」


 「地下の方に来るといい、お前に魔王の正体を教えよう。」


 声が消えると、煙のような道しるべが現れ、バーランを地下室の方に誘った。


 地下には、灯篭の灯りのみが照らしている暗い通路があった。バーランは煙の道しるべを頼りに、通路を進んでいくと目の前に扉が見えてきた。すると、頭の中に再び声がした。


 「この扉を開けるのだ。」


 バーランが扉を開けると、八方形の部屋が現れた。部屋の中央には銀色の円盤が浮かんでいた。


 「それを見てみるといい、魔王の正体がわかるぞ。」


 再び頭の中に声が聞こえ、バーランは銀色の円盤をつかんで見てみた。すると、そこにはバーランの姿が写し出されていた。円盤は鏡だったのだ。


 「ふざけるな!こいつは鏡じゃないか!」


 「ふざけてなどいない、そこに写っているものは、紛れもなく魔王だ。」


 「ばかな?おれが魔王だとでも言うのか!」


 「その通りだ。我々は、ずっと待っていたのだ、この神殿と森に生きる魔物を束ねる者、そう、魔王にふさわしき者をな。」


 「貴様は何者なんだ!卑怯者め!姿を現せ!」


 「我々は、はじめからお前に姿をさらしている。お前が森に入った瞬間にな。」


 「ばかな!どこにいるってんだ?」


 「これだよ、この遺跡が我々なんだよ。」


 「なんだと!」


 「さあ、今一度、鏡を見るのだ。この遺跡の真実を教えてやろう。」


 バーランはもはや逆らおうとはせず、鏡を覗き込んだ。やがて、鏡の魔力によって、この遺跡にまつわる知識や歴史が、直接、頭の中に流れ込んできた。


 遥か古代、この地にあった国をおさめていた魔術師は、巨大な神殿を築き上げた。遺跡はもともと、この国の土地いる精霊を崇めるために建造された神殿だったのだ。


 やがて、何百年も経つと、この国は戦争によって、破滅的な危機に陥った。敵軍の攻撃は容赦なく、国民達は森にあった神殿に逃げ込む他はなかった。


 この神殿を築き上げた魔術師の子孫は、国民を守るために、最後の手段を使った。魔術によって、この国の民の魂を神殿に固定させたのだ。


 そして、神殿の魔力によって森の生き物が魔物となり、魔物達は神殿の守護者となった。


 魔術師の子孫は、その神殿の守り人となったが、国を侵略した者達は、かつての国の為政者が居る神殿を疎ましく思った。


 そこで、優秀な兵士を派遣して、魔術師を抹殺させたのであった。やがて、魔術師は魔王として語りつがれ、兵士は「勇者」と称えられた。


 守り人のいなくなった神殿は、魔物達によって守護されていたが、神殿を調査したハドナーを新たな神殿の守り人としたのであった。


 バーラン達が遺跡に踏み込んでから、しばらく経った後、後続部隊が遺跡を訪れた。だが、遺跡にバーランの姿はなく、ハドナーとウェンディの死体のみがあった。


 魔王によって二人が殺されたと思った友人たちは、ハドナーとウェンディを一緒の墓におさめて弔った。


 いつしか王国では、バーランは魔王を倒して幼馴染の仇をとり、どこかへ立ち去ってしまったのだと語られるようになった。


 だが、数年後、再び遺跡に魔王が現れ始めた。かつての時とは違い、新たな魔王は剣と魔術に長け、目的のためなら手段を選ばない非情な性格だった。


 魔王を直接見たものによれば、その顔は仮面に覆われていたとのことだった。

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暗闇の中の魔鏡 蔵無 @ZOME

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