お使い、再び

「またおめえら喧嘩してんのか」

 作務衣さむえ姿に鉢巻を巻いたマサさんは、鍛冶屋の店先に顔を出したリィンとシンを見るや、開口一番にそう言った。


「「だってこいつが」」

 二人は異口同音に、お互いを指差しながら訴える。

「あーはいはい、喧嘩の続きやるならよそでやれ。俺に用向きあるんなら、さっさと話しな」

 マサさんは、耳タコだと言わんばかりに耳を小指で掻く。


「これ、マーマレードさんの包丁」

 むすりとした顔のまま、リィンがマーマレードさんから預かった刃がこぼれている包丁を手渡す。


「ふぅん。まあ、これくらいなら手間は掛からねえよ」

「ほんと?」

 途端に破顔するリィン。


「なんで、おめえが嬉しそうなんだ?」

「カボチャのジャムが懸かってるの」

「ああ、なるほどな」

 マサさんはこう見えて、中々の甘党である。リィンと同じく、マーマレードさんお手製ジャムの愛好家だ。


「今日は店を閉めようかと考えてたが、そういうことなら、すぐに片付けてやるよ」

「やった!」

 思わず、飛び跳ねるリィン。


「ところで物は相談なんだがよ」とマサさんが、らしくもなく歯切れ悪そうに切り出して来た。

「包丁研いでる間、ちっとばかし使いを頼まれちゃくれねえか」

「いいよ、別に」

 上機嫌のリィンは、二つ返事で快諾する。

「ああ? なんでだよ面倒臭え。茶でも飲んで待ってるよ」

「それで、どこへのお使い?」

 愚痴るシンは無視して、リィンは用件を問う。


「ホクサイさんのところだ」

「ホクサイ先生?」

 ホクサイ先生というのは、数年前にこの九龍街へと流れて来た水彩絵師だ。九龍街で随一、世界でも指折りと言えるほどの腕を持つ。

 彼が九龍街へ住み着く前も水彩画を趣味にしていたリィンは、その絵に心を奪われて、度々教えを乞うている。


「珍しいね。マサさんが絵を頼むなんて」

 少なくとも、マサさんの店に絵が飾られているところは見た覚えがない。

「まあ。その、な」

 これまた、らしからぬ歯切れの悪さで、マサさんが応える。


「とにかく頼んだぜ。今日受け取りに行くつもりだったからよ。俺の名前を出せば、それで通じるはずだ」

「ふうん、わかった」

 妙な態度が気にはなるが、弟子としては先生のところへ顔を出す口実ができるのも、やぶさかではない。


「ほら行くよ、シン」

「おい、待てって」

 まだ渋っているシンの襟首を掴んで、リィンは鍛冶屋を飛び出した。

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