九龍街

 目を覚ましたリィンは、ベッドを抜け出すや、寝起きのおぼつかない足取りで、寝室からリビングへと移動した。

 寝室と比べれば、実際の面積はいくらかマシだが、二人掛けのテーブルと椅子がど真ん中を占有しているだけでも、手狭な事には変わりない。


 顔を洗うにも、洗面台なんて気の利いたものはない。正面の壁に鏡を貼り付けたキッチンの流しを使って、顔を洗う。

 そうしてとりあえず頭をしゃっきりさせると、もう一つ目覚ましに、ラジオを付ける。チャンネルはお気に入りの海賊放送。選曲のセンスが抜群に良いのだ。

 電源を入れると、朝の空気におあつらえなジャズ調の音楽が流れる。

 

 BGMも揃ってご機嫌な様子で、リィンは朝食の用意に取り掛かった。といっても、昨晩に作り置きしておいた粥を温め直して、刻んだザーサイを添えただけの質素なものだ。

 さらさらと粥を流し込むと、食器を桶に溜めた水に漬け込んでおいて、歯を磨く。

 

 キッチンの隅に釘で取り付けた棚には、違う色のコップと歯ブラシが二つ並んでいる。リィンは水色をした自分のブラシを手に取った。

 毛先の潰れた緑色のブラシは、同居人のものだ。買い置きしてある予備と取り替えればいいものを、指摘してもどうせ生返事しか返って来ない。


 歯磨き粉をブラシに練り出してシャコシャコと歯を磨きながら、リィンは何の気なしに、リビングに面する窓へと向かって、鉄柵付きのベランダへと足を踏み出す。

 地上十階から映る景色は、中々に壮観だ。地上を見下ろしてみれば、まだ早朝だというのに、まばらとはいえ人通りがある。

 彼らからしてみれば、こちらを見上げる景観の方が、よほど壮観にえるのだろう。


 ふと、隣に視線を移す。

 隣接しているにも関わらず、様式の異なるベランダ。いや、違うのは建築様式ばかりではない。こちらは十階に位置するが、隣の部屋はたしか九階だったはずだ。

 さらに隣へ隣へと視線を渡らせてゆくと、ずらりと並ぶのは様式から、階層ごとの高さまで何もかも規則性の見当たらない密集した建築群。

 無秩序などという大人しいものではない。そこにあるのは混沌である。


「にゃんか、まひゃ増えひゃ?」

 生物のようにと喩えるにも、混沌を極めて増築の限りを繰り返す、建築群。

 人はそびえ立つこの混沌の城砦を、九龍街くーろんがいと呼ぶ。

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