九龍街の管理人 

楠々 蛙

二畳半の世界

 二畳半の寝室。

 

 ベッドを置くだけで、あとはもう布団からどうにか抜け出すためのスペースを確保できるかどうかという、手狭な部屋。

 けれどその部屋には、とう編みの寝台の他にも、たくさんの物であふれていた。


 壁に板を釘で打ち付けた手製の棚には、いくつもの本。

 小難しい道教の本があるかと思えば、料理本や水彩画の教本、中には部屋の主には読めない言葉で書かれた解説図付きの折り紙の教本などがまぎれている。


 ベッド脇に沿う広い窓縁は、どうやらベッドテーブル代わりにされているらしい。

 しおりを挟んだ読みかけの小説と、底にカフェオレの跡が残ったマグカップが置いてあり、そのかたわらには、ずいぶんと不恰好に折られた折り鶴が置かれている。


 ただでさえ手狭なベッド脇には、上手いとも下手とも評価の付け難い、自室の窓縁をモデルにしたらしい凡庸ぼんような水彩画の掛かったキャンバス掛け。

 他にも雑多な小物類が、早朝の布団の中で寝息を立てている部屋の主の代わりとばかりに、多趣味な彼女の人格を主張しているようだった。


 やがて、ジリリリリン──と窓縁に置かれた目覚まし時計が、起きろや起きろと主人を急かす。

「むぅ」と布団の中から唸り声。

 もぞもぞと布団が動いたかと思うと、にょきりと腕が生えて、けたたましく鳴く目覚まし時計を、えいや──と叩く。

 役目を全うしたにも関わらず、この仕打ち。不服とばかりに、ジリと余韻を残して鳴き止む目覚まし時計。


 しばらくの間を置いて、ようやく部屋の主人が布団から顔を出した。

 栗毛のボブカットに寝癖を付けた、栗色の瞳を湛えた寝ぼけ眼。

「ほわあ」と一つ、大きなあくびをもらす。

 十四、五頃といった年頃の娘。名をリィンという。


 大きく開いた口へ当てがうのに目覚まし時計から手を離すと、再三に渡って手荒に扱った代償か、動作不良を起こしたベルが、またリリリン──と鳴き出した。

「起きましーたっ!」と手刀をくれてやると、ようやく音が鳴り止んだ。

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