34 従妹に偏愛する輩はなんて呼べばいいんだ?


「それでだ阿沙賀――釈明を聞こうか」


 リアとの話し合いは終わり、チャイムも鳴って午後の授業がはじまって。

 なのに阿沙賀と遠凪のふたりは未だに屋上に残っていた。

 後ろ髪をひかれたような顔で何度も振り返るリアを見送り、だが阿沙賀は帰してもらえなかった。がっちりと腕を掴む握力が随分と遠慮なく強力で、振り払えそうにない。


 遠凪は透徹した無表情でそれを問う。


「なんでおまえが遊紗ちゃんを知ってるんだ? オレはクラスの連中に彼女のことを知られまいとひた隠しにしていたはずだぞ。この広い学園で遭遇する確率だって低いはずだし、遭遇して会話して名前を聞けるなんてもっと低確率だろう。おいこらどういうわけだ? あれか一目惚れか、廊下を歩くあの子に劣情を――」

「うるせェ」


 殴る。

 殴り返される。

 殴り返し返す。

 殴り返され返され――


「待て待った。オレたちは知性ある人間だ、話し合おう。暴力からはなにも生まれない」


 不毛すぎる暴力沙汰に賢明にも待ったをかける遠凪である。

 阿沙賀は不服そうに吐き捨てる。


「だったら黙って凪いでろや」

「ち。はよ喋れ」


 なんで舌打ちだ。釈明を聞いたくせに喋りたおしたのはそっちだろうが。

 こいつ遊紗のことになるとだいぶ別人だな、面倒くさい。

 二年近く友人やっていたのにもはや遠凪がわからない阿沙賀である。


「なんかあいつ試胆会のちょくちょくで顔あわせたンだよ、偶然にな。そんで知り合って、でも苗字を教えてもらってなかった」


 ゾンビパニックの際に屋上で鉢合わせたり。

 賭場で野球拳する姿を賭けの対象にされたり。

 廊下を泳ぐサメに攫われたり。

 嘘吐きの教室にて居眠りを眺めたり。

 あとの後半戦でも巻き込まれはしなかったまでも、だいたい直前まで話していた。


 そんな感じで妙に巡り合わせがあったのだ。 

 そういえばこの四日間は顔を合わせていないことを考えるに、彼女とはどうも試胆会で奇縁があったように思える。


 すると遠凪はどこか苦い顔つきで納得を示す。


「あー、そういうことか……」

「なんだよ、心当たりでもあんのか」

「ある。惹かれ合ったんだろうな、魂が」


 七悪魔たちは門一郎によく似た魂に。

 遊紗は同じ血筋の門一郎の遺した契約に。

 互いが互いに惹かれ合った。


 時折ある魂の縁故の作用である。


「それじゃ不可抗力か……? それでもなんでも会っちまったかよ。出会っちまえば阿沙賀、ぜったい惚れただろ。遊紗ちゃん可愛いもんな」

「惚れてねェよ、ぶん殴るぞ」


 否定すると、なぜだかとても不思議そうな顔をされた。

 あんなに可愛らしい子に惚れないなんて嘘だろう? とでも言いたげで、もはや処置なしと言えるシスコンぶりだった。


 それでもこんな奴でも友達は友達で、阿沙賀はため息を置いてから忠言めいて厳しく言い含める。


「いいか遠凪、宗教に深入りはよくない」

「なんの話だよ」

「一個人を偶像に見立てるなってことだ」


 アイドルはおトイレ行くし、オタクに優しいギャルはいないし、幼少のみぎりに結婚の約束をした幼馴染もいない。

 世は無情であり無常。

 存在しないものを仰いで地から目を逸らしてもそこにいる自身は否定できない。

 仰いでいるということは、自分と信仰対象は別世界にあるということを弁えなければならない。

 同じ目線にあるものを仰ごうとしても、それはどこかで無理がでる。


「つまりオメェは今、女子のパンツを覗くために這いつくばって鼻息を荒くしてる変態並みにキモイ」

「そんなにかぁ……?」

「あの優しい遊紗でもたぶんドン引きする」

「そんなにかぁ――!?」


 そればかりは大ショック、雷撃に打たれたが如く遠凪は全身を震わせて項垂れる。


「好きをアピールするのが恋愛の極意じゃなかったのか……?」

「そりゃたぶん当人にだよ、他人にアピールしても意味ないどころか嫌われるわ」

「でも遊紗ちゃんに言ったらそういうのやめてって冷めた声で言われたぜ……?」

「それもう嫌われてねェかな!」


 遊紗の冷めた声なんか聞いたことないわ。

 いや逆に身内だからこそ厳しくツッコミをいれられるという可能性もあるか?

 わからない。結局、阿沙賀はこのバカと遊紗が対面しているところを知らないのだから。


 ――その場面の目撃は、そう遠くないのかもしれない。


「!」

「あ? どうしたよ」


 急激に反応して遠凪は険しい顔で背後を振り返る。

 ふと横を見遣ればニュギスもなにか気取ったのか同じ方向を見ていて、阿沙賀だけがよくわかっていない。


 遠凪は感知したそれを意識せずにぼそりと呟く。


「結界……」

「なに?」

「結界がいきなり張られた! 学園一階の、これは一年七組! 遊紗ちゃんのクラス!」

「なんだと!」


 急の敵襲。遊紗のピンチ。

 それと理解すれば即座、阿沙賀も思考を切り替えて状況の切迫へ対処に努める。

 まず最も無問題の可能性を挙げる。


「うちの悪魔どもじゃねェのか!?」

『違うよ、僕らじゃない。人の手による啓術の結界。僕に気づかせないとは大したものだ』


 そこで迷亭が割り込んでくる。割と真剣な声音で、多少なり侵入者に警戒心を抱いている。

 遠凪も頷いて。


「こればかりは嘘じゃないな……リアさんはクラスにいるから完全に新手! 別の誰かが一年七組を隔離しやがった!」


 御霊会ごりょうえならば仕方がないと割り切っていた。

 日本最大にして最古の啓術機関である御霊会、その網を掻い潜ることは至難だと弁えていた。

 だがまさかあの一瞬の綻びを別の誰ぞかに見つかるなんて不運としか言いようがない。それもこんなに性急に、しかも一般人を巻き込むような手合いに、だ。


 刹那の思考、僅かな後悔。

 遠凪が費やしたその間に阿沙賀は走り出している。


「どこのどいつか知らねェが、喧嘩を売って来たってンなら買うだけだ!」


 理由は知らない。誰とも知れない。

 だが向かう場所はわかっている。なら最短距離で向かえばいい。

 阿沙賀の思考は至ってシンプルで、故に早い。


 いつかのように――いやもはやいつものように、三度みたび阿沙賀は屋上から飛び降りた。


 時に。

 人魂啓術ジンコンケイジュツにおける五節に『空所固定テクトニクス』という術法がある。

 それは周辺空間を固めて触れえないはずの虚空に触れ、壁や足場を作るというもの。


 落下した阿沙賀は当然、そんな啓術ケイジュツは知らない。

 けれどまあ、遠凪ならなんとかするだろうという楽観だけでほとんど投身自殺に近い所業をしてのけた。

 肝を冷やすのは遠凪である。


「はぁー。思い切りがよすぎるんだよ、阿沙賀は」

「それがおれの長所だ」


 なんら悪びれもせず遠凪の固定した幾つもの空間足場を蹴って阿沙賀は急降下。

 最短最速で屋上から地上に辿り着く。

 すぐに目当ての教室を見つけ、窓を蹴破って身体ごと押し入――


 ――弾かれる。


 まるで分厚いゴム製の壁を蹴ったような感触が足裏に伝わり、その侵入を阻まれた。

 見遣れば窓の向こうの教室には暗幕でも降りたように真っ暗で、中の様子は覗けない。


「なんだこれェ!」

「だから結界! 外からの干渉を遮ってる!」


 すぐに阿沙賀と同じく屋上から空間固定した足場をつたって遠凪もやってくる。

 阿沙賀は特に振り返りもせず結界を睨んで。


「どうすンだ? 殴ればぶち壊せるか?」

「二秒待て、オレがこじ開ける。阿沙賀は踏み込め」

「了解!」


 そうと決まれば早い。

 阿沙賀はいつでも飛び出せるように足を溜め、遠凪は速やかに己の魂をひらく。


 一コの魂による世界への浸食。

 空間性質を塗り替えることで他者の啓術に干渉する。


啓術ケイジュツ・七節――『領域変性カンセラリウス』」


 どこかの誰かの仕切った結界。

 それをひとつの世界と見立てて外から変質を促し、力づくでこちらの意志を組み込み改竄する。

 ――出入口のないという理を歪めて突破口をこじ開ける。


「!」


 不意に阿沙賀は真っ暗闇の中にかすかな星のような光を見つけ出す。それがこじ開けられた小さな抜け穴だと気づけば躊躇いなくそこに拳を叩き込んだ。

 ぬるりと触れた先から奇妙な手ごたえを感じていると、穴から亀裂が走りその光を増す。

 気づけば穴は潜れるほどのサイズとなっていたので、阿沙賀はよろこんで内部へとその身を投じる。


 阿沙賀とニュギスだけが。


「気をつけろよ阿沙賀! この精度の結界を張れるのはまず間違いなく召喚士だ!」


 結界干渉に専念した遠凪は間に合わない。入り込めない。

 せめて最後に忠告を飛ばして――すべての音と光が失われた。

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