33 大江戸の孫
「待……てっ。マテマテマテ! どういう意味だ、なんだそれ!
遊紗が、あいつが――大江戸・門一郎の孫だと……!?」
天を仰ぐほど驚愕し、すぐに真正面に怒涛と疑問を投げ飛ばす。
わけがわからない、どういうことだ――阿沙賀はまるで予想していなかった爆弾発言に殊の外狼狽してしまっていた。
ニュギスが珍しいものを見たと思うくらいには、動揺している。
すぐに残るふたりが別の意味合いでの驚きをそれぞれ口にする。
「! 阿沙賀くん、やっぱりお知り合いですか?」
「なんで阿沙賀が遊紗ちゃんのことを知ってる!?」
その言い草だと、遠凪もまた彼女と知り合い――いやそれ以前か。
「オメェこそ……って、そうか、オメェは従妹になんのか?」
「えっ、いとこ?」
「そうだけど、ちょっと待て全員すこし落ち着け!」
遠凪の一喝。
大きな混乱からそれぞれが自分の疑問に執着して意識がズレて噛み合っていない。
会話の基本は言葉のキャッチボール――しっかり相手に向けて投げなければキャッチすることはできないし、キャッチする側が目を逸らしていては間合いにあっても捕球はできない。
とりあえず無理にでも一度全員を黙らせ、焦点を合わせなければ話は進まない。
「……」
それを理解しているからか、遠凪の一声にふたりも押し黙る。その程度の冷静さは残っていた。
だがそのせいで次にこの沈黙を破るのは遠凪であるとも、暗黙のうちに同意が示されていた。阿沙賀とリアの視線が自然と集まる。
「あー、ええと」
こうなればなにか第一声にはわかりやすく注意を惹くものにしたくなるのは人情か、それともハッタリをきかせるべきという見栄か。
――伏せておく意味もない。どうせこのことは見せ札としてハナから場に出すつもりではあった。
「リアさん、言ったようにオレも大江戸・門一郎の孫だ。ちょっと隠してすぐには調べがつかないようにしてあるけど、事実だ」
「姓がちがうのも、孫なら充分ありえることでしたね。うちの見積もりが甘かったようです」
そうであるなら大江戸・門一郎の有り余る才を継ぎ、その英才教育を受けた驚嘆すべき召喚士もまた、ふたりということなのか。
否であると、遠凪はなにを置いてもそれを断ずる。
「遊紗ちゃんも確かに孫で、けど彼女はこちら側についてなにも知らないんだ。そういうのは全部オレが請け負って、彼女にはあえてなにも伝えていない」
なぜなら大江戸・遊紗はとても優しく、素朴で純粋だから。
こんな裏側、ありえざる悪魔や血なまぐさい闘争と欲深いエゴの巷に巻き込みたくなんてなかった。
幼いころの遠凪さえそう思って、今でもその選択に誤りなどなかったと信じている。
阿沙賀はなんとも言い難い顔つきで。
「つまり遠凪、オメェが大江戸・門一郎を継ぐってのはァ……」
「あぁ。遊紗ちゃんに無関係でいてもらうためだ。こちら側のことは全部、オレが背負う」
「……」
それは重い覚悟であっただろう。
それは辛い決断であっただろう。
けれどその面立ちに後悔はない。
彼女のぶんだけ重いものを背負うことになったとしても、それを辛苦ともせず受け止めている。
……まあそれとは別にして。
「オメェ、もしかしてシスコンか?」
いや従妹相手にシスターコンプレックスというのも厳密に言えば違うのだろうけど、大枠で言いたいことは伝わっていて。
遠凪はなにもかも悟ったような遠い目をして下手くそな微笑を刻む。
「知ってるか阿沙賀、従妹同士は結婚できるんだぜ?」
「…………」
「…………」
此度の沈黙は重い。
リアなどは意味もわからず冷や汗をかくばかりで、笑顔のまま完全に硬直している。
まだしも口出しできる阿沙賀が切り込まねばならない。
慎重に言葉を選び、確信する男に問いを向ける。
「それは……両者の合意の上でだろ?」
「当たり前だろ。オレは遊紗ちゃんがオムツを履いている頃から恋をしていた」
「きもちわるい……オメェそういうことは遊紗には言うなよ、泣かれるぞ」
「は? 遊紗ちゃんは幼いころ、大人になったら多々一のお兄ちゃんと結婚するって思っていたはずなんだが?」
「言っていたわけでもないただの願望……キモ……」
「阿沙賀、なんか辛辣じゃない?」
「率直なんだよ」
率直に言ってキモイんだよ。
友人の意外な知られざる一面を知って挫けそうです。
一生知らずに生きていたかったよ、今からでもなんかしらで記憶失えないかな。いや、こんなことで記憶失うのも嫌だな……。
諸々と言いたいことは際限なく湧きあがってくるけれど、阿沙賀はそっと蓋をする。
ただ友として精一杯の優しさと思いやりを詰め込んで、忠告だけを残しておく。
「そういうことは本当に当人と話し合えよ、勝手に盛り上がるなよ。絶対だぞ」
「というか阿沙賀! 阿沙賀こそなんで遊紗ちゃんのこと知ってんだよ!」
ちゃんと話、聞いてんのかこいつは……。
まぁいつまでもキモイ話に花を咲かせるのも無意味に気分悪くするだけだしな。話を移すのならそれに乗るべきか。
というか、もうひとりを忘れるわけにはいかないだろう。
「待てアホ、それは完全に後回しにしていい奴だから。先にリアのほうの話を聞くべきだ」
「あっ、その……そうしていただけるとありがたいです」
ほら見ろ、遠凪のヤバイ言動にドン引きしてるじゃないか。
心なしか阿沙賀のほうに身を寄せてできるだけ距離をとろうとしてるぞ。
おれだって全速力で離れたいよ。目がヤバイもんな目が。
それでも不屈にリアはぎこちなくも話を戻す。
「ええと、遠凪くん?」
「あぁ」
「あなたは大江戸・門一郎の孫で、弟子であると?」
「そうなる」
「もうひとりの孫にあたる大江戸・遊紗は孫ではあるけど弟子でもなんでもない、そういうことですね?」
「あってる」
うんうんと二度も頷く遠凪。
リアはもうそれを疑うのが面倒で飲み込んで。
「では、先ほど言っていたこの学園の結界についてはどの程度ご存じですか? 十日前のこの学園より発生した奇妙な反応については?」
「それも半分イエスで半分ノーだ」
「どういう意味ですか」
今回は聞き流せない。
本題であるからして。
遠凪もそれを理解した上で事前から用意していた説明を騙る。
「この学園にはじいさんが遺した結界が張られてる。それがなにもかも覆い隠して外には伝えず、内にいてもボヤけるんだ。それは確かなんだけど……その結界がどうしてあるのか、どうやって維持されてるのか、いつ消えるのかがわからない。結界情報を読み込もうにも複雑で全然わからなかった。というか認識するだけでも一苦労だし」
「……確かに、そのようですね」
リアのほうでも試しにすこし結界を探ってみたが、まるで掴めない。
存在することを確信して探っているのに、やはり実在を確認できない。
在ることすら疑わしい――とんでもない隠蔽をされた結界だ。
遠凪が調べきれないことに説得力はある。
「で、だから十日前の反応ってのも、よくわからない。急だ、急に結界が揺らいだ。流れ星が流れたみたいに、視界の隅で歪みが見えた気がしたけどすぐに消えて……さっきまで気のせいかと思ってたくらいだ」
その感覚も、こちらの情報と一致する。
感知した部署でも意見が割れたレベルの小さい反応であり、気のせいという意見も多かった。
調査をするにしても、リアほどの啓術使いが素早く対応にあたるような重要度では決してなかったはずなのだ。
リアの祖母が特に気にかけ、直接リアに命じることさえなければ。
「……」
考え込むリアに、ここが攻め時と一気に説明をさらに加える。
できればいろんな思考を巡らせて、考えすぎるくらいこんがらがってもらいたい。
どうせすぐに露呈するような情報はブッパしてしまえばいい。
「実はもうひとつ言っておくことがある。じいさんが召喚した悪魔が複数、この学園にはいる」
「えぇ!?」
大江戸・門一郎の遺したものは学園と結界だけでなく、悪魔もだって?
しかも複数……気配はひとつも感じないのに。それは結界の影響なのか。うまく隠れているのか。
考えがまとまるよりも先に遠凪は続ける。
「ただその悪魔たちががなんのために呼ばれここに釘付けにされているのかはわからない。じいさんの悪魔たちと会ったことはあるし会話もしたが、深いつながりはないんだ……阿沙賀はずいぶんと仲良くしてるみたいだけどな」
素知らぬ顔で嘘を吐く。
明かしていい部位と隠し通したい部位を区別して分別している。
「当然、大江戸・遊紗も知らないと?」
「彼女は悪魔も召喚士もサンタクロースと同じフィクションの存在だと信じてるよ」
「そう、ですか……」
リアはすこし考え、
「結界に関してはおいておきましょう。設置した人物がいないのですからこれ以上は推測の域をでませんし。
ですが」
「やっぱ、悪魔が気になるか……」
遠凪は嘆息する。
立場上、そこは見過ごすことはできないだろうとわかっていた。
「遺留悪魔は、わたしたち御霊会的にはあまり推奨されない存在ですので」
「ん? なんだそういう言葉があるのか」と阿沙賀。
「はい。死後の悪魔の帰還を契約に含まずに悪魔が人間界に残ってしまうっていう、召喚士界隈の社会問題です」
悪魔は人間界に在るだけで魔力を消費するもので、供給源がなければいずれは枯渇する。
生き延びるために人間を食らい、魂を奪う可能性のある遺留悪魔は厄介なのだ。
社会問題……というとなんかいかにも生々しい。
いや大きな問題であるからこそそれに名称がつき、そうせぬようにと呼びかけるのはどこも同じか。
どうやらリアに悪印象をもたれたようだが……そこで阿沙賀は全力で責任を投げつける。
「まあ、大江戸・門一郎はマナーの悪い奴だったらしいな。全部、大江戸・門一郎が悪い」
「……それは、そうなりますが」
「まァあんま気にすんな」
「気にしますよ! そういう野良悪魔の処理も御霊会の仕事ですし!」
「ンー、あんま無理に敵対すると面倒クセェ奴らだぞ。仲良くしろとは言わんけど、見て見ぬふりくらいのがいいと思うぜ」
というか、七悪魔を一柱でも帰還させられては門の封印が危うい。
そしてその封印については遠凪に思い切り口止めされている。というか今も横から強い目線が感じられる。
変にリアやその御霊会が強硬的であると拗れそうではある。
割と恐々とリアの反応をうかがえば、彼女は困った風情で腕を組んでいる。
「そういう例も、たしかにあります」
警戒監視に留め、討伐による還送をとりあえず後回しにしている例だ。
敵対するには強大過ぎる相手であったり、召喚士生前の契約が生きていてきっちり縛られているパターンならば組織としてそのような対応をとることもありうる。
とはいえ。
「ですがわたしは現場の末端です、決定権はありません。報告だけしてあとは上が決めるでしょう」
「ま、そりゃそうか」
割とあっさりと引き下がる阿沙賀である。
彼は自分が説得するという姿勢ではなく、単に思ったことを言っているだけだからだ。
そういう素直さと素朴さが効くこともあるかと任せていたが、事務的に返答されるとどうしようもない。
隙間を見つけて、遠凪が総括のように言う。
「こちらはとりあえず事を荒立てたくはない。学園の悪魔たちもそれは同じで、全員にきっちり契約は結ばれてじいさんの死後も目立った行動は起こしていない」
「…………」
阿沙賀などはだいぶ顰め面になるが、会話の主導が完全に遠凪に向いているので気づかれない。
向き合う遠凪は先ほどとは別人のようにわたくしは真面目でございますといった顔つきで言葉を綴っている。
ただの言葉を信用してもらうには、真摯に真面目に話す他にない。
「調査するというのなら勝手にしてくれればいい。けど、オレたちをどうにかしようとか、学園の悪魔を魔界に還そうとか、そういう現状維持から外れる行動をとるなら敵対になる」
「学園に目的不明の悪魔がたむろするのはそちらにしても心穏やかにはなれないのでは?」
「それでもじいさんの遺した、まあ遺産にあたる。なんらか意味はあるんだろう。無駄なことはしない、と思う」
曖昧に濁せる部分は大いに濁す。
こちらも知らない側であり、質問は無意味であると思ってもらいたい。
それでもリアとしては大事な部分を確認しておく義務があり、質問をもうすこし。
「では魔力の供給源はどうです? 心当たりは?」
「確証はないけど……たぶん学園を選んだのがそれだと思う」
「つまり生徒たちの漏らした生命力のかけらをもらっていると?」
「もう一度言うが、確証はない。状況から推測してるだけ」
いやまさしくその通りだが、濁しておく。
大江戸・門一郎が封印の地に巨大な学園を建てたのは、その若い生命力をほんのわずか拝借するため。
結界の機構と契約の条項として、七悪魔たちの生存は保障されている。
「なるほどなるほど」
言うだけのことは言った、そのような眼差しでリアを見つめる遠凪であったが、不意に目を逸らされる。
リアは思案の表情のまま阿沙賀に向き直る。
「阿沙賀くんはどう思っているんですか?」
「おれ?」
余計なことを言うなよオーラを受けつつ、そんなことせんでもハナから丸投げを選ぶ。
「おれはホラ、新参だから。なんにも知らん。
「え! 事故なんですか?」
「あぁ。おれは遠凪に曰く
「完全に被害者ですね。誰の仕業……っていうのは」
「はい、オレです。その節は誠に申し訳ございませんでした……」
この件に関しては普通に罪悪感の大きい遠凪である。いや真の黒幕は迷亭の奴なのだけど、それでも巻き込んだという意識は未だに彼の中で渦巻いている。
そしてそういう態度が面倒くさい阿沙賀。取り合いもせずにため息を吐きながらリアに。
「だからおれから言えることはねェよ。もしも遠凪がオメェを騙してるってンならおれも騙されてることになるからな。
ただ逆も言える。こいつは友達のおれを騙すようなことはしねェはずだから、オメェも騙されてないと思うぞってな」
「なるほど、おふたりは仲がいいんですね」
いやまあふたりで共謀してあなたを騙くらかすくらいには仲いいですよ。
リアは騙されていることに気づいているのかいないのか、もらった情報をしっかりと記憶し頭の中で整理する。
召喚士が秘密主義なのはどこでも同じだし、遠凪が門一郎について深く知らないことにも納得できる。
死者の契約や術式が残存して生者に迷惑をかけたり謎を残したりするのも珍しくはない。
大江戸・遊紗という存在にだけはやや疑念があるも、おおよそは信じてもいいように思う。
それに。
「…………」
リアの返答を黙って待つふたり――阿沙賀と遠凪。
できれば彼らふたりとは友好的でいたい。
邪法の徒でもなく、悪人とも思えない。情を解し守るべきものをもつ。
こういう人材はこの業界ではなかなかに得難い。叶うなら御霊会に加入してもらいたいと思うほどだ。
……御霊会だけでなく、甲斐田の御家からのお達しもあることだし。
「わかりました、とりあえず聞いたままに上には報告しておきます。おそらくはわたしは現地調査でしばらく滞在するとは思いますが、敵対意志はありません。仲良くしてくださいね」
思いのほか茶目っ気ある笑みに、すこしだけ目を広げる男どもであった。
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