32 御霊会
「ん。来たな」
「そういやじいさん以外の
「見識せまっ」
話を終え、食事を終え、残る時間をただぼうっと日向ぼっこでもしているだけかと思いきや、ふたりはその到来を待っていた。
わざわざ転入までして来た相手だ、こちらから行かずとも勝手にやってくるのはわかっていた。
ひと気のない場所で待ち伏せているのだから特に裏のことを話題にだすには好都合のはず。
果たして、分厚い屋上のドアを開いてやってきたのは噂の転入生、甲斐田・リアそのひとであった。
リアはきょろきょろと周囲に目を配り、この場に阿沙賀と遠凪しかしないと確認。
ゆっくりとした足取りでこちらに歩み寄り、まずは挨拶を。
「こんにちは。昼食は済ませましたか?」
「あぁ、終わってるよ。そっちは?」
「ご親切にも案内してくれた委員長さんと一緒に学食に。おいしかったですよ」
「そーかよ。で」
「はい」
通り一辺倒の雑談を交換し、すいと細めた目で遠凪を見遣る。
「ごめんなさい、ちょっとふたりでお話がしたいの」
「あ。あー。いやお構いなく、オレも関係者だから」
「え」
「……? なんだ?」
遠凪だけ訳知り顔で言うが、リアも阿沙賀もあまりわかっていない。
すこしだけ愉快そうにしながら。
「阿沙賀、ひとついいことを教えてやる。啓術使いはそれだけで生命力を活性化させて、同じ啓術使いには見分けられるもんだが、
「なんでェ、オメェは関係者だって割れてなかったってのか?」
「そりゃな。阿沙賀だってたぶん、うまいこと気配を隠してたって思われてると思うぞ」
どういう意味だろう。リアの態度からしても阿沙賀だけは間違いなくそちら側と認識されているようだが。
そもそもの話。
「……おれ啓術なんざ使えねェぞ。気配でバレねェだろ」
「知ってるよ。阿沙賀の気配は一般人と大差ない、理不尽なことにな。
けど、そんなのより遥かにわかりやすいものが傍にいるだろ?」
「……あ」
振り返ればそこには微笑を称えた悪魔がひらひらと手を振っている。
「そりゃバレバレかァ!」
傍らに悪魔を侍らせていては、私は召喚士ですとタスキをかけているようなものである。
ちなみに普通、一般的な召喚士は契約悪魔を自らの傍にはおかない。どこか離れた場所にいてもらい有事に際して都度、呼び出しをするのが常道だ。道理でキルシュキンテを最近見ないと思ったわ。
そして阿沙賀は啓術が使えないのでどうしようもないのである。
いや待て。
「おいこらニュギス、オメェなんか隠れて見えなくする術使ってるンじゃなかったのかよ」
「それは一般人向けの低位の術でして。ある程度以上の者には無意味ですの」
「はー!? つっかえ!」
「そもそもわたくし隠れるとか誤魔化すとかは不得手……というか嫌悪しておりますので」
美々しく絢爛なる姫君。
その美貌を隠すなど損失だろう。我が儘に叫び散らして命ずるのが本質なのに、慎み深く質素にあれと請われても突っぱねる他にない。
要はそういう魂の形であるということ。
ニュギスは自分が大好きだし、その美しさを誇っている。無暗に名乗りたいくらいには自己を顕示したいのだ。
隠形や隠蔽などとは根本的に相性が悪いのである。その相性悪さは魔術という技術においても等しく、本当にニュギスはその手の魔術が不得手であった。
なんて奴だと阿沙賀はおろか遠凪まで閉口してしまって、その間隙を突くようにリアはおずおずと。
「……あの、ごめんいいかな」
「あァ、わりィ。お前のこと忘れてたわ」
「ともかく聞いていただろ? むしろ阿沙賀は知識のない新人で、話すべきはどっちかって言えばオレだよ、甲斐田さん」
「そう、みたいですね」
イマイチふたりの関係や来歴は見えてこないが、阿沙賀に知識が不足していることだけは理解できた。
そしてそれを補うように教えているのが遠凪であるということも。その遠凪は自分に悟らせないほど隠形が卓越しているということも。
リアの警戒心が、すこし上がる。
それを見て取り、遠凪は苦笑する。阿沙賀は無反応に相手の言葉を待つ。
「じゃあふたりに話すけど……ふたりは啓術使い、だよね?」
「ん。半分正解で半分不正解だが、まあここは腰を折らずにおこう。イエスだよ」
「えぇ……」
随分と持って回った言い方で肯定するものだ。
これではそのまま進行していいのかちょっと悩むではないか。
煩雑な事情がある、ということなのだろう。そう納得してリアは続ける。
「じゃあ、この学園について知ってるかな? ここ、なんか妙だよね?」
「待った。それより先にあんたのことが聞きたい。こっちにばかり質問するのは不公平だろ?」
「それは……はい、そうですね。では交互に質問するということでどうでしょう」
急いて不信感を持たれるのもよろしくない。
リアはちょっと考えるふりをしてから頷いた。
どうせある程度の情報の開示は予定済みだ。
落としどころに遠凪も頷く。
「いいぞ」
「ではどうぞ」
「じゃあ、甲斐田さん――」
「リアでいいですよ。阿沙賀くんも」
最近の女子は下の名で呼ばせるのがトレンドなのだろうか。
既視感ある発言に阿沙賀は断っても無意味と学習していて頷いた。
遠凪も特段拘らず、だが呼び捨てもどうかと思い。
「じゃあリアさん。リアさんも召喚士だよね?」
「いえ、啓術使いです。
「あれ……」
悪魔を傍に置いていたと報告を受けているが……阿沙賀と同じで仲介召喚での契約だったか?
いや、そこは質問の本質ではない。どっちにしてもどうでもいいわけだから。
一番聞いておきたいことは――
「……どこの所属?」
「
「やっぱりか」
「ごりょーえ?」
なんだそれ、と疑問するのは阿沙賀だけ。
どこかで聞いた気もするが、あまり覚えていない。どうでもいいことだったのだろう。
阿沙賀の疑問符に、こればかりはリアが先に説明をさせてもらう。
「日本でほぼ唯一の啓術機関……啓術使いたちの組織ですよ。主な仕事ははぐれ悪魔の送還と悪い啓術使いなんかを捕まえること、かな。あとはこうして不審だったり不可解だったりする悪魔や召喚関連の調査もします」
「ふゥん。裏の警察みたいなもんか」
なんとも子供っぽい理解であるが、否定するほど間違ってもいない。
こいつは自分が調査対象だとわかっているのだろうかと、遠凪なんかはジト目であるが。
リアは昼の休憩時間を気にしながら話を進める。
「ではこちらの質問です。先の問いに答えをください」
「…………」
さてどうしたものか。
一体どこまでなら話していいのか、ちょっと悩む。
一切を隠し通せるほど甘くはなかろうし、下手にはぐらかせば余計に細かに調べられかねない。
ある程度はこちらから明かして情報の道筋を設定し、本当にバレるわけにはいかない部分から気を逸らすほうがいい。
なら、明かすべきはこの名前。
「ここは大江戸・門一郎の設立した学園だ、それでだいたい察せられるんじゃないか?」
「! やはり、ここの前学園長はあの……!」
稀代の鬼才。
空前絶後の召喚士。
召喚士界隈においてはもはや伝説とも御伽噺ともされる実在の男。
そのネームバリューと、なによりおそらく事前調査で懸念されていた事項の肯定に思考がそちらに寄るのは道理である。
阿沙賀は首を傾げ。
「なんで驚いてンだ? 学園長たって云十年、べつに名前もツラも隠してなかったよな?」
「顔は知れていないし、名前は同姓同名の別人と思われていたんだよ」
「はァ? 流石にそれはバカでは?」
「それだけ大江戸・門一郎の隠形は完璧で、そして隙がなかった」
おもむろにリアが青い顔で。
「以前、といってももう五十年近く前になりますが、この学園ができて大江戸・門一郎の名が伝わってすぐにうちの調査部がこの土地と学園長について徹底的に調べたそうです。それこそ四六時中、年単位で彼を見張ったりもしたそうで」
「で?」
「白、というのが最終判断でした。その後も幾度か調査はされましたが、どこにもおかしな点はなく、魂のわずかな活性も認められず別人であるとするしかなかったそうです」
「……けっ、結界ってやつは? 学園に張ってあるんだらァ? 当人に怪しいところがなくても流石に実際に張ってある結界に入ればバレるだろ」
結界は外からは感知できない、それはわかる。
だが内に入った状態でなお気づけないのはおかしいのではないか。
むしろそうであれよとばかりに阿沙賀は確認するも、リアが非常に沈痛そうに。
「あー、やっぱり結界が張ってあるんですね、ここ」
「おい待て。さっき学園に妙な気配がー、って言ってたろ。それ結界のことじゃねェのか?」
「いえ……その、確信は持ててませんでした。違和感があるくらいで、内部にいても通過したであろう瞬間も、結界の気配はしていません。ほんとうに些細な変な感じを覚えた、気がしただけです」
ふつう、結界というものは位相空間などと同じで踏み入った瞬間に違和を感じるものだ。内部にいれば別の場所にいるという異なる空気になるものなのだ。だから結界に入った、というのはすぐに気づける。ちょっと敏感な者なら啓術を知らないでもなんとなく感じることさえある。
それが、この学園の結界にはない。ごく自然に結界の内外が等質である。
遠凪は捕捉するように、ゲンナリと。
「外部から結界を気づかせないのは当然で、その上で並大抵の術師や悪魔は内側にあっても結界に気づくことさえできない。
違和感を覚えただけリアさんは優秀だよ。
そして大江戸・門一郎が存命の時は今よりもっと隠ぺいが強かった、らしい。真実誰も、気づけないくらいにな」
「…………そんなのありか?」
「正直、オレも理解不能だ」
試胆会を受け継いで会長として結界管理をしているはずの遠凪が、理解不能なのである。
オーバーテクノロジーが過ぎる。
阿沙賀は冷や汗を垂らす。
「そりゃまた……かくれんぼの上手いことだな」
「世界一かもな」
乾いた笑い声が漏れる。
茶化そうとして、それに乗っかろうとして、たがどうにも空回り。滑った感が否めず、ふたりは湧きあがった戦慄を隠せなかった。
日本最大最古にして世界でも最高峰の啓術機関である御霊会が同姓同名の別人と断じたのだ、想像を絶するほどに審査は厳しかったはずなのである。むしろ本人だと決めてかかって証拠集めをしていただけに過ぎなかったはずなのである。学園にだって数えきれないくらい調査に入ったはずだし、もしかしたら強行的な手段をとったかもしれない。
だというのに増えていくのは探してもいないはずの否定材料ばかりで、証拠のほうはどれだけ血眼になっても一向に見当たらない。
現代のように監視カメラに溢れた、というわけではないにしても、その分だけ悪魔の力を行使しての監視だったはずなのだ。
そんな厳しい監視の目を欺いて、試胆会の準備に七悪魔の召喚と契約、そして学園経営までこなしていた……化け物かな?
あ、いや、門一郎の側も悪魔の助力があったと想定すれば……なんとか納得、納得……できないな、やっぱり。
「まっ、まあそれは置いておいて、次はこっちの質問だ、リアさん」
「あっ、はい。どうぞ」
全会一致でこの話題の深掘りは避け、話を進める。
「きみたちの目的は? 学園の不可思議な気配の調査でいいのかな?」
「はい、大枠はそれであっています。ただ」
「ただ?」
遠凪の目が細まる。
本命はそちらとわかっている。
「――ひとり調査対象の人間がいます」
「調査対象? おれじゃねェの?」
安直に阿沙賀が言うも、リアは首を振った。
「いえ、阿沙賀くんはほんとうに対面してはじめて見つけた野良の啓術使いであって、いるところにはいるのでさほど驚くものではないんですよ」
「え? そうなの?」
啓術使いが野良でそこらをほっつき歩いていても、御霊会という大機関的にはどうでもいいってこと?
いや阿沙賀は啓術使いではないのだけど……リアのような立場からすれば、啓術使いでもないのに悪魔と契約しているなんて例外は思いもよらない。
「はい。ただ人柄やもっている情報の程度を知りたかったので、こうして直接お話をさせてもらって、その流れで遠凪くんも巻き込めたという形です」
それと同じくして隠蔽の上手い啓術使いていどの認識でしかない遠凪もまたそこまで優先順位は高くない。
彼女ら御霊会にとって最大に優先すべき相手は――
「ではこちらの質問の番なのでうかがいますが、大江戸・門一郎、彼が本物だというのならばその血筋――孫が、この学園にはいますよね?」
「……?」
阿沙賀は違和感を覚えて眉を顰める。
この少女はなにを言っているのだろう。そんなのわかりきっているだろう。
なにか噛み合っていない心地になりながらも、阿沙賀はその当の孫に目を遣る。
「っ」
すると、遠凪は苦虫を噛み潰したような表情になっている。
深刻で深刻でたまらないといった風情に、阿沙賀はよっぽど困惑する。
こいつは一体なにを焦って困って狼狽している。
なにか……なにかがおかしい。
ふたりまとめてなにかがズレている。
空を指して地面と説明するような、地を指して空と言い張るような――ちぐはぐ。
その違和感の根源を。
噛み合っていない歯車を。
すべて吹き飛ばす爆弾を、リアはこともなく口にする。
「大江戸・門一郎の孫、学園の一年生――名を大江戸・
阿沙賀はこの一か月で最大の仰天を味わった。
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