31 転校生は召喚士ってマジかァ!


「突然ですが、本日このクラスに転入生がやってきましたぁ」


 大江戸学園二年二組担任教諭、長谷はせ泰美やすみはぼんやりした先生として知られている。

 まずふくよかな肉体が素早さとは縁遠く思わせ、次におっとり間延びした語調がスローペースを伝える。国語を担当としていて、授業で文章を読み上げる際には毎度のこと眠気を誘うから困りもの。

 とはいえ人となりは非の打ち所がない善良で先生として申し分ない。

 そのゆっくりとしたペースにも、二学期ともなればクラスの生徒たちなら皆慣れている。

 ……そのはずが、珍しく全員でもどかしさに焦れているのはどうしたことか。


 それは長谷先生の隣に立つ見慣れない女生徒が原因であった。


 さらさらとした金髪をボブカットに整え、その髪はおそらく染めているのだろうがきわめて違和感が小さくて地毛であると言われれば納得できるほど。赤い髪飾りが印象的だ。

 瞳の色も碧眼で、こちらもカラーコンタクトでもしているのだろうか。日本人離れした容姿にはよく似合っている。

 雰囲気は柔らかくも快活で、愛嬌ある顔立ちには一点の曇りもない笑みがたたえられ、見る者を猫可愛がりさせたくなるような愛らしい少女であった。


 要するに可愛らしい少女の出現にクラス中で早く紹介しろという熱望が膨れ上がっているのであった。


「では自己紹介をお願いしますねぇ」

「はい」


 はっきりとよく通る声で頷き、少女はまず後ろを向いて黒板に名を書く。

 それからくるりと振り返り、満面の笑みで今記した名を名乗る。


甲斐田かいだ・リアといいます。

 こんな名前ですが、神社生まれ神社育ちのふつうの日本人です。両親の都合でちょっと遠くから越してきました。変な時期の転入になっちゃったけど、仲良くしてください」

「はい、ありがとうございましたぁ。ええと、皆さんなにか彼女に質問なんかは――」


 ありきたりでどこにも不自然のない自己紹介。

 事前情報がなければ欠伸で済ませるような平凡な転入生の登場。いや神社育ちはちょっと驚くか。

 ともあれ阿沙賀と遠凪は警戒強く目を細めて転入生の少女、甲斐田・リアを見つめていた。


 今もそつなく他の生徒たちの質問に答えているが、やはり特異な部位は見えてこない。

 それだけ隠形、虚飾が上手ということか。それとも遠凪の勘違いなのか、阿沙賀には判断つかなかった。 


「転入生は召喚士だ」と告げられた直後にチャイムが鳴ってしまい、詳しい説明は昼の休憩の時にと後回しにされてしまったのだ。

 これでは確証がもてずモヤモヤと心が落ち着かない。


 している内に紹介も終わりを迎え、後ろのほうに用意してある空席にリアは移動する。

 なんとなく目が合わないように余所を向いている阿沙賀のすぐ横を通り過ぎ――その刹那。


「――あとで話がしたいです」

「!」


 ぼそりと誰にも聞かれない小声で、リアはそんなことを言ってきた。

 反射で振り返っても、既に彼女は通り過ぎた後。その背中からはなにも読み取ることはできなかった。



    ◇



「阿沙賀が寝込んでいる間にうちの学園に転入届が渡った」


 漫然と午前の授業をこなし、特に何事もなく時は過ぎ、当たり前に昼の大休憩の時間になった。

 遠凪が顎でしゃくってくるので阿沙賀も頷き返し席を立つ。


 ちらりと見遣ればリアはクラスの幾人かに声をかけられていた。昼食をどうするのか話しているようだった。

 やはりどこにも不信感も不自然もないが、今朝に囁かれた声には力があったように思う。

 油断はできない。


 結局、リアが昼食をどうするのかまでは確認できず、阿沙賀は遠凪とともに屋上へ向かった。

 あまり人に聞かせられない話をするのならここに限る。


 早速、遠凪がコンビニのおにぎりを片手に経緯の説明からはじめる。


「それがあの甲斐田さんだ」

「転入なんて珍しくもねェだろ」

「手続きのほとんどを省略して既にうちのクラスに編入してるってのにか?」

「……急ぎの用でもあったンだろ」


 できればなんでもない思い違いであってほしい。

 波風立てずに学園生活を謳歌したい。

 そんな阿沙賀の願いは当然、叶うことはない。ニュギスなんて悪足掻きに呆れている。


 とぼけたような返しにも、遠凪は辛抱強く説明を続ける。


「そうだろうな。けど用事があるから手続きは後回しでいいですなんてことにはならない。なにかそれをさせるだけの後ろ盾がない限りな」

「後ろ盾……お偉いさんの娘とか?」


 なおすっとぼける阿沙賀にやれやれと思いつつ、遠凪はもはや言い訳不能の決定的な事実を告げる。


「なにより重要なのは、手続きに学園に訪れた際に七悪魔どもが確認した――あの子は啓術ケイジュツ使いで、悪魔を連れている」


 このタイミングで後ろ盾のある啓術使いがやって来る。

 つまりは波乱であった。


「あァもう……おれの平穏って一体どこ……」

「きっと胸の中にあるからそれで我慢しろ」

「外に平穏が欲しいンですゥ! 心休まりたいンですゥ!」

「それは諦めろ――阿沙賀」


 遠凪はすこしだけ気を引き締めて、真剣な話であると目で伝える。


「阿沙賀はもうこっち側に足を踏み入れたんだ。巻き込まれたのが最初だったとしても悪魔と契約したのは阿沙賀で、首を突っ込んだのも阿沙賀だ。それはもうどうしようもなく動かせない」

「……わかってるよ」


 阿沙賀は不貞腐れたようにそっぽ向いて焼きそばパンをかじった。


 別に後悔なんかしていないし、今更嘆いたりもしない。

 自ら選んだ選択を覆すつもりなんかない。

 それは自己への裏切りで、阿沙賀の敗北であるからして。


 ならばいい加減に逃避もお仕舞い……問題ごとが発生したのならさっさと片付けて安楽と寝てやる。


「そんで、甲斐田・リアっつったか。あいつが召喚士……啓術使い? ならなんだよ、なにか問題でもあンのか?」

「それはわからない。ただ時期的にこちらを探りに来たのは確実だし、むしろ向こうがこちらをどう見てるのか知りたい――なにより、彼女はまず間違いなく組織に属しているはずだから、その組織の意向が問題だ」


 ぶつぶつ告げる言葉の大半は聞き流しつつ、すこしだけ気になるワードを見つける。


「組織? なんだよ、召喚士にもなんか寄合とかあったのかよ」

「ある。オレなんかは話に聞いた程度だけど、じいさんは昔は喧嘩したことがあるって言ってた」

「喧嘩かよ、敵対じゃねェか」

「じいさんは召喚士としてマジの天才だから、そういう組織とは折り合いが悪かったらしい。組織って結局は低い水準で群れてるものじゃん?」


 しれっと言う。

 こいつもこいつで天才の血筋で奔放で身勝手な男なのだ。


 まったく謙虚で平凡な阿沙賀は困ってしまうというもの。


「今なんかものすごく不適切なこと考えなかった?」

「? いやなにも」


 なんとなく睨み合いの形になるが、先に折れるのは遠凪。いつもそうだ。

 阿沙賀としては意味もわからず、どうでもいい。

 あっさりと自分の話したいことに切り替えてしまう。


「というか逆になんで今までこの人外魔境大江戸学園にそういう組織のひとは来なかったわけ? おかしくない?」


 悪魔七柱も五十年近くいたわけだよな? なんか大袈裟な結界があって、大江戸・門一郎とかいう規格外がいたわけで……。

 危険な気配とか感じ取れなかったのか、他所の召喚士さんよ。


「それは当然、じいさんの結界が外部と遮断していたからだ」

「大江戸・門一郎の結界は誰にもバレない完璧ですって?」

「そう」


 マジかよ、すげェな。

 冗談半分を真剣無味に肯定されると立場がねェぜ。

 というか大江戸・門一郎の仕業と言えばなんでも納得できそうな説得力があるのズルいな。なんなんだほんと、大江戸・門一郎とかいう怪物は。


 いやしかしそうなると。


「じゃあ逆になんで今回は転入だよ」


 バレないはずじゃなかったのかよ。

 遠凪は沈痛そうに。


「……おそらく、代替わりに際して一瞬結界が緩んだんだと思う」

「あー、あのデオドキアだっけ? あいつが出て来たのと同じ原理で外に気配が漏洩したンか」

「たった一瞬でも、気づける奴は気づく。こうして調査に派遣してくる程度の警戒心を抱いてな」

「メンド……」


 まったくだと遠凪もため息とともに頷いた。

 とはいえ嘆いているだけでは意味がなく、それより今回の本題というか言っておきたいことがある。


「もうなんとなくで気づいてるだろうけど……今の阿沙賀は試胆会との縁故を結ばれてる」

「……試胆会との? なんか、七悪魔どもとはそんな感じがしてたけど、催し事と縁ってどういう意味だ?」

「あぁ、そうか、そこからか。すまない、説明する」


 いやほんと、説明すること多いよな。なんて冗談めかして言い置いて。 


「試胆会ってのは、七悪魔たちとの儀式であり同時にそれが終わった後には悪魔たちとの繋がり……なんていうか、グループ的な……生徒会とかそんな感じの……」

「どっちかって言うとヤクザとかマフィアとかそっち系の予感」

「まぁ、ぶっちゃけそういう風にも考えることもできる。ともかくグループの名称」


 儀式の名であり、組織の名でもある。

 まあ組織と言っても七悪魔と契約者の八名体制の狭く小さなグループでしかない。

 そのはずであったが、少々の例外が発生していた。


 九人目のメンバー――阿沙賀その人である。


「ともかく儀式としての試胆会を終えた者は、七悪魔と繋がり試胆会というグループを形成する。そんでオレが会長……なんだが、実際に儀式を完遂したのは阿沙賀だろ?」

「とばっちりでな」

「結果として、予期せず阿沙賀とも縁故が結ばれた。立場的には副会長みたいな?」

「メインがオメェなのは契約通りで、それとは別に参加した分、副次的におれも縁結びされちまってるってことか?」

「そうそう、そんな理解でいい」

「……わたくしは? わたくしも入っていますの?」


 副次的に参加した者の契約悪魔――また随分とびみょうな立ち位置のニュギスの素朴な疑問である。

 言われてみれば確かに疑問、遠凪は即答できず識者に投げる。


「え……それは、どうだろう。迷亭?」

『会員だね。ただし、それは阿沙賀くんとの繋がりを経ている分、さらに薄い……権限のない相談役とか外部顧問とか、そういう立場かな』

「ふぅん? まぁ、構いませんが」


 なんとなく含むように頷いて、ニュギスは形だけの納得を示して見せる。

 それが気に食わないのか喜ばしいのか不明だが、思うところはあるようだ。

 聞くのが怖い遠凪と、聞く気もないしどうでもいい阿沙賀しかいないこの場ではとりあえず放置される。


 遠凪は改めて。


「それで、いいか阿沙賀、オレは阿沙賀にあんまり期待していないけど」


 そりゃ賢明だと頷く。


「最悪の最悪、この試胆会のことは話してもいい。いやほんと最悪の場合はな?」

「いいのかよ」

「命を懸けてまで守る秘密じゃないってことだ」


 つまりなんらか情報を吐かねばならない時、どうしようもない時はそれを言ってしまえと遠凪は言っている。

 ただし、と強く鋭く念押しして。


「ひとつだけ絶対に言っちゃいけないことがある――境界門にはついては絶対に誰にも話すな」

「……そんなにやべェのかあれ」

「そんなにやばい。ほんとうにやばい。マジでガチでシャレにならん。だから約束しろ阿沙賀、絶対に誰にも言うなよ」

「あーわかったよ、約束する」


 流石に友人が真剣真摯に訴えかけていることに茶化しはしない。

 できるだけ神妙に、阿沙賀も確約した。

 なんか前振りっぽいなぁとは思ったが、とりあえず今この時は。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る