8 試胆会と黒幕
「さて試胆会、勝者には褒美がなくてはならない……」
そこは学園の屋上。
夜の暗闇を天上の星々が照らし、地上では灯火が煌めている。
あの星々ひとつひとつが巨大な恒星や惑星で、あの灯火ひとつひとつが尊い人の営みで。
果たしてどちらがより奇跡的なのか、比較できるようなものでもない。
天地の輝きを眩しそうに眺めるのは着物を改めて着用したコワントである。
彼は視線を外に向けたままひょっとこ面越しに言う。
「本当にそれでいいんだな、アサガ」
「あぁ――試胆会について教えろ」
もちろん阿沙賀も制服を着て、だがノーパンであることに変わりなく、夜風がちょっと股座に響く。
ちなみにニュギスは汚物を直視したことでダウン中である。いちおうふわふわと阿沙賀の傍に漂ってはいるが、会話に混じる元気はなさそうだ。
箱入りのお姫様にはショックが大きすぎたらしい。
構わず阿沙賀は求めるべき終着へのコマを進める。
まずは一歩目、意味不明にも巻き込まれた謎の催し、試胆会について。
これについて知らずパンツは取り戻せないと直感している。
迷いない阿沙賀の眼差しにこれ以上の言葉は不粋と察し、コワントは大きく頷き説明をはじめる。
「まず、この大江戸学園には七柱の悪魔が存在する。我らはかつてある召喚士に召喚され、契約を結んだ」
「そいつはひとりか? 全員が、ひとりの召喚士によって召喚されたのか?」
「左様」
やはりニュギスの説いた召喚士の常識とやらはここでも役立たずであるようだった。
七柱の悪魔を召喚、契約した召喚士。
図抜けた実力であることは素人の阿沙賀でもわかるが、一体それは。
「どこのどいつだ、その野郎は」
「言えない。試胆会の説明には不要だからな」
「ち」
そこら辺の線引きは厳しく明確のようだ。
これでは他の細かい部分をポロっと漏らすような幸運は期待薄だな。
隠すつもりもなくアコギなことを思う阿沙賀に、コワントは苦笑しながら。
「ただ、彼はもう亡くなっている」
「それは聞いた……だから妙だ、なんでオメェらは魔界に帰らない?」
「そのように契約していたからだ。契約者が死去したのち一か月は人間界に残るようにな」
「なんでまた」
意味が分からない。
召喚士は自分の都合で必要だから悪魔を召喚するものではないのか。自分の死後などもはや必要性などないはず。
むしろ変に残留させては他の迷惑だろう。手綱のきかない悪魔を人間界に放置するなど危険極まる。
なにより、悪魔側にとっても無意味な束縛は快くないはず……それを無理にとどめるとなると相応に術者にもリスクがありそうなものだが。
なのになぜ。
なにか、それを押してでも悪魔を残す理由があったのか?
コワントは、そこで最初の問いに戻って答える。
「その一か月のうちに試胆会を開催するためよ」
「……まさか」
「そのとおり。この試胆会に参加した者は七柱の悪魔と相対し屈服させる。さすれば次の契約者として我らが認める。そういう儀式なのだ」
「つまり試胆会ってなァ、七不思議七悪魔の次の契約者を決める戦いってわけか」
「然様」
死してなお契約は続く。代替わりを経て。
悪魔を残留させたのはそれが理由。
……だが疑問は残る。
死した召喚士は、どうしてそこまでして悪魔どもを残したかったんだ?
そしてその悪魔を、一体誰に継がせようとしたんだ?
すくなくともそれが阿沙賀でないことはわかる。どこまでいっても彼は巻きこまれた部外者、イレギュラーであり混沌の元凶であろう。
いや阿沙賀こそが混沌に放り込まれた可哀そうな一般人なのだけど。
ともかくニュギスを召喚しようとした奴も含め、やはりまだ登場人物がいる。
未だ姿を見せない誰ぞか――黒幕に該当する人物。
阿沙賀の思索の合間にもコワントの解説は続いている。
「儀式完遂の条件は我らを打倒するのが最低条件であり、また必要条件として面白い輩でないといかん」
「面白いだ?」
なんか急に感情的で個人的な条件の出現に怪訝になる。
「悪魔とは享楽的なものだ。楽しいことを求め彷徨うサガをもつ」
「それは知ってる」
今のところ全員漏れなくそういう奴らだった。
特にそこらへんでぷかぷか浮かぶニュギスなんか、そのためだけに人間界という異世界にまで飛び込んできたという。
阿沙賀からしたら随分と思い切りのいい馬鹿だと思うが……悪魔とは根本そういう生き物らしい。
それでひとつ得心がいった。
コワントの勝負が武力とは無関係のものであったこと。
シトリーの敗北宣言がまだ戦えたのになされたこと。
それは奴らの性質の話であったらしい。
ならば以降、残りの悪魔どももまたただ殴り倒すだけでは不足なのだろうか。
いやそもそも人間の身で悪魔を殴り倒す時点で面白愉快なので、割と問題ないのだが。
不意に、コワントがこちらに向き直る。
ひょっとこ面で見えやしないのに、どこか笑みを深めた気配がした。
「ひとつ、重要なことを教えてやろう」
「なんだよ、サービスか?」
「わしは賭場のオーナーだからな、客にはサービスをするのだ」
「そりゃありがてェ。で?」
「この試胆会、実は現在の参加者はアサガ、おまえだけではないのだ」
「……そりゃわかってるよ」
黒幕と目する人物。
ニュギスを召喚し、試胆会の悪魔どもを従えようとした者。
前者と後者で別人の可能性はあるが、おそらく同一人物のはず。
「待てよ? じゃあおれ以外にも七不思議と戦って数減らしてくれてるやつが――」
「それはいない」
「いねェのかよ! ぬか喜びさせやがって!」
なにそいつ、こっちを巻き込むだけ巻き込んでおいて自分はなにもやらないつもりか?
あぁでもニュギスの召喚を失敗してるわけだから戦力が……って別にこっちもニュギス戦ってくれないで阿沙賀が殴り合ってるんだけど? 召喚士なら素手で悪魔と渡り合えよ。
いや、そもそも前提として別個対応していては七不思議七悪魔全員の屈服という条件が果たせず契約の継承に至らないのか? どう足掻いてもひとりで遂行するしかないのか?
そもそももっと根本的に、阿沙賀は思い違いをしている。
「そうではなく、おまえに出場させつつ契約権を握っている者がいるということだ」
「は?」
硬直。
思案。
頭を抱える。
今の説明だと、まさかまさか。
「もしかしておれが勝ち抜いても七不思議と契約するのって、そいつなのか?」
「そうなるな」
「うそァ」
いや別に七不思議七悪魔どもと契約したいわけではないのだけど。
なんかこう、労力払うわりに結果を横取りされるのは至極面白くない。納得いかず腹が立つ。
「っていうか完璧にそいつ黒幕じゃん。おれを使って楽して契約ブンどろうって思惑見え見えじゃん」
であるならば、もしかして最初からニュギスの召喚もこちらに放り投げていて、黒幕野郎はハナから自分で召喚する気はなかったのかもしれない。
ニュギスの召喚は、失敗ではなく計略であったのか。
なんて野郎だ、苦労の全部はこっちに渡して自分は楽々丸投げ計画ではないか。ずるい!
「くそォ、全部そいつのせいじゃねェか! どこのどいつだ、そのクソ野郎は!」
「それは言えない」
「だろうな! 知ってた!」
だがともかく話は見えてきた。
ニュギスの召喚に巻き込まれた阿沙賀は、最初から試胆会のためにお膳立てされていたということだ。
そして黒幕の目的は七不思議との契約。
ニュギスの話では七柱もの悪魔と契約するのはそれだけで大分すごいことらしいので、欲しがる輩はどこにでもいておかしくない。
ならば極論、阿沙賀がここで試胆会を降りれば……いや意味がない。
「っても、おれの目的はパンツだしな……ここで試胆会を降りても返ってこない……」
というかそもそもやめることなどできるのか?
聞いてみる。
「というかおれって途中で一抜けとかできンのか?」
「したらそれで試胆会は終了だ」
「するとどうなるんだ? オメェらは帰るのか?」
「いや人間界で好き放題できる」
「現地解散諸国漫遊ァ!」
一か月の人間界残留の代価は試胆会失敗後の自由であったらしい。
縛り付ける契約を失った悪魔は野放図だ。
なにをしでかすかわからないし、なんでもできてしまう。自由自在に悪魔の悪魔たるごとくに暴れ遊び歩く。
それはもうまさしく人類存亡の危機ではないか。いや、他のどこぞの召喚士がなんとかするのだろうか。わからない。
だが少なくとも、この学園には解放された七悪魔を止めることができる者はいないだろう。
人類はわからないが、学園はまず間違いなくだいぶピンチだ。
ならばたとえ踊らされた結果であっても、阿沙賀は抜けるわけにも負けるわけにもいかない。
それくらいの善意と倫理観は彼にもあった。
たとえそれが黒幕野郎の思惑通りだったとしても――
「関係ねェ。全部終わらせたらそいつもぶっ飛ばせいいだけだ」
「ふはは、流石はわしを負かした男。その意気だ。ゲームを途中で降りるだなんて興覚めだ、粋に愉快に突っ走ってくれねばな」
「……」
笑うコワントの姿に、阿沙賀はふと思う。
もしかして、彼らは学園に閉じ込められているのだろうか。
なんらかの縛りがあって、それであまり娯楽なく暇していた。だからこそ阿沙賀のような招かれざる客にも心躍っているのか。
いや、こいつは夜な夜な賭場を開いていたとんでもない遊び人であったな。
……阿沙賀の行動と決断を傍目で見て勝手に楽しむのは結構だが、最後に笑うのは阿沙賀である。
斬りつけるように、阿沙賀は最後に指を一本立てる。
「もうひとつ」
「ふむ? まだなにかあるのか」
「オメェら七悪魔は、どうして呼ばれた?」
「……」
試胆会を発起した誰か。全ての元凶のくせにもはや故人の誰か。
彼はもともと誰かに継ごうとしていたはずで、それが誰かはわからない。
だがそもそもなぜ、七悪魔の契約を継がねばならなかったのか?
七悪魔が人間界――いや、この学園に在るその理由は?
果たして、コワントはどこか硬い声で拒絶を吐く。
「その問いだけは、勝利の特権であっても答えられない。試胆会を突破した後でしか、それは語れんことになっている」
なにやら核心に踏み込んだ手ごたえを感じて、それだけでも充分な収穫であった。
◇
「阿沙賀、阿沙賀!」
「なんだよ、うるせェなァ。もう帰るぞ、おれは」
「いや、借りた金を返すぞ!」
「あ? オメェ勝ったのか? 絶対負けると思ってた……」
「阿沙賀のお陰だ! オーナーとの野球拳、俺は阿沙賀に賭けたからな!!」
「あぁ……そう……」
きっちり約束どおりに倍返し。
五千円札が一万円札になって返ってきたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます