7 賭縛の


「ようこそようこそ、我が賭場へ。歓迎しよう、わしの名は賭縛トバクのコワント、ここのオーナーだ」


 豪快に宣するひょっとこ面の男に、衒いも恥じらいもない。

 いっそ傲岸、不遜で引け目も負い目もありえない。

 なぜならこの場は彼にとっての城であり領地、なに憚ることなく欲のままありのまま君臨できる場所なのだ。

 ならばこそ君臨者は恐れるものなどなにもなく、闖入者にも寛大に歓迎を告げる。


 上からな態度が気に入らない阿沙賀は警戒心を強めながら低い声を出す。


「七不思議七悪魔、であってるな?」

「いかにも。そしてそちらは、試胆会参加者のアサガだな?」

「あぁ、おれが阿沙賀だ、賭博のコワント」


『――おっと、賭けて縛ると書いて賭縛トバクだよ、阿沙賀くん』


「ナチュラルに声を挟んでくるな、どっかの誰か」

『天の声さ』


 くすくすと、当たり前のように割って入ったのは姿なき声。自称の天の声と名乗る女の声だ。

 彼女は試胆会に際して学園内どこであろうといつであろうと干渉できる。

 夜の秘された賭場であっても、それは関係なくへらへらと笑って口出しをする。


『まぁほら、君らが対面したようだったから、試胆会の司会進行役としては打って出ないとじゃないか』

「黙ってほっといてくれ」


 ともかくこの場にいない輩について話していても意味がない。

 今大事なのは目の前に威風堂々と佇むこの男――悪魔、賭縛のコワント。


 阿沙賀は一挙に臨戦態勢、熱い息を吐き出して敵を睨む。


「なにはともあれ堂々とツラァ出してくるたァ好都合――」


 ぐっと拳を握りしめ、腰を低く構える。

 今にも跳び出さんと床を踏みしめ――


「待て待て待って。暴力反対!」

「……ァあ?」


 非常に弱腰の及び腰に出鼻を挫かれ、阿沙賀はたたらを踏んで疑問符を浮かべる。

 止まったと見て先の弱気はどこへやら、コワントはふんぞり返って言い張る。


「この神聖な賭場で野蛮な暴力など不粋であろう。ここで雌雄を決するのならば――賭け事! これしかあるまいよ!」

「……なんで賭場のオーナーと賭け事すんだよ、アウェーの上に得意分野じゃねェか」


 冷静に指摘するも、コワントとしてもはじめからそういう不公平は望んでいない。

 彼の欲するのは勝利ではなく――愉しい勝利であるからして。


「安心したまえ、勝負に公平性は必須だ。特に大事なものを賭ける際にはな」

「……つまり?」

「これさ」


 ぐっと拳を差し向ける。

 阿沙賀は了解、同じく拳を構える。


「つまり殴り合いと」

「違わい野蛮人! じゃんけんだ、じゃんけん!」

「えぇ、なんかしょっぱい……」


 なんとなく不満げな阿沙賀に、だがコワントは取り合わない。

 ここで彼とやりあう種目は最初から決めていたのだ。


「おまえの不利な遊戯を考えた、それがこれだ!」


 かっと目を見開き、勢い込んで拳を握り締める。

 そして力強い言葉とともに固い拳を繰り出した――!


「やーきゅうー、すーるなら!

 こーゆー具合にしやしゃんせー!

 アウト! セーフ!

 よよいのよい!」

「って野球拳ァ!」


 歌い上げ踊りだす姿はまさしく野球拳。


 野球拳……それは歌をうたいながらじゃんけんをして、負けたほうが着衣を一枚ずつ脱いでいく酒席の遊び!

 だが一体どうしてそんなふざけた遊びで勝負するという……?


 コワントは力強く胸を張る。


「ふ、おまえパンツを供物に捧げてノーパンらしいな? 服装一枚分不利だぜー!」

「せっっっこ!」


 セコい、セコすぎる!

 アドバンテージを稼ぐにしてもあまりにもしょぼい! 驚くほどみみっちい!


 もうちょっとこう……ないのか? その情報を得ているならなんか他にもあっていいのでは?

 いや咄嗟には思いつかないけどきっとあるはずなのだ。お願いだからそんな間抜けた理由で間抜けた勝負をさせないでくれ……!

 

 ちなみにニュギスは後ろで腹を抱えて超笑っている。いい気なもんだ!


「ふん! 野球拳以外でわしは勝負せんぞ!」


 コワントはぷいと顔を背けて身勝手を言う。


「交渉の余地なし。決定事項に異を挟むな。観念して野球拳をするのだ!」


 断定し断言する。

 まるで子供の駄々で、恐ろしく暴虐な物言い。悪魔ならもうちょっと謀略というか狡知や邪知を見せて欲しい。

 悪魔ってどうしてこう……アレな奴ばっかなんだろう。というかニュギスはいい加減、笑いやめ。


「はァ……」


 阿沙賀は重い重いため息を吐き出す。

 額を押さえ、己という強大な敵と戦う。葛藤する。


 どうしてこうなった……今朝から何度も何度も考え、けれど答えなどでない。

 世の理不尽は理由などなくただひたすらに暴れまわるもの。納得のいく結末などほとんど届かないのかもしれない。

 ただ――悪魔という迷惑極まるボケどもがのさばっては笑っていやがる。


 それは腹立たしい。


 カっと目を見開いて、阿沙賀は決意を胸に宿す。

 やってやる、やってやろうじゃねェか、おれは退かねェぞ!


「うおぉぉぉお、まどろっこしい!」


 阿沙賀は叫び出すと突如、身に纏う服をがばりと脱いで放り出す。


「なっ、なにを……!?」


 野球拳において身につけた服は最大の防具にして盾、生命線そのものと呼べる存在だ。

 それを捨て去るなど百害あって一利なし。ただ自分を不利に追い込むだけのはず。


 阿沙賀はどこまでも不敵に。


「極論、オメェとおれの差は一枚だけなんだらァ? じゃあ無駄に長引かせるよりこうしたほうが手っ取り早いじゃねェか!」


 阿沙賀はハーフパンツ一枚を残して上半身裸の上、裸足となる。

 ノーパンであることを考慮すれば、もはや野球拳における背水の陣、絶体絶命。だというのにその顔つきに敗北の懸念などなく、ただ勝利だけを見据えている。


 それは狂気の沙汰か……はたまた知略のトラップか。

 どちらでも構いやしない。コワントは大笑いする。


「ふ、ふふ。ふはははははははははははははははははははははははははははははは!

 いいだろう面白い! 受けて立つぞ、アサガぁ!!」


 コワントもまた一切の躊躇いなく和装を放り出し、ステテコ一枚の姿になりおおせる。


「だが当然、わしはステテコの下にパンツを履いている……たった一枚、だが絶望的な戦力差だ!」

「いや待て」


 騙されんぞと阿沙賀は目ざとく。


「そのお面はなんだよ、そいつも衣服に換算する気だろ」


 そう、コワントは着物、帯、腰ひも、足袋、それにインナーまで脱ぎ去っているが、顔面のひょっとこ面は健在だ。

 その指摘にどうしてかコワントはちょっと焦って。


「あー、いやこれは違うぞ。衣服に数えなくていい。わしの身体の一部みたいなものだ」

「天の声?」

『いや普通のお面だよ』

「はいダウト! 後だしで脱衣に含めようったってそうはいかねェぞ」

「くっ。本当に違うのだ、わしの名に誓ってそんな卑怯は言わない。単にお面を外したくないのだ!」


 妙にこだわる。

 阿沙賀はどこか不思議そうに。


「ちなみに理由は?」

「……悪魔ってぇ、みんな美形なのは知ってるか?」

「なんとなくそんな気はしてた」


 今のところの遭遇例は二件だが、ふたりともおそろしい美貌であった。

 まさしく人並み外れた人外の美といえる。

 であれば男であっても整った顔立ちでもおかしくはないと思っていた。

 だがだからどうしたという。今さら外見で躊躇や恐れを抱く阿沙賀ではないが。


 問題は阿沙賀ではなく、コワントのほうにある。


「わしのキャラにイケメンは似合わんだろ? これでも賭場のオーナーとしての立場と面子があるのだ――このくらいおどけていたほうが、わしには似合う」

「……あぁそう」


 よくわからんけど、理解しようとも思える不明ではなかった。のでよくわからんまま放置することにした。

 こうしたスルー能力は、きっと悪魔とコミュニケーションをとるに大事な能力なのだろう。阿沙賀はそう直感し理解した。


 ようわからんことはようわからんままに、先に進める。


「天の声、聞いたな? そういうルールできっちり裁定しろよ」

『承ったよ――さて両者、条件と勝負法には納得したね』

「応とも」

「上等」


 うん、と頷くような間をおいて。

 そこで笑ったのはコワント。賭縛のコワントである。

 まさに企みを成功させた悪魔の笑みそのもの……妖しげに魔力を発散させてその威を示す。


「ふ、では合意を見て――『賭博縛鎖ノーモアベット』だ」

「なんだと?」


 それは以前感じたシトリーのそれと酷似した気配……すなわち顕能けんのうの行使である。

 まさかこのタイミングで仕掛けてくるとは完全に想定外。意表を突く攻撃に即座に後退、阿沙賀は敵から視線は逸らさず自身の状態を確認する。


 コワントは肩を竦めて笑う。


「安心しろ、我が顕能『賭博縛鎖ノーモアベット』は勝負自体に影響を与えるものではない。勝負の後に意味を発揮する……すなわち取り立ての強制と満了の約定だ」


 勝者には特権を。

 敗者には損害を。


 ギャンブルにおいての真理であり、違えてはならない約束事。

 そのはずなのに、勝負の決定を理解してなお放棄する者がいる。逃げ出し踏み倒して義務を投げる者がいる。


 そんなことは許されない。


 勝ったのならば得なければ、負けたのならば失わなければ――賭け事の意味がない。

 勝負の熱さが滑稽に成り果て、続く者たちに瑕疵かしを残す。

 なにより賭博を愛する悪魔は、だからこそ勝負そのものに影響せず、勝負のその後にこそ強制力を発揮する力を有しているのだ。


『ふふ、この試胆会のシステムにすら食い込み勝敗の結果を直結させる……本当に君にしかできない荒業だよ、コワントくん』

「……おい? その言い方だともしかして」

『先に言った通りだ。この賭け事による勝負、これの勝敗でコワントくんとの試胆会における勝敗が決まる』


 あっさりと言われた言葉に、阿沙賀は絶妙に嫌な気付きを得る。

 目を見開いて震えながら口もとを押さえ、問う。


「……じゃあもしかして、おれが合意するまでは殴り合いでもよかったのか?」

『まぁそうだね』

邪知暴虐じゃちぼうぎゃくの悪魔ァ」


 完全に嵌められた。これが悪魔の邪悪なる知恵だとでもいうのか、ちくしょうめ。

 つまり試胆会、そのルールは最初から屈服させることが勝利条件で、野球拳で決まるものではなかったのだ。

 それを巧みに会話で誘導され、コワントの顕能により根底からひっくり返され……そのようにルールを改竄された。


「ふははははは、もう遅い! わしの顕能は発動した、もはや暴力でわしをイジメてもなんの意味もないぞ!」

「いや気分は晴れるからァ」


 とりあえず一発殴っておく。


「ぐはァ――!?」

「よし」

「よしじゃないわ!」


 ズレかけたひょっとこ面を直しながらコワントは非難を叫ぶ。


「いやここで殴るか!? 意味ないって言っただろ、ないわー! ほんと野蛮かよ、悪魔以上に悪魔だぞ!」

「いや嵌められてムカついたから……。もういいからやるぞ。気も済んだからあとは勝つだけなんだわ」


 全然取り合わずに阿沙賀はもう切り替えて勝負しようと持ちかける。

 マイペースで切り替えの素早い阿沙賀は、既に後悔を投げ捨てて全力で戦いに打って出る。


 というかもう、会話が面倒くさい。

 シトリーの時も思ったが、こいつに構ってると際限なく変な方向に行く。

 さっさと勝負しさっさとケリをつけるべきだ。


「おら、やらねェのか、勝負だらァ? オメェが望んだ形式でやってやるンだ、今さら怖気づいたわけでもねェだろう」

「そうだな、これ以上無駄に殴られたくないし……」


 ごほんと咳払いしてコワントもまた改めて気合を入れなおして勝負に没頭する。

 その目は血走り狂い、賭け事に妄執する悪魔の眼光。お面でツラを拝めずともそれがわかる。こいつもまた間違いなく生粋のギャンブル狂い。


「勝負だアサガ! この賭縛のコワントの全身全霊をもって勝利を掴む!」


 両者、真正面から相対し、その拳を突き出す。

 勝つのは自分だ――力強い視線が絡まり合い、火花を散らし鍔競り合う。


 そして爆発のように揃って叫ぶ。


「いざ」

「尋常に」

「「――いくぞ、おらァ!」」



「「やーきゅうー、すーるならー」」



 ずんちゃずんちゃ~。


 どこからともなく軽快で間の抜けた音楽が鳴り響く。

 賭場中の博徒どもがオーナー直々の勝負に注目し、当たり前に勝敗で賭けをはじめている。

 ただの野球拳……だが、恐ろしく熱烈に真剣な勝利を求めた獣同士の野球拳は、この場の阿呆どもさえ魅了する。


 真剣に勝利を求める――故に勝つためならば手段は選ばない。

 前口上を歌い上げながら阿沙賀はごく自然と思い切り殴りかかる。

 鋭く素早い、強烈な拳打。


 阿沙賀の結論――張っ倒してから手をいじれば常勝である。


 ゲームの根本からぶっ壊す暴挙であった。

 だが既に読まれている。

 コワントもまた口を動かし舌を躍らせながら阿沙賀の拳を捌く。もはやこれまでの横暴から察知し心構えができていた。

 手段を問わない阿沙賀とは違い、コワントはただじゃんけんでの勝敗を望み暴力に対しガードに徹する。

 もはやどっちが悪者なのだかわからない戦いぶりだ。


「「こーゆー具合にしやしゃんせー」」


 だが口上の息はぴったりなのだからよくわからないふたりである。

 防がれようと捌かれようと無関係、阿沙賀は拳を間断なく連打して猛烈に攻める。

 コワントもまた全力でそれを受け止め、弾き、防御する。


 激しく拳のやりとりをしながらも野球拳を蔑ろにしているわけでもない。

 ただ無我夢中、なりふり構わず勝利を欲しているのだという共通項に気づけば、コワントは唇を喜色に歪めていた。


「「アウトー」」


 阿沙賀の拳が引き絞られる。

 時間的に、これが最後の一撃か。


「「セーフ!」」


 だがもはや殴ったところでコワントの手のひらは揺るがずパーを作り続ける!

 これで勝利はこちらのもの!


「わははっ、お前が殴り合いをはじめた以上! 結局最後に出す手はグーに決まっている、殴り負けようともじゃんけんはわしの勝ち――!」

「うォらァ! 目潰し!」

「え? ちょ、ぎゃー!?」


 阿沙賀は指を二本立たせてコワントの目を思い切り突き刺した。ひょっとこ面越しにも覗き穴の位置を把握した適確な一撃である。

 そして容赦なく叫ぶ。


「よよいのよい!」


 結果、グー待ちのパーを出したコワントは、目潰しチョキに敗北を喫する。

 いや目潰しのダメージにもんどりうってそれどころではない。


「ぐぉぉぉお! 目っ、目ぇめっちゃ痛い! 加減が感じられない! うぉぁあああああ――!?」


 しばらく苦痛に喘いで転がって、不意とすくと立ち上がる。

 そして涙目で非難を叫ぶ。


「いや卑怯すぎるぞ! 目潰しはやめろ目潰しは! あらゆるスポーツで反則なんだぞ、弁えろよ!」

「はン!」


 阿沙賀は欠片も悪びれない。

 見下げ果てたがごとくに顎を引き上げ偉そうに宣する。


「卑怯だ反則だとかいうもんは対等の喧嘩にのみ用いられる一種の美学だろーが! 悪魔相手に人間のする行いはすべて生きるための正当な手段となるんだよ、覚えとけ!」


 阿沙賀はどこまでも自分都合に断言した。清々しいくらいに身勝手な言い分である。

 しかも一切合切恥じず省みないもんだから、そういうものなのかとコワントさえ流されてしまう。


 負けを認め、ステテコを脱ぎ去る。

 残ったのは水色縞柄の使い古したトランクスが一丁。


「くっ。いいだろう。だがこれでもう同じ手は通じんぞ! 次は小細工なしの真っ向勝負!」


 阿沙賀の戦法は戦況が長引くほどに対処されてしまう。

 殴り合いに関してはどちらが秀でるでもなく、それを隠れ蓑にした不意打ちこそが彼の勝ち筋であったからだ。

 不意打ちは、慣れればただの一発芸に過ぎない。

 

 だが逆を言えばノーパンの不利をこうしてチャラにして真っ向勝負に挑めるというのは――これでようやっと対等の勝負になるということ。


「さぁ次で最後、正真正銘の決着だ!」

「当然、勝つのはおれだ。この拳にパンツの無念を込めてェ、もういっちょ行くぞォ!」


 拳を突き合わせ、ふたりの男は虎のように咆哮する。


「「やーきゅうー、すーるなら!」」


 ずんちゃずんちゃ~。


 どこからともなく軽快で間の抜けた音楽が鳴り響く。

 そして阿沙賀は――


「「こーゆー具合にしやしゃんせー!」」


 阿沙賀は動かない。

 先のように殴りかかりもしないでただコワントの挙動を抉るように見つめるのみ。

 それにコワントは困惑する。

 まさか本当に諦めてじゃんけんという運任せに縋ろうというのか。ここでなにもしないということはただの運比べでしかなくなる。

 それでいいのなら、むしろコワントは助かるところ。そんな弱腰で挑む輩に負ける気などしない。


 ……本当にそうか?


 こいつのこの目は天に運を任せて人事を尽くしていない愚か者か?


「「アウト! セーフ!」」


 否である。

 曲がりなりにもこの賭縛のコワントをパンツ一丁にまで追い詰めた好敵手、そんな雑魚であろうはずもない。

 ならば狙ってくる。なにか際どいギリギリのところで奇手を打ってくるはずだ!


 油断しない。決着のつくその時まで緩めない。

 勝つのは自分なのだから!


「「よよいのよい!」」


 阿沙賀はグーを。

 コワントもまたグーを。

 アイコである。


 狙い通りか? 偶然か? 知るか次勝つ!


「「よよいの」」


 刹那、コワントは阿沙賀の瞳に勝利の確信を見て取り、そして自らの不様を知った。


 ――じゃんけんとは最小の宇宙だ。


 途方もない因数分解の果てに辿り着いた最小の因果であり節理。

 三種の手の内で競い合い、明確に勝利と敗北を断絶する。そこに曖昧さも歪みも入り込む余地そのものがない。

 むしろ万華鏡のように整然とした美しいほどの合理が見えて、わずかたりともズレがない。寸分たりとも狂いがない。いや、狂っているほどに精緻が過ぎる。

 最も小さいということは、最も簡易ということ。最も簡易ということは、最も完璧に近いということ。

 最も単純明快シンプルな世界の縮図は、ゆえにこそ相対するふたりの最もシンプルな強さによって勝敗を決定する!


「「――よい!」」


 阿沙賀はまたもグー。

 そしてコワントは――チョキ。

 阿沙賀の勝ちである。


「っしゃァ! おれの勝ちだぜ、ザマァ見ろ!」

「……わしの、負けか」


 決着。

 阿沙賀は腕を突き出し勝利の快哉を上げ。

 コワントは悟ったように目を閉ざす。


「アサガ、聞いておきたい。おまえはなにをした? イカサマをしたのか? 駆け引きをしたのか? わしが気づかなかっただけか?」


 確認のような問いに、阿沙賀は鼻で笑う。


「バァカ。じゃんけんってのはなァ、ハートなんだぜ」

「要するに運がよかっただけですの!」


 それを自信満々に自分の実力と言い切れるのは阿沙賀のすごいところ、なのかもしれないとニュギスは思った。

 そう、阿沙賀はなにもしていない。あえてなにもしないことを選んだのだ。 


「要するにオメェは迷いがあった。このままでいいのか、これで勝てるのか? ってな。そんな覚束ねェザマで勝てる勝負があるもんかよ」

「いえ、それは一戦目で仮契約者様が殴りかかるという暴挙にでたからでしょう」

「つまりは仕込みだな。やる前の暴力込みでな」

「……本当ですの?」


 本当にそこまで考えての行動であったか、後付けか……どこまで本気かわからない男である。

 だがどちらにせよ、たしかにその通り。

 コワントは阿沙賀の横暴さを理解し気を取られ、不意に沈黙した際にもこう思ってしまった。


 なにか自分が気づいていない仕掛けがあるんじゃないのか、と。


 それは勝負に集中し切れていなかったという意味でもあり、よそ見をしていたという意味でもある。

 そこまで思考が至れなかったコワントの明確な失態だ。


 小細工を仕掛ける小狡さと勝負にかける熱狂、その両方をもって挑む阿沙賀に敗れたのは必然であった。


「いえ、じゃんけん自体はただの運任せでしたの!」

「うるせェ勝ったもんが勝ちなんだよ!」

「ははは、アサガの言う通り。運も実力の内だ。すくなくとも賭場ではな! いいだろう、わしの負けだ!」


 ずばっと最後のパンツを放り捨て、コワントは男らしく仁王立ちで敗北を宣言した。

 そこにすかさず場を弁えて、天の声が進行の役目を全うする。


『大江戸学園七不思議試胆会、第二戦目――勝者は阿沙賀』

「きゃー!?」


 そしてニュギスの悲鳴が天を摩するように響き渡るのだった。


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