六十一人もの村人が波に攫われた。牛馬も六頭ほど、犠牲になった。

 波に攫われた人は帰ってこなかった。探し出そうとする手を止めたのは、私の父だった。

「やめろ。海に攫われたら、もう戻ってこねえ。探しに行くと、今度はお前ェがとられるぞ」

 絶望に呻き、泣き伏す村の中で、父だけは気丈だった。死者を手厚く弔い、怪我人の介抱を母と一緒になって行い、誰よりも身を粉にして働いた。津波が滅茶滅茶にしてしまった村を見ながら、父は誰に言い聞かせるでもなく言った。

「死んだ者は――もう戻ってこねえ。辛くても、俺たちァここで、生きていくしかねェんだ」

 村は悲しみから立ち直らなくてはならなかった。父が音頭を取って、村の復興が始まった。瓦礫を片付け、一軒ずつ家を建て直し、道を綺麗に整え、食物を確保し、衣類を集め、生き残った村人たちがやっていけるように、ありとあらゆることを父が陣頭に立って行った。まるで人が変わったような働きぶりだった。

あの津波から二年と少しで、村は以前の姿を取り戻した。傷は死ぬまで癒えずとも、悲しみを分かち合って、共に生きていくだけの場所はできあがった。

村は父を讃えた。生神様とさえ謳った。

しかし私は――四歳の私だけは、心の中に蟠る疑惑を拭い去ることができなかった。

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