京大ロンダしたけど手取りが18万円な件について #2

エッセイもどきの文章を書き始めて、もう4年の月日が経過している。

前回は、いい加減日の目を浴びたくて……明け透けに言えば万バズが欲しくて、リア友も見ている記事のタイトルにデカデカと手取りまで書いて公開したのに、結果は一晩で4いいねであった。「社会って甘くないなぁ」と思わず声に出た。

反応があっても無くても怖いからと、スマホの電源を消して寝たあの夜のドキドキは一生忘れられないだろう。




では、前記事の最後に言ったとおり、京大ロンダ生活中に私が暮らしていた学生寮についてお話させていただこうか。


京都大学の寮と聞くと、大半の人は吉田寮を思い浮かべることだろう。築100年を超える不気味で神秘的な木造建築は、森見登美彦氏の著作を始め様々な作品に登場する。

しかし京都大学には、実はあと三つ学生寮が存在するのだ。

まず、女子学生のみを受け入れている女子寮。次に、大学院生だけを受け入れている室町寮。そして最後が、私が住んでいた熊野寮である。築60年近い鉄筋コンクリートの建物で、家賃は光熱費込みの4,100円。シャワートイレキッチン共用、4人で1部屋、たまに機動隊に取り囲まれるのが特徴の質素な寮である。



時は遡って2016年3月、私は大学院入学より一足先に京都を訪れていた。熊野寮の入寮面接を受けるためだ。

学生寮に住むために、どうして面接なんか必要なのか?と疑問に思うかもしれないが、その理由は追々説明させてもらおう。


京阪電鉄神宮丸太町の駅から地上へ出て、丸太町通りを東へ進んでいくと、大きな木と無骨なフェンスに囲まれた建物が見えてくる。それが熊野寮だ。


ありきたりな感想だが、初めて熊野寮をこの目で見たとき、私はこう思った。




「スラムだ」




立派な寮門の先にある前庭には、数え切れないほど大量の自転車がところせましと並んでいて、本来は素っ気ない灰色であったはずの寮舎には荒々しいグラフィティアート(不良がスプレーで描くあれ)が施されていた。正面玄関のガラス戸には風雨で黄ばんだ貼紙がベタベタと貼られているし、その横にある喫煙所らしきスペースには、夥しい数の吸い殻が散乱していた。


水光熱費込みで4,100円という破格の家賃からして、貧乏人しか住んでいないだろうことは想定していた。とはいえ全国模試で70前後の高偏差値を叩き出すような連中が寄り集まって、何がどうしてこんな光景が生まれるのか全く想像がつかなかった。

こういう場所に集まるのはヤンキーと相場が決まっているものだが、ここに住んでいるのは大半が京都大学一般入試を突破したインテリ集団であるはずだ。インテリヤンキーなんてそれまでの人生で見たことも聞いたこともなかったが、少なくともインテリでもヤンキーでもない私が仲良くなれるとは到底思えなかった。


おっかなびっくりしながら正面玄関から中へ入ると、そこは大きな座卓とボロボロのソファが設置されたロビーのような空間になっていた。右手に窓口のようなガラス張りの壁があって、中では大勢の若者が慌ただしく動き回っていた。


「入寮希望者さん?」


窓口のすぐ向こうにいた男子学生が、私に声をかけてくれた。私が入寮申請書類を手渡すと、それらに不備がないことを確認してから、彼は建物の奥を指差して「食堂で待っててください」とだけ言った。ぶっきらぼうだが親切で、風貌もどちらかといえば野暮ったく、ヤンキーを思わせるようなものではなかった。私は少しだけ安心して、食堂の方へと向かった。


食堂の入り口の脇には、なぜか古い畳が積みあげられていた。広い食堂には薄汚れたテーブルと古びた椅子が並んでいて、そこはかとなく不衛生な雰囲気を漂わせていたが、そのあたりは私もしっかり貧乏育ちなので特に気にならなかった。

しかしそんな私でも、食堂の奥の方で、並べた椅子の上に寝そべってピクリとも動かない男性がいるのは、非常に気になった。時刻は午前10時を少し回ったくらいで、昼寝にはまだ早いし、そもそもそんな寝心地の悪そうな場所で寝ている理由がわからない。痩せていて髪が長くて、少しだけ見えている肌の血色が悪かった。

怖いというより心配だったが、周囲をせわしなく動き回っている寮生たちが気にも留めていない様子だったので、どうやらこの奇怪な風景は、この寮の日常の一部であるようだった。


私の面接を担当してくれたのは、当時2回生と3回生だった女子寮生たちだ。3回生の彼女は中国からの留学生とのことだったが、彼女本人が話の流れで打ち明けなければ気付かなかったほどに流暢な日本語を話した。


事前に書くよう指示されていた自己紹介シートを眺めつつ、なんてことない話をしていると、彼女たちはふと、私にこんなことを訊いた。


「そういえば源さんって、何座ですか?」


なぜそんなことを訊くのかわからなかったが、正直に天秤座だと答えると、彼女たちは嬉しそうに笑った。


「よかった!私たちの部屋に空きがあるんですけど、同部屋の一人が“蠍座の人とは一緒に住めない”って言ってて……。天秤座なら、同じ部屋になれるかもしれないですね!」


彼女たちは屈託なくそう言ったが、安易に喜ぶのも躊躇われたので、私は曖昧な笑みを浮かべるだけに留めた。




入寮面接。それは入寮希望者の選定…………ではなく、主には新入寮生の『ブロック決め』と『部屋決め』のために行われる。

熊野寮は居住者450人前後という大きな寮であるが、家賃が安い代わりに管理会社が入っておらず、住んでいる学生たち自身で寮の運営や雑事を行っている。

そのため、普段はまとまりやすいよう、居住区によって分けられた9つの『ブロック』の中で役割を分担し、寮の運営に貢献しているのだ。

寮全体を学校、ブロックをクラス、役割は委員会で、部屋は班だと思ってくれると、わかりやすいかと思う。


新入寮生の誰がどのブロックに入り、どの部屋に住むのかは、既に住んでいる在寮生たちが、入寮面接で得られた情報をもとにドラフトで決めている。寮の運営的には、長く寮に住んで自治に貢献してくれることが期待できる学部1回生が最も人気であるが、それ以外にも趣味、出身地、また専攻など、とにかく「気が合いそう」「問題なくやっていけそう」という人から取られていくのだという。


あのとき私が浮かべた笑みがどう取られたかはわからないが、結局私が彼女たちのルームメイトになることはなかった。




面接の後は、寮内の様々な施設を案内してもらった。シャワー室、談話室、地下の音楽室、そして寮生たちが寝起きする居室を、順繰りに巡ったのを覚えている。


熊野寮の建物は、食堂やシャワー室、事務室などが入っている生活共用部と、居室が入っているA棟、B棟、C棟の三つの棟から構成されている。それぞれの棟で、部屋の広さや構造なども少しずつ違うので、各棟につき一部屋ずつ居室を見て回った。

A棟とB棟の居室は約18畳の4人部屋、C棟の居室は約9畳の2人部屋になっていて、寮生たちはみな部屋ごとに話し合って決めた(あるいは押しつけられた)ルールに従って生活しているらしかった。散らかった物が積み重なって九龍城的風情さえ感じられる部屋もあれば、小綺麗に片付いた部屋もあり、兄弟姉妹との相部屋と思えばそれほど窮屈でもなさそうだった。


しかし見せてもらったうちの一部屋だけ、少し特殊な部屋があった。本来は談話室として作られたという部屋を、無理やり居室として利用している部屋だ。


熊野寮には年々入寮希望者が増えており、収容定数(住める人の数)を増やすために図書室や物置など、様々なスペースが居室化されている。C棟にはその一環として談話室が居室化された部屋があり、それがたまたま女子寮生用の部屋として使用されていたのである。


もともと住むために作られたのではないその部屋は、2人部屋には広いが4人部屋には若干狭く、本来の4人部屋のように二段ベッドを2台置くスペースがなかった。そこで二段ベッド一台と、部屋の奥にある幅1.7mほどの押し入れを二段ベッドとして活用することで、4人部屋として利用しているとのことだった。


その部屋を案内されたとき私は、C棟なら手狭にはなるが2人部屋もあるので、入れるならばそっちの方が良いなと思ったし、さすがにネコ型ロボットと同じ就寝スタイルには積極的になれなかったので、せめて別棟の、普通に二段ベッドで眠れる4人部屋が良いなと思った。




しかし、私の人生というのは……………………そういうことを思ったときほど、思い通りにならないものなのである。




続く

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