京大ロンダしたけど手取りが18万円な件について #3

春は出会いの季節というが、京都大学の大学院に入学した春は、それまで繰り返してきたどの春よりも多くの出会いがあった。

反りの合わない研究室の面々。新しいバイト先の人々。そしてこの先の2年間、一つ屋根の下で暮らす、熊野寮の寮生たちである。



無事に入寮面接をパスした2週間後、どういう星の巡り合わせか、私は例の談話室部屋に入居することとなっていた。しかも寝床は、色々あって例の押入れの上段だ。


その春、談話室部屋には、私を含め3人の新入寮生が入居した。私以外の2人は中国から来た留学生で、仮にシンイーさんとルォシーさんと呼ぼう。


談話室部屋に2年前から住んでいた日本人のミサキちゃんは、飄々とした性格の少し変わった人で、閉塞感を好んだのか、それとも私たちニューフェイスに気を遣ってくれたのか、最も不人気な押入れの下段を選択していた。

となると、ニューフェイス3人のうち、2人が二段ベッド、残る1人が押入れの上段ということになるが……実際のところ、ここにあまり選択の余地はなかった。


確かなエビデンスはないが、恐らく中国の若者の平均身長は日本よりも高く、私が出会った中国人たちは男女ともに背の高い人が多かった。それはシンイーさんとルォシーさんも同様で、彼女たちが幅170 cm程度の押し入れに寝そべると、脳天とつま先が常に壁に接するという有り様になってしまい、日本人平均身長である私が、国を代表してベッドを譲ったわけである。


ちなみに、談話室部屋の押し入れにはふすまの代わりにカーテンしかついておらず、少し大胆に寝返りを打つとすぐさま1 m下へ転落する危険があった。

しかし入寮して2日目、熊野寮の風土病と言われる『熊野風邪』に罹り、丸一日をその押入れで過ごしてからは、近すぎる天井や狭すぎる奥行きにもすっかり慣れてしまい、「むしろ二段ベッドよりもプライバシーが保たれて良いかも」と思うようにすらなっていた。住めば都とはよく言ったものである。


※熊野風邪: 新入寮生の多くが、入居してすぐに高熱を出して寝込む現象。私は1日で治まったが、1週間寝込む人もいれば、せき鼻水を併発する人もいるとか。




話は少し変わるが、私が元々通っていた大学は、私の代が4期生にあたる、生まれたてほやほやの大学だった。学部は一つ、学科は五つ、全校生徒は700人程度しかおらず、しかも医療系専門職(看護士とかリハビリテーション技師とか)を育てるためのコースしかないため、実習ばかりの上級生がオールシーズン忙しく……つまり何が言いたいかというと、人手不足と時間不足によりまともなサークルがほとんどなかった。


唯一、ある程度人数が揃っていたバスケサークルに入ろうとしてみたこともあるが、初対面で「あ!顔が薄い人だ! よかった~、ここ美人ばっかりで、顔が薄い仲間欲しかったんだよね笑」と絡んできた同期の看護学生に「もお~自虐に巻き込むのは性格ブスだよ!笑」と返したら空気が大変なことになってしまい、結局私はサークルというものに所属しないまま大学生活を終えた。




つまりのつまり、何が言いたいのかというと、私は22歳で大学院生になるまで、コンパというものを一度も経験したことがなかったのである。




コンパとは、要するに懇親会のことである。私の肌感覚では、平時に仲間内で飲んだり騒いだりするものは単純に飲み会、何らかのイベント時に、サークルとかクラスとか、少し広い枠組みで行われるものがコンパと呼ばれているように感じた。

このコンパの種類として最もポピュラーなものは恐らく2つあって、卒業生を送り出す『追い出しコンパ』と、新入生を歓迎する『新歓コンパ』だ。



大学院の研究室や専攻でも新歓コンパがあったが、熊野寮でも新歓コンパはあった。それも、たくさんあった。驚くほどあった。

新入寮生が入ってくる3月下旬から丸一ヶ月の間、熊野寮ではこの新歓コンパが週2以上のペースで開催されるのだ。


週2以上。あらためて口に出して見るととんでもない頻度である。どれほど爛れたテニスサークルでも、新歓コンパはきっと一つの春に一度しか行わないはずだ。


何故、そんな立て続けにコンパを開くのか。熊野寮は、未成年も多い新入寮生をへべれけにして喜ぶような、テニサーにも劣るアルハラ集団なのか?と不審に思う人もいるかも知れないが、全くもってそういうわけではない。


社会的にも当然のことであるが、熊野寮において、未成年の飲酒および未成年に飲酒を勧めることは強く禁止されている。

またコンパの中には『レモン丸かじり』、『女装コンテスト』、『パイ投げ』など様々な催し物があるが、新入寮生だからと参加を強制させられることは無く、また酒癖の悪い先輩にダル絡みされることも…………無いこともないが、周りに他の先輩がたくさんいるので、大抵の場合はヤバくなる前に助けてもらえるはずだ。




熊野寮は本当に古くて汚くて、見た目の治安が悪かったり政治的思想集団のアジトが地下にあったりするので、京都大学の関係者や周辺住民からはかなりファンキーかつ野蛮なイメージを持たれていたりもするが、その実、一概には言えないものの、わりと常識的で自制心のある人が多いと思う。


そもそも、集団生活である。4人1部屋の400人暮らしである。社会性や協調性がない人間に出来る芸当ではない(たまに例外もある)。しかも基本的に皆お金がないから住んでいるので、寮に居づらくなって一人暮らしとなると、金銭的にかなりの苦境を強いられることになる。そのため、寮生たちは互いに最低限は譲り合い、気遣いあいながら生活を営んでいるのだ(たまに例外もある)。




私もテニスサークルに対して強い偏見を持っているので、自分が知らない世界をネガティブな目で見てしまうことは仕方がないことだと思うが、この話を読んだ人は、どうか少しだけ熊野寮に対して友好的な考え方を持ってくれると嬉しい。




この次は、熊野寮の新歓の数々や、寮の運営システムについてお話ししようと思う。

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